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値引きという名の緩やかな自殺

Photo by Eva Blue on Unsplash

今回の記事では下請けをしている会社としては切り出しにくい部分である”値引き”について書いてみたいと思います。

今までもnoteで色んな会社の中の改革的な取り組みは書いてきたところですが、振り返ってみると実は価格のルールを社内で統一したことこそが、僕が家業に帰ってきて取り組んだことで最も重要だったことの一つだと思っています。

結論的には、個別の値引きという便利なソリューションを手放した代わりに分け隔てのない公平な価格統一や積算ルールを実現し、誠実な対応とその結果の適切な利益の確保ができるようになったと思うわけですが、お客様や社内でのハレーションなど色んな過程を経てのことなので、この2年間でどんな変化があったのかを改めて振り返ってみたいと思います。

赤字受注が当然となっていた過去

弊社では2020年まで見積書の作り方が標準化されていませんでした。手書き電卓で見積書のひな形もバラバラ、というところまでは以前も書いたとおりです。


この中で最も致命的だったのが「担当者が自由に値決めできる」ということでした。

まずはデジタル化の一環として、見積計算の自動化、ひな形の統一を行ったわけなのですが、結果としては赤字受注となっている案件が続々と発覚します。最も多かったのが「送料込み」という条件を付して表面上ではギリギリ原価割れは起こしていないが、トータルで送料分も勘案すると赤字になっているものでした。他にも、印刷の版代の請求漏れによる赤字も散見されたほか、ひどいものでは完全に損するものだとわかっていながら意図的に赤字受注しているものもありました。

”ゴネた人が得をする”という誠実さの欠片もない仕組み

ここで一番問題意識を持ったのが「お客様から価格交渉を迫られたら値引きするのはしょうがないことだ」という下請けマインドが会社内で深く根付いていたことでした。適切な利益を出せない、といった問題ももちろんあるわけなのですが、そんなことよりも違和感があったのは「適切な価格でご購入くださってるお客様を裏切っている」という事実でした。全く同じ商品を同じロットで販売しているにも関わらず、A社とB社では卸値が全く変わってくるわけです。価格交渉をされたお客様には安く、こちらを信頼して言い値でご購入してくださった方には高く、そんな不誠実な仕事に価値はあるのか、と疑問に思ったところがスタート地点です。

”まっすぐやろう”というバリューの原体験

このような状況を踏まえて弊社では価格のルールを作りました。そもそも「下請け企業が出してくる見積もりは最初は高めで値切れば適正価格になる」という認識から改めるべく、過剰に利益をとるようなことはしない代わりに過少な利益になるような値引きもせず最初からベストの金額での提案をするというものです。

改めて考えてみると、価格ってどうやって決めるのかって難しいですよね。大企業ブランドがあったり唯一無二の商材であればある程度の大胆さは許容されるものと思いますが、弊社は技術的差異の生まれにくい缶製品を作っているメーカーです。価格の優位性が強く機能しやすい中で、価格に縛りを作るのは大きなリスクだという懸念はありました。しかし、どんなお客様も分け隔てなく同質の内容を提案する、というのが誠実さであり価値ある正しさだと信じて、その想いを貫くべく価格のルール統一を敢行したわけです。

しかし、案の定ハレーションが起きます。特に今までよりも価格が上がるお客様からは「取引やめようか?」「うちから手を引くってことですね?」と圧をかけられるなど、非常に厳しいお声を頂くことが多かったです。残念ながら実際に取引をやめられるお客様もいらっしゃいました。それでも、やっぱり不誠実な仕事はなくしていきたいよねという想いのもとで営業の現場のみんなが新しいルールを遵守して粘り強く交渉を続けてくれて、痛みを伴いながらも1年以上かけて価格の統一を実現していきました

まず、全体的な変化としては、お客様からの信頼の獲得という意味で大きく前進できたのではないかと思っています。これまで唯々諾々値引きに応じていた時は、「あの会社はゴネれば安くなる。ひょっとして自分たちが取引している価格が実はベストではないのでは?あの会社は自分たちだけ不当に利益を出そうとしていて騙されてるのでは?」という不信感がお客様側に生まれていて、真の信頼関係は成り立たっていなかったと思っています。一見お客様のためにやっているように見える値引きは、実は潜在的には信用を著しく棄損するものであったと分析しています。そんな点から鑑みると、価格のルールをつくったことでその認識が変わり、「少し高いかもしれないけれどあの会社はうちから不当に利益をとるようなことはしない」という信頼感は醸成できたのかなという実感はありますし、売上や利益の実績もその一つの証左になっていると思っています。そして、これらの経験は、のちに弊社のバリューになった「まっすぐやろう」の大きな原体験にもなっていると感じています。

また、スタッフの心境にも変化がありました。当初は価格統一などにも疑心暗鬼になっていた営業のメンバーですが、価格統一後には徐々に「価格統一してる方が楽だし、胸を張って提案できる。」という意見が上がるようになり、新規開拓での新しいお客様の獲得件数が増えていきました。もちろん、新しい価格で、値引き交渉もなしです。

やっぱり、営業担当者としても値引き交渉をされるのって、気分の良いものではないと思うんですよね。もちろん、相応するバリューが出せてなければ自省しなければいけないですし、コストを削る努力は決して怠ってはいけないと思うのですが、そんな想いでこちらがどれだけ努力しても相見積のコンペ先としか見られていなかったり、こちらからの誠意を蔑ろにされるようようなことが起こり続ける取引って、健全じゃないです。時には値引きが必要なこともあるかもしれませんが、価格でしか選ばれてない取引は、価格が理由で終わるのは自明です。

弊社では、最初からベストの金額を出す価格のルールをつくったことによって、価格以外のバリューを追求して営業をするという力学が働くようになったと自負しています。そして、そのバリューこそが営業担当者がお客様から選ばれる理由になり、仕事のやりがいや営業担当としての矜持に繋がっているのだと信じています。

値引きは問題の本質を見えなくする麻薬

これはどの業界でも言えることだと思うのですが、値引きは営業担当者にとって最強のカードであり、値引きによって成立する商談が多いのは事実です。しかしながら、値引きの強烈なパワーによる成約の裏側には置き去りにされた問題が多数あります。なぜそもそも適切な価格では成立しないのか、市場相場よりなぜ高いのか、なぜその価格で仕入れないと先方は困るのか、といった具合に顧客のインサイトにたどり着けないままの営業になってしまうわけですね。ドリルを買いに来たお客様に値引き交渉されて安くドリルを売っているような営業の価値は極めて薄いわけです。

また、価格を下げるのは簡単ですが、価格を上げるのは非常に難しくなります。価格を下げた瞬間だけはお客様が喜んでくださってるようにみえて、営業担当者としても成約にこぎつけてめでたしめでたしとインスタントな達成感が得られるわけなのですが、顧客のインサイトを何も理解できていない商談は価格に意思決定のすべてが集約されるので、最安値を維持しない限りは顧客離れを起こす構造になってしまい、その後も継続して値引きに走り、最後は赤字でも受注するようになる、といった具合で、値引きは麻薬的だと思うわけです。先述しましたがこのような仕事観でやっている仕事から信頼関係は生まれず、パートナーという立ち位置に変わっていくことは極めて難しいと思っています。

「企業努力で吸収する」という幻想

また、値引きというと「企業努力で吸収する」なんて定型文は良く聞こえますが、実際はどこかに問題が消えてなくなる「吸収」なんて存在しないんですよね。曖昧な言葉で誤魔化されがちですが、企業の利益は分配や投資に回されるという原則から考えれば、吸収のしわ寄せは必ず誰かに行くというの厳然たる事実です。企業の利益が減れば投資が減ります。投資が減れば機械設備・人材などにお金が回らなくなり、良いものが作れなくなり、スタッフの生活環境も悪化します。しかし、どの企業もそんなことをしていたら経営が成り立たなくなるので、その問題を外部に押し付けるわけですね。つまり、今度は自分たちが下請けへ値引き交渉をせざるを得なくなるわけです。こういうやり方は先述した通り問題の本質を棚上げにしたまま誰かを不幸にする仕組みだと僕は思っています。自分たちの仕事のしわ寄せを優越的地位を利用して誰かに押し付けるようなことをする会社が、これだけ持続可能性とかソーシャリティが重視される世の中で胸を張って事業を行っていけるのでしょうか。少なくとも自分たちはそうありたくないと思っています。弊社の協力会社の方々にも不必要な値引きをするようなことはなく、win-winであり続けていたいです。協力会社の利益を担保するのも、元請け側の大きな責務ですよね。値引きの連鎖の先には発展も継続もなく、緩やかな死が待っているだけです。

値引きを断る勇気がパートナーへの第一歩

もちろん大前提として「不当な利益をとらない」ということが必要ではあるのですが、やはり提示した価格の値引きは誰にとっても長期的には幸せなことではなく、肌身では実感しにくいながらじわじわと死が近づいてきます。

もちろん、全ての業種業界で同じような方法が奏功するとは思えません。たまたま弊社は目の前の問題に一つずつ取り組んでいった結果現状に至ってるだけのことで、これが帰納法的に公式とできるわけではないと思うのですが、”値引き”に潜む悪魔については誰しもが立ち止まって考える機会があってもいいのかなと思っています。

弊社はずっと下請けとして、価格も含めてお客様のご要望の通りにすることだけが正義であり自分たちの価値だと信じてやってきたわけですが、やはり今の時代にそれは通用しないのだと思っています。たとえお客様のご希望通りの金額が出せなかったとしても、それを上回るだけのバリューが提供できていれば、パートナーとして選ばれることはできるはずです。値引きに依存せず、自分たちの価値を磨き続け、下請けから価値共創へと役割を変えて行くことが、今の時代の中小企業の使命なのだと信じています。

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