休園中もSNSで人気沸騰中の旭山動物園
新型コロナウイルスによる外出自粛の影響で、多くの施設が休業せざるを得ない状況となりました。旭山動物園もその一つ。約2ヶ月間にも及ぶ休園を余儀なくされました。
しかし、この旭山動物園。休園中に公式FacebookやYoutubeチャンネルで投稿した動画が大きな盛り上がりを見せていました。
同園はFacebook、twitter、InstagramなどのSNSを活用して園内の動物の様子を頻繁に投稿。カバの親子の微笑ましい動画やワオキツネザルのおんぶ動画などが人気で、カバの子どもがプールに落ちる動画は80万回再生を記録したそうです。
休園中の来園者数はゼロですが、SNSでのフォロワー数が30万人におよぶなど、その情報発信力は日に日に増していき、ブランド力を急速に高めることに成功しています。同園は6月20日に営業を再開。一時は来場者数が例年の2割程度まで落ち込みましたが、徐々に回復傾向にあるとのことです。
その旭山動物園には、かつて閉園寸前まで赤字転落しながら見事なV字回復を遂げた過去があります。
年間3億円の赤字で旭川市のお荷物に
旭山動物園は1967年に開園し、80年代まで年間40〜60万人が来場する旭川市のシンボルとして愛されていました。
しかし、90年代に入ると少子化の影響や新しいレジャー施設の流行も影響して徐々に来園者数は減少していきます。市の施設であるから収益性は求められないにせよ、ついには年間3億円の赤字を出すようになり、市議会でも動物園不要論が噴出するようになってしまいます。
さらに追い討ちをかけるように、1994年にゴリラとワオキツネザルがエコノキックス症を発症して死亡。エコノキックス症が人間に感染するという噂が流れ、一時閉園に追い込まれます。これが大打撃となり、1994〜1996年の年間来場者数は毎年20万人台に減少。1996年には過去最低の26万人にまで落ち込んでしまいました。
どん底まで突き落とされた旭山動物園は、いよいよ市の経営のお荷物として売却や閉園が検討されるようになります。しかし、この1996年に新園長に着任した小菅氏によって、抜本的な改革が考案されることになります。
飼育係たちからアイデアを引き出して企画化
小菅園長はまず、園のことを誰よりも知っている飼育係たちに意見を聞いて回りました。すると、彼らには長年温めていたアイデアがたくさんあったことが判明するのです。
飼育係たちが協力し合って構想を14枚のスケッチにまとめると、小菅園長はそれを「行動展示」と名付けて企画化し、市に掛け合ってなんと1億円の予算を獲得することに成功します。
3億円の赤字を出し崩壊寸前だった動物園であるにもかかわらず、1億円もの追加予算をゲットできた企画とは一体どんなものだったのでしょうか?
動物の習性を最大限にエンタメ化する「行動展示」
従来の動物園の展示は「生物展示」と呼ばれ、動物が自然にいる時の環境を出来るかぎり再現するものでした。それゆえに、動物は寝ていたり、のんびりと過ごしていたりすることが多く、エンターテインメントとしての魅力には若干かけているところがありました。
それに対し旭山動物園の「行動展示」は、動物が持つ行動特性を最大限に生かし、動物がイキイキと活動する様を伝えるもの。
もちろん、いわゆるショーや芸のような人工的に教え込まれたものではなく、あくまでも動物の持って生まれた能力や特性を生かす形で、動物たちのダイナミックな動きを観客にも楽しんでもらうという展示方法です。
たとえば、「ととりの村」は広々とした木々に覆われた施設全体を網で囲み、鳥が飛び回る自然の姿を観察できるようにしました。従来は小さな檻の中で鳥が羽根を休める姿や、飛んだとしても短距離の飛行しか観察できませんでしたが、ととりの村では自然さながらのダイナミックな飛行を観察することができるのです。
画期的な展示が次々とヒットし、来場者数が激増
他にも、オランウータンが高所のロープを悠々と渡る「オランウータン舎」、巨大なプールの中にアクリルの水中トンネルを作って、トンネルの中からペンギンが飛び回る姿を観察できる「ぺんぎん館」、ホッキョクグマのプールの側面をガラス張りにして外から観客が観察できるようにすることで、ホッキョクグマが観客をアザラシと勘違いして勢いよく飛び込んでくる「ほっきょくぐま館」など、当時としては画期的な展示を次々と考案。
旭山動物園の来場者数はどんどん伸長し、2003年には82万人にまで到達しました。
そして2004年7月、月間入場者数が上野動物園を抜いて日本一を記録。この年の年間来場者数は144万人を超えました。
日本で最も北にある動物園で、旭川駅から路線バスで30分もかかる、決して集客に有利とは言えない立地です。
しかも、展示されているのはホッキョクグマやペンギンなどオーソドックスな動物たちで珍しさはありません。
それが「行動展示」というアイデアで、王者の上野動物園を抜いたのですから、動物園業界には相当大きな衝撃が走りました。
常識を疑い、リスクを背負ったことでイノベーションが起きた
「行動展示」はこれまでの動物園の常識を疑うことから生まれました。
自然に近い環境で動物にストレスをかけないようにする、なるべく人間が視界に入らないようにするといったことが動物園の常識でしたが、旭山動物園は工夫次第で見せ方を変えられると考えたのです。
たとえば、アムールヒョウの展示を高い位置にすることで、アムールヒョウは人間を見下す形になります。ヒョウには自分が優位な立場にいることに安心する習性があるため、これなら人間との距離が近くてもストレスを感じません。
彼らは、動物にストレスを与えないという常識を破ったわけではありません。動物の特性や習性を生かしながら、もっと魅力的に見せる方法を生み出したのです。毎日動物たちと密に接して観察している飼育係だからこそ気づいた視点とも言えるでしょう。
もちろん、実行されたアイデアの中にはうまくいかず中止や撤廃となったものもあります。それでもリスクを恐れずに挑戦したからこそ、「ぺんぎん館」や「オランウータン舎」といった大ヒット展示が生まれたのです。
その後、同園は最高300万人の年間来場者数を記録。見事なV字回復を遂げた旭山動物園の事例は全国各地の動物園から注目され、その画期的な展示方法は模倣される対象となったのです。
コロナ禍で苦境に立たされている同園ですが、V字回復を遂げた経験を糧に、また多くの来場者で賑わう日が来るのを願っています。