「IT業界には興味があるけれど、今からじゃ遅いのではないか」「自信を持って言えるスキルがない自分に、エンジニアなんて務まるのか」――。そんな不安を抱えながら、一歩を踏み出せずにいる方は少なくありません。
今回お話を伺ったのは、ユニコーンテクノロジーで活躍する村田さん。29歳までITとは無縁の生活を送り、いくつもの挫折を経験してきた彼女が、なぜ今、誰もが知る大手企業のプロジェクトに関わる存在になれたのでしょうか。
泥臭く、必死で、それでいて楽しげな、村田さんのリアルな軌跡をお伝えします!
村田さん / ITエンジニア PMO
栄養士や製菓の道を志すも挫折を経験し、未経験からプログラミングの独学を開始。30代目前でユニコーンテクノロジーへ中途入社。入社後はインフラ保守からRubyでの開発まで幅広い現場を経験し、現在は大手プロジェクトにて、ユーザーとベンダーの架け橋となるPMOとして、現場の最前線で奮闘している。趣味は料理、手芸、御朱印集め。
28歳の焦りと、プログラミングという「最後の賭け」
──IT業界へ飛び込もうと決めたとき、どんな心境だったのか聞かせてください。
正直に言えば、これに失敗したらもう後がないという必死さだけでした。それまでの私は、栄養士として働いても合わずに辞め、お菓子の学校へ通い直して就職してもまた挫折。しばらくアルバイトを転々とするような生活を送っていたんです。ある時、トラブルが重なったことで自分に何ができるんだろうと真剣に悩み、病院へ相談に行ったこともありました。
そこで自分の人生を「このままで良いのかな?」と見つめ直したときに、ふと目に留まったのがプログラミングだったんです。当時は27、28歳。ITという言葉すら遠い存在でしたが、まずは自分でやってみようと独学を始めました。
──独学での勉強は、順調に進んだのでしょうか?
いえ、ムラがありましたね(笑)。上手くいっている時はプログラミングで遊んでいる感覚で夢中になれるのですが、一度詰まってしまうと全く手につかなくなる。それでも、もともとゲームが好きだったこともあって、システムの裏側がどう動いているのかを理解していく過程は、どこかゲームの攻略に似た面白さがありました。
最終的にJavaプログラミング能力認定試験の2級を受けて、形になる結果を出してから就職活動を始めました。年齢を考えると、ただ「やりたい」と言うだけでは通用しないという焦りがあったのも事実です。
──数あるIT企業の中から、ユニコーンテクノロジーを選んだ理由は何だったのですか。
求人サイトの記事を見て、企業スタイルが明るく、教育体制がしっかりしていると感じたのがきっかけです。実際に面接へ行ってみると、廣瀬代表のあの独特な勢いというか、話しやすいノリに巻き込まれるうちに、その場でトントン拍子に採用が決まって(笑)。
他社と比べる余裕もなかったのですが、ここなら未経験の私でも本気で向き合ってくれるという直感がありました。入社が決まったときは、嬉しさよりも、やっと居場所が見つかるかもしれないという安堵感の方が強かったです。
現場の空気を吸った人だけが、エンジニアとしての骨格を作れる
──入社して最初に担当されたのは、どのような業務でしたか。
神奈川県にある大学のネットワークシステムの保守業務でした。キャンパス内のWi-Fi登録の案内から、障害が起きた際の調査、新しいパソコンへのIPアドレスの振り分けまで、ありとあらゆる現場の仕事をこなしました。
当時はプログラミングをやりたい気持ちもありましたが、サーバーって何、ネットワークってどう繋がってるの、という基礎すら分かっていなかったんです。でも、ここで泥臭く現場を回ったことが、後に大きな財産になりましたね。
──具体的に、どのような経験が今の糧になっていると感じますか。
ネットワークの設定をする際、リーダーの方が現場へ行くときは、必ず私にも見せてくださいとついて行きました。オフィスに座っているだけでは、実物のルーターがどう動いているかなんて絶対に学べないからです。
後に開発案件へ移ったとき、コードを書くだけの人よりも、インフラの構造を肌感覚で分かっている私の方が、システム全体の動きをスムーズに理解できました。未経験の方は早く華やかな開発がしたいと焦りがちですが、この地味な下積み時代にどれだけ裏側を吸収できるかで、その後の成長スピードが劇的に変わります。
──開発業務へステップアップする際、大きな壁はありましたか。
2件目の案件で、初めてRubyを使った開発に入ったときが一番の正念場でした。Javaは独学していましたが、Rubyは全くの別物。しかも、実務経験がない状態でいきなりコードを書いてねと言われたんです。
その時は、土日の2日間、8時間ずつかけて必死に言語を叩き込みました。次の週も、その次の週も。自分が書いたコードがなぜ動かないのか、何が足りないのか、自分を追い込んで勉強し続けました。
──そこまで村田さんを突き動かしたものは、何だったのでしょうか。
やはり、ここで逃げたらもう生きていけないという強烈なプレッシャーです。ユニコーンテクノロジーはチャンスをふんだんに与えてくれますが、それを掴み取れるかどうかは自分次第。会社に甘えるのではなく、自分で自分の市場価値を上げるという覚悟を持っていたからこそ、努力を継続できたのだと思います。
市場価値は、コミュニケーションと執念の掛け算で決まる
──現在は、誰もが知る大手企業のプロジェクトに参画されていますね。
はい。大手通信系企業さんのシステム改修や、大手SIerのプロジェクトなど、非常に密度の濃い案件を経験させてもらいました。今は、ユーザー企業と開発ベンダーの間に立ち、要件定義書の矛盾を見つけたり、進捗を管理したりするPMOというポジションを任されています。
──今の業務で、最も難しさを感じるのはどんな部分ですか。
システムの全容が大きすぎて、一つの変更がどこにどう影響するのかを把握するのが本当に大変です。設計書を何十枚も読み込み、仕様の矛盾を見つけ出す作業は、プログラミングとはまた違う、非常に緻密な「間違い探し」のような感覚です。
また、ユーザーとベンダーの板挟みになることも多く、エンジニアとしての技術力以上に、言語化能力や調整力が求められます。
──「エンジニアにコミュニケーション能力は不要」というイメージを持つ方もいますよね。
実は、現場に出るとその重要さを痛感する場面が本当に多いんです。実際、技術がどれだけ高くても、コミュニケーションが取れない人は現場で評価されません。相手が何を求めているのかを汲み取り、自分の意見を正しく伝える。この当たり前のことができて初めて、プロとして信頼されるんです。
社内でも、私は未経験の頃、営業さんからの面談依頼を一日10件受けていた時期がありました。正直、返信するだけでも精一杯でしたが、自分を選んでもらうために、一つひとつのやり取りを絶対に疎かにしないと決めて対応していました。その姿勢を見てくれていたからこそ、次によりレベルの高い案件を紹介してもらえたのだと思っています。
──ユニコーンテクノロジーという会社を、村田さんはどう見ていますか。
努力を絶対に、誰かが見ていてくれる会社ですね。私が独学でnoteを書き溜めていたのを見ていた講師の方が、新人の前で発表してほしいと声をかけてくれたこともありました。
今は私もリーダーとして数名のメンバーを見ていますが、会社全体としてエンジニア一人ひとりの声を聞こうという体制がどんどん整ってきています。廣瀬代表をはじめ、バックオフィスの皆さんも、エンジニアが価値を高めるためのサポートを惜しみません。
過去の自分を否定せず、新しい自分に賭けてみる
──最後に、これからエンジニアを目指そうとしている方へメッセージをお願いします。
未経験歓迎という言葉は、決して楽ができるという意味ではありません。プロとして生きる以上、勉強はずっと続きますし、地味で大変なこともたくさんあります。
でも、ユニコーンテクノロジーには、本気で成長したい人を決して見捨てない環境があります。私がそうだったように、29歳からでも、異業種からでも、正しい努力を続ければ、数年後には想像もしていなかったような大きな舞台に立つことができます。
もし今、自分の将来に不安を感じているなら、その不安を学ぶ力に変えて飛び込んできてほしい。「変わりたい」という気持ちが少しでもあるなら、その勇気を持って飛び込んできてほしいです。勉強の仕方がわからなくて不安でも、仕事が苦しい時でも、私が全力で相談に乗ります。あなたの努力が報われるまで、私たちがとことん付き合いますよ。
自分自身の限界を決めているのは、自分だけかもしれません。その限界を、この場所で一緒に壊してみませんか。
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