転職を考えているエンジニアと話していると、よくこう聞かれる。「あと何年やれば、市場価値って上がりますか」。経験年数を物差しにして、自分の現在地を測ろうとしている。その気持ちはよくわかる。私もエンジニアだった頃、同じことを考えていた。あと3年、あと5年と数えて、年数が増えれば評価も自然と上がるはずだと思っていた。
でも最近、その物差しが効きにくくなってきたと感じている。経営者として現場のエンジニアを見ていると、年数と評価が前ほど比例しなくなった。長くやっている人が、必ずしも一番頼られているわけではない。逆に、年数はそこそこなのに、現場で誰よりも信頼されている人もいる。今日は、2026年のいま、エンジニアの市場価値が何で決まりつつあるのか、私が現場で見てきたことを書いてみたい。
「経験◯年」が評価の中心だった時代
少し前まで、エンジニアの評価はわかりやすかった。Javaを何年書いてきたか。どのくらいの規模の案件に入ってきたか。経歴書に並んだ年数が、そのまま信頼の目安になっていた。採用する側も、される側も、まず年数を見る。私自身、会社を始めたばかりの頃は、経歴書を開いて、まず年数のところに目がいった。
これには理由がある。年数は、確認するのが楽なのだ。スキルそのものを一時間の面談で正確に測るのは難しい。だから「5年やってきた」という事実を、実力の代わりとして使っていた。年数は、中身を推し量るための近道だった。
ただ、近道はあくまで近道で、中身そのものではない。同じ5年でも、任された範囲を少しずつ広げてきた人と、同じ作業を5年くり返してきた人がいる。経歴書の年数は同じでも、その中で起きていたことはまるで違う。前者は、新しい現場でもすぐに動ける。後者は、いつもの形を外れると止まってしまう。この差が、最近はっきり表に出るようになってきた。
AIがコードを書くようになって、変わったこと
この一年ほどで、現場の景色がはっきり変わった。動くコードを書くだけなら、AIがかなりの部分を引き受けてくれる。決まった形の実装なら、人が一から書くより速いことも珍しくない。テストの雛形も、よくある変換処理も、頼めばすぐ出てくる。
そうなると、「コードを正確に速く書ける」こと自体の珍しさが下がってくる。これまでは、それができるだけで一定の評価があった。今は、その部分をAIが少しずつ埋めはじめている。手を動かすスピードを売りにしてきた人ほど、足元が動いている感覚があるかもしれない。
では何が残ったのか。「何を作るか」を決めること。「なぜこの作り方にするのか」を判断すること。動かないコードの原因を、仕組みからたどって読み解くこと。AIに何をどう頼み、出てきたものが正しいかをどう確かめるかを考えること。コードを書く手前と、書いた後ろの部分だ。ここは、年数を重ねただけでは身につかない。意識して取りにいった人にだけ残っている。AIが書いたコードを、そのまま通していいのか、どこを直すべきか。それを判断できる人と、判断をAIに預けてしまう人とで、これから差が開いていくと思う。
「任せられる範囲」とは、具体的に何か
市場価値という言葉を、私はいつも「どこまで任せてもらえるか」と置き換えて考えている。これがいちばん現場の実感に近い。
たとえば、仕様書を渡されて、その通りに作る。これは任せられる範囲としては狭い。一方で、仕様書の曖昧なところに気づいて、「ここはこういう意味でいいですか」と先に確認できる人がいる。さらに進むと、仕様の背景を聞いたうえで、「だったらこの作りのほうが、後で変更が来ても困らないのでは」と提案できる人がいる。同じ案件の同じ席にいても、任されている範囲はまるで違う。
以前、ある現場で、クライアントから名指しで「次もこの人にお願いしたい」と言われたエンジニアがいた。技術が飛び抜けて高かったわけではない。ただ、頼んだことの少し先まで見て動いてくれるので、安心して任せられた。言われたことを正確にやる人は、ほかにもいる。でも、任せられる範囲が広い人は、代わりがききにくい。だから手放したくないと思われる。これが、評価という言葉の中身だと私は思っている。
新しい現場に入ったときも、この差は出る。任せられる範囲が広い人は、最初の数日で「この現場では誰が何を決めているのか」「どこは触ってはいけない場所なのか」を、自分から掴みにいく。そのうえで、安全なところから手を動かしはじめる。指示を待つのではなく、現場の地図を自分で描く。だから立ち上がりが速いし、早い段階で信頼が集まる。範囲というのは、こういう日々の動き方の積み重ねでできている。
ここで大事なのは、範囲の広さは、肩書きや年数とは別物だということだ。リーダーでなくても範囲の広い人はいるし、年数が長くても範囲が狭いままの人もいる。任せてもらえる範囲は、役職ではなく、日々の仕事の仕方のほうについてくる。
「範囲を広げる」と「便利屋になる」は違う
こう書くと、「では何でも引き受ければいいのか」と思うかもしれない。そこは少し違う。手当たり次第に仕事を抱えることと、任せられる範囲を広げることは、似ているようで別の話だ。
便利屋は、頼まれごとを断らずに全部やる人だ。たしかに重宝される。でも、それは「この作業を渡せば早い」という意味での重宝で、判断を任されているわけではない。量は増えても、任される仕事の質は変わらない。
範囲を広げるというのは、判断の領域に一歩入ることだ。何を作るか、どう作るか、どこから手をつけるか。その判断に関わる部分が増えていく。同じ忙しさでも、前者は消耗していき、後者は信頼が積み上がっていく。自分がいまどちらに時間を使っているかは、ときどき立ち止まって見たほうがいい。
言語の数は、思ったより効かない
「市場価値を上げたいので、新しい言語も覚えようと思っています」。こういう相談もよく受ける。学ぼうとする姿勢はいいことだ。ただ、言語を一つ増やすこと自体は、思っているほど評価に直結しない。
私たちが採用で見ているのも、そこではない。Javaが書けるかどうかより、設計の判断を自分の言葉で説明できるか。詰まったときに、どこから手をつけるか。たとえばC#しか書いてこなかった人でも、その判断ができる人なら歓迎している。言語は、現場に入れば後から揃っていく。先に効いてくるのは、判断を重ねてきた経験のほうだ。
ここを取り違えると、せっかくの努力が空回りする。覚えた言語の数は増えているのに、任される範囲は変わらない。そういう人を、何人か見てきた。学んでいる場所が、ほんの少しずれているのかもしれない。一つの言語でいいので、その中で設計の判断まで踏み込んだ経験があるほうが、現場では効く。
転職のとき、この差はどこに出るか
この違いは、転職の場面ではっきり出る。面談で「どんな案件をやってきましたか」と聞かれて、使った技術と期間だけを並べる人がいる。一方で、「この案件では、ここの設計をこう判断して、こういう理由でこうした」と、自分が関わった範囲を具体的に話せる人がいる。
聞いている側からすると、後者は中身が見える。年数が同じでも、任せられそうな範囲が伝わってくる。逆に、技術の一覧だけだと、何を任せていいのかが読めない。市場価値というのは、結局この「何を任せられるか」が相手にどれだけ伝わるかでもある。だから、ふだんから判断に関わっておくことが、そのまま転職時の話せる材料になる。
では、何を磨けばいいのか
答えは、わりと地味だ。目の前の仕事で、言われた範囲の少しだけ外に手を伸ばすこと。これに尽きる。
仕様を受け取ったら、その通り作る前に一度「なぜこの仕様なのか」を考えてみる。設計の判断をしたら、なぜそうしたかを一行でいいのでメモに残す。バグに当たったら、すぐ直しにいく前に、原因の見当をつけてから動く。どれも特別なことではない。むしろ拍子抜けするくらい普通のことだ。でも、これを続けた人とそうでない人とでは、二年も経つと、任される範囲がはっきり変わってくる。
私が見てきた中でも、入った時点では目立たなかったのに、半年後にはチームの相談役になっていた人がいる。やっていたことは、いつも「なぜ」を一つ多く考えるだけだった。派手なことは何もしていない。ただ、その積み重ねが、いつのまにか任せられる範囲を広げていた。
もう一つ言っておきたいのは、これらは誰かの許可がいることではない、ということだ。仕様の「なぜ」を考えるのも、判断を一行残すのも、自分の中で今日から始められる。役職が上がるのを待つ必要はない。むしろ、先にこの動き方を身につけた人のところに、あとから範囲がついてくる。順番は、たいてい逆なのだ。
年数は、放っておいても増える。でも、任せられる範囲は、こういう小さな積み重ねでしか広がらない。そして2026年のいま、現場で評価されているのは、年数のほうではなく範囲のほうだ。
最後に
市場価値という言葉は、どこか遠くにある基準のように聞こえる。でも実際は、毎日の現場で「どこまで任せてもらえるか」が少しずつ動いているだけだ。遠くの基準を探しにいくより、目の前の一つの仕事で、任される範囲をひとつ広げてみる。その積み重ねが、結局はいちばん確かだと私は思っている。
私たちの会社でも、こうやって範囲を広げていきたい人と一緒に働きたいと思っている。もし、これまで積み上げてきた経験を「設計を語れる強み」に変えていきたいと感じているなら、いま出している募集を一度のぞいてみてほしい。あなたが現場でどこまで任されてきたのか、その話を聞かせてもらえたらうれしい。