実家の家業を継ぐこと、農業では「親元就農」と呼びます。
周りにそういう友人も居るかもしれませんが、
親元就農とは?を伊勢社長に聞いてみると、答えは思っていたよりずっと複雑でした。
伊勢社長は20年前、飲食店勤めから実家に戻り、結果として椎茸農家を継ぎました。
もし近所で新規就農した人がいたとして、字の如く「新規就農」ですから、近くに先生のような人や師匠のような人が常に居るわけではないですよね。
居たとしても先生や師匠が顔を出せるのは、多くてもせいぜい週に一度くらいだと思います。
でも親元就農なら、先生・師匠である父や両親が毎日そばにいる。
設備もすでに揃っている。
ゼロから何かを立ち上げる人と比べたら、失敗するリスクは圧倒的に低い環境です。
「怠けんのよ。設備も整ってるし、投資もしなくていいし、経営者にもならなくていいから」
これが親元就農の正体だと、伊勢社長は言い切ります。
恵まれているからこそ、力を抜こうと思えばいくらでも抜ける。
実際、かつての伊勢社長自身がそうでした。
パチンコやゴルフのために、仕事を早く切り上げていた時期があったそうです。父にほとんど任せて、自分はやることだけやって遊びに行く。
今の「日本一を目指す」という熱量からは、正直あまり想像がつきません。
その状況を根本から変えたのが、椎茸ハウスが全焼した、あの火事でした。
工場が燃えた夜、父だけは泣かなかった | レンチナス奥羽伊勢株式会社
「あの時、全て心入れ替わった」
危機感を覚えたその瞬間から、仕事への向き合い方が変わりました。
日曜日も現場に出るようになり、高校時代の友人との集まりにも、なかなか顔を出せなくなったくらい、生活そのものが変わったそうです。
親子で経営をするというのは、当然うまくいかないこともあります。
意見がぶつかって、母親に電話で怒られたこともあると、少し照れながら話していました。
それでもうまくやれている理由を聞くと、返ってきたのは「真っ向から否定しない。一旦聞く」という、シンプルな答えでした。
お互いに全部を通そうとすると、関係はすぐに壊れる。
一旦相手の言い分を受け止めてから、自分の考えを伝える。
そのやり取りを、何年も繰り返してきたそうです。
結局はどうなのか
ここまで聞いて、親元就農は結局いいものなのか悪いものなのか。
伊勢社長の結論は、意外とはっきりしていました。
「やった方がいい」
ただしその後に、こう続きます。
「中途半端にやってるところなら、継がない方がいい」
会長(自分の父が)が何十年もかけて作り上げてきたものだから、継ぐ意味がある。
本気で向き合う気がないなら、無理に継がない方がいいとまで言い切っていました。
つまり、環境がいいか悪いかの話ではなく、その環境をどう使うか次第だということです。設備が整っていることも、先生・師匠がそばにいることも、怠ける材料にも、本気になる土台にもなる。
同じ環境からでも、まったく違う結果が生まれます。
今レンチナスが挑んでいる0から1をつくる挑戦にも、同じことが言えると思っています。整った環境が用意されているわけではありません。
むしろ逆で、まだ何も整っていない場所から、自分たちで作っていく段階です。
恵まれているかどうかより、その状況にどう向き合うか。
伊勢社長が火事をきっかけに変わったように、環境のせいにせず自分から動ける人に、ぜひ一緒に働いてほしいと思っています。