こんにちは!地域・教育魅力化プラットフォーム(以下CPF)人事・採用の越戸です!
今回は、法人営業や自治体営業、さらには新規プロジェクトの立ち上げまで、CPFの最前線を走る坂内(ばんない)さんにインタビューを実施しました!
アメリカの州立大学から、なぜ縁もゆかりもない日本の地方へ飛び込んだのか?CPFでのリアルな働き方や、将来の大きな野望まで、熱い想いをたっぷり語ってもらいました。
地方創生や教育、ソーシャルビジネスに関心がある方は、ぜひ最後までご覧ください!
現在の仕事とチームでの役割
── 現在の担当業務と、チーム内での役割を教えてください!
今はチームリーダーとして、年間の目標達成に向けてマネージャーと連携しながら、現場のフロントにもガンガン立っています!ミッションは大きく分けて3つあります。
1. 法人営業(メインは北海道) 民間企業から「スポンサー型奨学金」の協賛を集める動きをしています。奨学金によって中学生の経済的ハードルを下げ、意志を持って北海道に飛び込む留学生と企業をつなぐ取り組みです。今年の5月には、北海道最大手の北洋銀行さんと包括連携協定を結び、共同セールスもスタートしました!
2. 自治体営業 全国の小規模校や地域唯一の高校がある自治体へ「地域みらい留学」の導入をご提案しています。高校と自治体の双方から合意を得る必要があるため、それぞれの立場に寄り添いながら丁寧に説明を重ね、翌年度の予算獲得と新規受け入れを目指します。
3. 現地派遣人材の採用・調整(今年スタートの新プロジェクト!) 「地域みらい留学」は全国200校以上に広がっていますが、参画したばかりの地域はノウハウや人員が不足しがちです。スタートダッシュを支えるため、弊財団の職員を現地に駐在させて立ち上げを伴走サポートしています。そのための人材採用や地域との調整を担当しています。
入社理由と決め手
── 当時はどんな軸で就職・転職活動をしていましたか?
新潟の高校を卒業後、アメリカ・ニューヨーク州立大学へ進学し、黒人史や経済学を学んでいました。現地で就職するつもりで「ボストンキャリアフォーラム」にも参加していたのですが、コロナ禍で日本へ帰国。誰も海を渡れなくなった時期に、たまたまFacebookで「地域みらい留学」を知ったんです。
「15歳で親元を離れ、縁のない地方で異文化や地域の人と触れ合って暮らすことには、絶対に価値がある!」と直感しました。
そこから門前払い覚悟でインターンを直談判し、気づけば1年間島根県に滞在しながら働いていました(笑)。一度大学を卒業するために離れましたが、「15歳で挑戦の旅に出る若者をもっと増やしたい!」という想いが溢れ、卒業と同時に正規職員として入職しました。
── 最終的に入社を決めた「一番の決め手」は何でしたか?
実体験として「地域みらい留学」の価値と可能性を確信していたことですね。
僕の座右の銘に「人のゆく裏に道あり花の山」という言葉があります。同期が海外へ飛び出す中、自分だけは日本の地方(島根)へ飛び込み、当時はまだ10人規模だった組織で全国を駆け回りました。あの選択には今でも一切の後悔がありません。
もう一つ、忘れられない理由があります。大学卒業のタイミングで、父親が雪山で急逝する事故がありました。人生に途方に暮れていた僕に手を差し伸べてくれたのが、このプラットフォームの仲間や島根で出会った人たちでした。
血は繋がっていなくても頼れる“家族”のような存在ができたことで、「心の拠り所があれば人はまた立ち上がれる」と知ったんです。希薄になりがちな現代社会だからこそ、この取り組みを全国に届ける意味があると心から信じています。
── 入社後のギャップはありましたか?
良い意味で「利他的な人が本当に多いな」と感じます。人生で一度きりの高校選択に関わる仕事なので、生徒や親御さん、自治体や高校の方々に対して真摯に向き合うメンバーばかりです。
一方で、目の前の人に熱中するあまり勤務時間が長くなりやすかったり、出張が多かったりもするので、家庭とのバランスは意識的にセルフコントロールするようにしています!
(営業部マネージャーの井上さんと)
業務のリアルとやりがい
── 仕事の中で一番面白さや手応えを感じる瞬間は?
参画1年目の高校に、初めての留学生が入学した瞬間です! 営業としては受注時点で一区切りなのですが、試行錯誤しながら募集活動を走り抜き、無事に第1期生を迎えた吉報を聞いたときは、やっぱり最高のやりがいを感じますね。
── これまでで最も苦労したことと、乗り越えた方法を教えてください。
組織拡大に伴う「成長の痛み」ですね。 以前、ふるさと納税を活用して寄附を集める全社プロジェクトを担当していた時期がありました。組織が10数人から50〜60人規模へ急拡大する中で、各自の担当業務が増え、初期のような「家族的な助け合い」だけで情報共有することが難しくなっていたんです。
体育会系出身の僕は「One for All, All for One」の気持ちで、一人ひとりと愚直に向き合う道を選びました。全職員と個別で対話し、プロジェクトの意義や地域への還元イメージを共有。「急がば回れ」で共感の輪を広げていった結果、全員が自分事として動いてくれて、目標達成を果たすことができました。
── CPFの社風を一言で表すと?
「越境が当たり前の組織」です!
メンバーのバックグラウンドは教育、行政、民間、海外とバラバラ。だからこそ自分の領域に固執せず、境界線を越えて自然と助け合う風土があります。新潟生まれ・アメリカ経由・島根着だった僕のような“越境者”を、面白がって受け入れてくれる温かさがある組織です。
今後の展望とメッセージ
── 今後CPFで挑戦したいことや、目指すキャリア像は?
将来的には故郷の新潟で首長になり、世界に誇れる街づくりに挑戦したいと思っています。
この仕事を通じて、20代のうちから全国の首長や経営者の方々と対峙し、地域のために汗を流す大人の姿をたくさん見てきました。だからこそ今、誰よりも地域と深く向き合い、現場を動かす実践知を圧倒的に蓄えたいんです。ここで得るリアルな課題解決の経験すべてが、将来新潟で掲げるビジョンの確固たる糧になると確信しています。
── どんな人と一緒に働きたいですか?
「やり切る意志がある人」と「多様な人とのコミュニケーションを楽しめる人」です。
地方の人口減少や廃校危機は、まさに待ったなしの課題。参画校を増やし、留学生を広げ、地方公立高校への進学が当たり前の選択肢になって初めて社会が変わります。だからこそ、泥臭くても山を登りきる実行力が大切です。
── 最後に、応募を検討している方へメッセージを!
「地域みらい留学」が持つ可能性は無限大です。僕自身も、自身の留学経験や家族との経験を通して、この事業の意義を確信してきました。
もしこの記事を読んで、少しでも「地域みらい留学の可能性」にワクワクしてくれたなら、ぜひ一緒にその価値を社会へ届けに行きましょう!ご応募をお待ちしています!