「Design Leadership」部門は、複数の要因とステークホルダーがからみ合い、一方向からでは解決がままならない硬直化した現状に対して、変革を促すためのシナリオ・プランニング、組織デザイン、新規事業創出などのファシリテーションやリードを行っていくチームです。
そのメンバーは、これまでどんなキャリアを積んできたのか。その1人であるサービスデザイナーの小橋真哉に、これまでのキャリアを振り返りながら、現在のDesign Leadership部門の活動について話を聞きました。
/登場人物:株式会社コンセント|サービスデザイナー、プロジェクトマネージャー 小橋真哉
京都工芸繊維大学デザイン経営工学専攻博士前期課程修了。株式会社コンセントに入社後、企業広報ツールの企画・ディレクション、ウェブサイトの設計・開発を経て、サービスデザイナーに。新規事業開発支援、デザイン組織・経営支援、UX構築などのプロジェクトマネジメントを行う。
サービスデザイン思考で「あたらしい公共」のあり方を探究する
—サービスデザイナー、プロジェクトマネージャーという職種・役職ですが、現在の主な業務内容を教えてください。
主に、事業開発支援、デザイン組織・デザイン経営支援、あとはPUBLIC DESIGN LAB.(以下、パブ・ラボ)の活動ですね。
最初の事業開発支援は、比較的長いスパンの業務になります。新規事業であれば、「どういうサービスコンセプトにするか」を検討するところから始め、ユーザーや業界に関するリサーチをしたり、「どういうサービスが世の中にあるのか」ということをベンチマーク調査したりして具体化していきます。その後、プロトタイピングを重ねながら検証して、結果が良かったら事業として本格的にサービスを開始していきます。事業化した後も、「実際にどうスケールさせていくのか」「どうユーザーを増やしていくのか」というところまで支援していきます。「コンセプトをつくって終わり」ではなくて、形にしてスケールさせていくところまで支援している感じですね。
一方、デザイン組織・デザイン経営支援というのは、1つのサービスやプロダクトにコミットする事業開発支援とは違い、そういうものを生み出す組織やチームをどうつくっていくかということを考えていきます。そのため、クライアント内のさまざまな事業部や、さまざまなプロダクト、サービスをまたぐ形でお仕事をすることが多いです。
—最後のパブ・ラボは、サービスデザイン思考で「あたらしい公共」を探究・提案するという活動体ですね。
そうですね。コンセントのサービスデザイナー小山田那由他さんと推進している活動で、自治体や地域と連携したプロジェクトを実践したり、調査研究をしたりしています。そもそも海外のサービスデザインの事例を見ていると、日本とは違って公共分野でのプロジェクトがけっこう当たり前になっているんです。そんなことから「ちょっと研究してみよう」という形で2014年にスタートしたのが、この活動でした。
実践としては、2015年に千葉県のいすみ市という地域を舞台に、いすみ市の地域おこし協力隊、いすみライフスタイル研究所というNPO、武蔵野美術大学デザイン・ラウンジ、コンセントで取り組んだ「いすみ市発 房総ライフスタイルプロジェクト」という産官学連携の共同プロジェクトが始まりでした。その後もさまざまなプロジェクトや調査研究をしていますが、2020年に小山田さんと僕が正式に責任編集を務める形でウェブサイトも整備して、記事を書いたりポッドキャストを配信するなど、メディア的な活動もやっています。
流れに身を任せていたらグラデーションのように仕事が変化した
—広報ツールの企画・ディレクションからキャリアをスタートして、ウェブサイトの設計・開発、サービスデザインへというこれまでの歩みについて聞かせてください。
まず、僕は京都工芸繊維大学のデザイン経営工学専攻というところを卒業しました。今はもうなくなってしまったんですが、当時はまだ比較的新しい学科で、その名前の通り「デザイン、マネジメント、エンジニアリングを全部やります」というところだったんです。その中で僕はデザインコースの空間系の研究室に入り、ワークプレイスに関する研究をしていました。「働く人がどのようなコミュニケーションを行っているのか」ということをリサーチして、実際にオフィス空間をデザインするということをやっていたんです。
卒業後はアレフ・ゼロ(コンセントの旧社名)に入ったんですが、……実はあんまり就職のことを真剣に考えていなかったんですよね(笑)。ただ、元々デザイン全般に興味があったのと、アレフ・ゼロにディレクターのポジションがあったのが決め手だったと思います。ディレクターというのは、つまり「デザインには関わるけど、自分では手を動かさない」という仕事。それをエディトリアルに特化してできるというところに面白さを感じて。それまで本当に畑違いのことをやっていたんですけど、その興味だけで入社した感じでした。
あと、僕はグラフィックデザインや一目でわかる強い絵づくりで勝負するようなものがあまり得意ではないんです。そういう形ではなくて、もう少しものごとの構造であったり、文脈みたいなものをつくったりすることに興味があって。そういう意味では、大学時代の建築設計もエディトリアルの仕事も、構造レベルの設計を行うというところが似ているなと感じています。……それも、後付けみたいな理由ではあるんですが(笑)。
—その後は、ウェブサイトの設計や開発にも携わりますよね。
僕の場合、何かがどこかでガラッと変わったということがあまりないんです。ずっとグラデーションのように変わり続けているんですよ。ある日を境に急にウェブサイトの仕事が始まったのではなく、基本的に紙媒体のプロジェクトも担当しながら、ウェブサイトのプロジェクトをやり始めた、という感じだったと思います。
当時は会社が合併したばかりだったので、僕だけが特別そうだったというわけでもなく、社内のみんなも大体同じようなことを経験していて。なので、別に僕が自覚的に選んだという話ではなくて、「流れに身を任せていたら、ここにいました」というのが本音です。その後、サービスデザインチームに配属されましたが、その前からサービスデザインの仕事はやっていましたし。
—2021年からはDesign Leadership(以下、DL)部門に入りますが、やはりこのときも……?
「DLになって急に業務が変わった」ということもないですね。今担当しているプロジェクトも、DLになる以前から携わっているものもあるので、徐々に変化している感じですかね。
清流に生きるのは面白くない。だから、常に「汽水域」を選び続けた
—ちなみに、現在の仕事につながるターニングポイントのようなものはあったんでしょうか。
……ないんですよね(笑)。肩書きが変化したときの線引きがあいまいですし。ただ、学生のときから「汽水域になりそうな領域」を好んで選んできた節があるので、強いて言うなら大学の進路を考えたときがターニングポイントだったのかもしれません。
—汽水域というのは、淡水と海水が混ざった水域のことですよね。
そうですね。先ほども話をした京都工芸繊維大学のデザイン経営工学専攻というのは、いわゆる美大系ではないので建築やデザインの本流だけを勉強するわけではないんです。そこにマネジメントやエンジニアリングなども掛け合わせて考えていくようなところだったので。僕にとってまさに「汽水域になりそうな領域」だったんですよね。
—でも、なぜそのような汽水域を選んだのでしょうか。
……なんでなんですかね。やっぱり、清流では生きられないんじゃないですかね。純度が高すぎると息苦しくなるというか、つまらなくなってしまうというか。だから、誰にも踏み荒らされていない周辺の領域に行きたがるんだと思います。そもそも汽水域には海水や淡水にはない生態系が存在していて、生態学的にはホットスポットなんですよ。そういう面白さを本能的に感じて、それを求めて感覚的に進んできたのだと思います。
ちなみに、2021年の終わりくらいからパブ・ラボでも「汽水域のサービスデザイン」というポッドキャストを企画していて、さまざまな視点から「汽水域」をフィールドに活動されている方をゲストにいろいろなテーマで対話をしています。
—DLというポジションと汽水域の生態系は、どこか似ている気もします。
そうですね。実際DLは「デザインの汽水域を探索する部隊」のようなものだと思います。ただ、僕自身のことを言えば、やっぱりけっこう飽きっぽい性格なので、コンセントに入る前からずっと汽水域にはいたんだと思います。そうして仕事をしていった結果、今こういうポジションになっているという感じなのかな、と。
会社の枠を超えたポジショニングで新たな経験や働き方を模索する
—ちなみに、現在の活動の中で面白いと感じていることはどんなことなのでしょうか。
現在デザイン経営を支援させていただいているNKC中西金属工業株式会社様のプロジェクトで、外部パートナーも含めた「CDOs(Collective Design Officers)」というデザイン経営を推進するチームづくりを進めているのですが、この取り組みには僕自身面白さを感じています。
デザイン経営において、一般的には社内にデザイン最高責任者となる「CDO(Chief Design Officer)」を設置するということが言われているのですが、実際にはCDOがカバーする領域は膨大で、なかなか難しい部分があるんですよね。そこで、CDOの役割を特定の1人が担うのではなく、専門領域が異なる複数のプレイヤーが相互補完的にデザイン経営を推進するネットワーク型の新しい組織のあり方が「CDOs(Collective Design Officers)」というコンセプトです。
CDOsには現在、外部パートナーとしてAKIND、コンセント、GK京都、INFOBAHN DESIGN LAB.からそれぞれ1〜2名のメンバーが参画しており、僕もその一員です。このプロジェクトはコンセントという会社の枠を超えた中立的なポジションで仕事をするという経験にもなりますし、企業の枠に捉われない働き方を模索する実験にもなりますから、とてもやりがいを感じていますね。
シビックサービスデザインの実現には、どのような態度変容が必要なのか
—最後に、今後どのような活動を行っていく予定なのでしょうか。
さっきの話につながりますけど、まさに現在はCDOsというチームづくりを模索していて、コンセプトは固まってきたのですが、「実際、それをどのように実務に落としていくのか」という部分はまだ形にできていないので、そのあたりを整理して、CDOsのファンクションを組織に埋め込むということをしていかなければいけないと思っています。
もう1つは、パブ・ラボの活動ですね。パブ・ラボを始めた当初は「公共におけるサービスデザインの可能性を探索する」というざっくりしたテーマで活動をしていたんですが、最近は「デザインそれ自体を、公共財として位置付けることはできないのか」ということを考えるようになって、「シビックサービスデザイン」というコンセプトを探究しています。
例えば「デザインの民主化」というキーワードがありますけど、これも単にデザイナーのスキルを非デザイナーに普及啓蒙するという上から目線の捉え方をしてしまうと、本来的な意味での民主化にはならないですよね。
そうではなく、デザインを公共財とすることを前提にすると、社会全体の価値観や倫理がどう変容するか?というスケールで捉える必要があると思っています。その世界観の中ではデザイナー自身にもマインドセットの変化が求められます。アーティストのブライアン・イーノ氏が「ストリートのためのデザイン原則(Design principles for the street)」という構想の中で、「Think like a gardener, not an architect(建築家ではなく、庭師のように考えよう)」という言葉を提唱しているんですが、この言葉はいろいろな意味で示唆に富むと思います。
パブ・ラボのプロジェクトをしていても、企業の中でクライアントワークとしてサービスデザインの仕事をするのと、地域やコミュニティの中で市民と一緒にサービスデザインを実践するのとでは、やっぱり価値観や仕事の捉え方が違うということも肌で感じているので、デザイナーも含めて社会全体がどういう態度変容をすればうまくいくのだろうか、ということを考えています。
このようなテーマを考えると、デザインやテクノロジーだけでなく、人類学や哲学、社会学といった、僕が今まであまり触れてこなかったジャンルにも触れなければいけません。僕は工学系のバックグラウンドなのでどうしても工学脳で考えてしまうんですが、今後はいろいろな分野のことを学び、実践や対話を重ねながら、「シビックサービスデザイン」のコンセプトを探究していきたいと思っています。
インタビュー/柴崎卓郎 butterflytools
写真/牧野智晃 〔4×5〕