山城 祐也(51歳)
新卒でデザイン会社に入社後、PCとインターネットによって業界が一変するのを目の当たりにする。
その後自分でデザイン会社を起業した後に、テンファイブを設立。代表取締役を務めている。
【趣味】
ゴルフ/ワイン/ドライブ/クラシックコンサート鑑賞(月一でオペラシティに行きます!)
【出身】
東京都東大和市
【学生時代の部活】
サッカー部(小学校〜高校)
――今までは社員インタビューでしたが、社長インタビューは初ですね!まずは山城さんの半生を教えてください!
■山城さん
50代を迎えると半生を振り返るのも大変ですね。
幼少期から作文などで「文字で伝えること」を評価してもらえる機会が多く、将来は物書き(ライター)になりたいと考えていました。大学に進学してからもその想いは変わらず、周りの同級生がメーカーの営業職等の就職活動に励むなか、私は一切就活をせず、作家として生きていこうと考えていました。
一級建築士としてゼネコンで現場所長を務めていた昭和世代の寡黙で頑固な父としては息子の進路にイメージがわかず、あえなく却下の憂き目にあいました…(笑)。そんな父を説得するために「単なる物書きだけでなく、表現方法の幅を広げてデザインスキルも身につける」という条件を提示し、そこからようやくデザイン業界への就職活動をスタートしたのです。
――今の時代でも「就職しない」と宣言するのは勇気がいりますが、当時はなおさら反対されたでしょうね。
本当にそう思います(笑)。
当時から「合理的」な考えを重視していたので、通勤で満員電車に揉まれて1時間とか往復で費やすのは自分には無理だと確信していたので(笑)「家から近い場所」を条件に探して、家から車で30分ほどにあるデザイン会社にアルバイトとして入社しました。当時のデザイン業界は美大出身者が集まるのが当たり前の世界。私のような私大文系出身者は珍しく、まさに異色のキャリアのスタートでした。
ただ、当時から一貫して感じていたのは「自分が何者であるかを表現する大切さ」です。人は簡単には変えられませんが、文字には相手に「気づき」を与える力が宿っています。これは今でいうブランディングの概念に近いものです。一人でも多くの人に自分を知ってもらうため、必死に手を動かして自分自身を表現してきました。
――デザイン会社を経営するなかで、エンジニア事業である「テンファイブ」を設立した経緯を教えてください!
Windows95の発売がインターネット元年と呼ばれたりも今ではしますが、30年前のその頃、私が最初に身を置いたデザイン業界も「アナログからデジタルへ」の百年に一度の転換期であったと思います。
2年ほどの下働きをして1999年に個人事業主として独立し、翌2000年にデザイン会社を設立しました。初めての経営は苦労も多かったですが、新しい挑戦の連続で毎日が刺激的で楽しかったですね。設立したデザイン会社も最盛期には30名弱の規模まで成長させることができました。
そして、インターネットがインフラとして社会に定着するにつれ、デザインの仕事に付随してWebサイト制作やWebに絡むシステム開発の依頼が急増しました。「デザインだけでなくシステム側も一気通貫して対応できる体制を整えたい」と考え、2009年にテンファイブを設立したのがエンジニア事業の始まりです。
――多角的にさまざまな業界を見てきた山城さんから見て、現在のSES業界はどう映っていますか?
正直に申し上げると、SESというビジネスモデルは今後、緩やかに縮小していくと見ています。エンジニアのニーズ自体は高まり続けますが、日本のIT全般においては外部ベンダーに頼る(外製)分業が一般的ですが、アメリカのように自社で優秀な人材を抱える「インハウス化」の流れが加速すると考えているからです。
現在のSES業界は、多重下請け構造など、いわば「昭和のゼネコンモデル」に近い状態です。今後10年でゼロになることはありませんが、時代に合わせた変化は避けられないでしょう。
――これからの時代にエンジニアが生き残るには何が必要でしょうか?
少なくとも、指示を待つだけの「作業者」のままでは生き残れません。インハウス化が進むなかで、お客様のパートナーとして必要とされ続ける鍵は、「ビジネス設計ができるかどうか」にあります。
- 単にコードを書くだけでなく、事業を立ち上げ、運用する視点を持てるか。
- 現場の制度設計まで踏み込んで考えることができるか。
- エンジニアリングの力で、顧客のビジネス課題をどう解決できるか。
これらを常に問い続ける必要があります。技術力と同じくらい、顧客のビジネスを深く理解し、仮説を立てて提案する素養が求められる時代です。
また、生成AIの台頭でビジネスの構造そのものも変わりつつあり、それは開発現場も例外ではありません。エンジニアにもAIを利用する側としての専門性が求められますし、そうした変化に適応できるエンジニアこそ、市場から求められ続けるのではないでしょうか。
――山城さんが仕事をする上で大切にしている価値観を教えてください!
「社会で働くうえで常に挑戦を続けること。そして、前提を疑うこと」です。
過去の成功例をなぞるだけでは、変化の激しい現代では通用しません。「これまで成功してきた手法が、明日も正しいとは限らない」と常に疑い、新しい仮説を立てて挑戦し続ける。これこそが、この先の時代も生き残っていくために必要な姿勢だと考えています。
テンファイブでは、技術だけでなく、物事の考え方や交渉術といった「ビジネスマンとしての本質的なスキル」も伝えています。単なるエンジニアの枠を超え、一歩踏み込んだビジネススキルを磨きたい方には、これ以上ない環境ではないでしょうか。
—— ありがとうございました。インタビューはこちらで以上となります!
1時間だと語り切れないですね!またインタビューしてください!
■■最後に■■
テンファイブでは金融領域に特化しており、システム開発の最上流から携わることができます。高い技術レベルの会社で一緒に切磋琢磨したい、裁量の大きな環境で新たに挑戦したいといった気持ちをお持ちの方からのご応募を、心よりお待ちしております。