「広告代理店で働いてみて、人と遠いなと思ったんです」
ako第一号社員となった木村りさはそう振り返る。
学歴もキャリアもないところから道を切り拓いてきたako代表の楠橋に対し、木村は進学校から大学へ、いわゆる「普通」の道を歩んできた。ある意味で正反対の二人がニューヨークで初めて出会い、「ちゃんと自分が満たされているから、人や社会に矢印が向けられる」という言葉で通じ合う。
広告代理店の後、akoの第一号社員として入社。人の「根っこ」に触れることのできる仕事のなかで、少しずつ自分の言葉を見つけていったという木村に話を聞いた。
目次
◾️「学歴」にとらわれていた高校生、東京に出て世界を知る
ーー今日はよろしくお願いします。
こういうインタビューは初めてなので、緊張しますけど頑張ります。
ーーまず、学生時代の話から聞かせてください。
私は福岡の北九州市出身で、上京して教育大学へ入りました。
ーー教育に興味があったんですか?
はい。学校教育というより、そのときは学校外の教育に興味がありました。というのも、高校が進学校だったのもあって、学歴にとらわれてた部分があるんですね。
学歴で人を見るとかではないんですけど、みんなが当たり前に大学へ進学するような高校にいたので、それ以外の世界をほぼ知らなかったというか……。
ーーストレートに大学まで進んで就職するような、いわゆる社会で「普通」とされてる世界しか知らなかった。
そうです! そこでは、どうしても学歴が大きな物差しになるじゃないですか。でも大学に入ってから、その価値観が揺らぐ出会いがたくさんあったんです。
最初に大きかったのは、1年生の時に受けた文化人類学の授業でした。
授業の中で「汚い」と「綺麗」の境界線ってなんなんだろうとか、円循環的な時間感覚とか今まで当たり前だと思っていたものが、どんどんひっくり返っていて。
のちに恩師となる文化人類学の先生にインドへのフィールドワークにも同行させていただく機会もあり、いまも私の中で文化人類学はずっと大切な指針になっています。
2023年に訪れた北インド
ーーそれまでの「普通」の感覚が一気に壊された。
はい。それと、もうひとつ大きかったのが、全国の高校や少年院、児童養護施設でキャリア教育をしている「一般社団法人ハッシャダイソーシャル」との出会いです。
ーー何がそんなに印象的だったんですか?
共同代表の講演を聞いた時に、「生まれも育ちも関係なく、自分の人生は自分で選べる」という信念のもと、活動されていたことに心を動かされました。
私の通ってた高校は進学校だったんですけど、地元が北九州なので、やんちゃな子たちもたくさんいました。でも当時は、自分の周りに多様な人がいることに気づかなくて。東京に出てきて初めて、近くにいたはずなのに、生まれや育ちによって、見えない分断があるような気がしました。
そんな時に、ハッシャダイは中卒や高卒の人が社会に出るチャンスをつくる「ヤンキーインターン」を当時やっていたり、学歴にとらわれない教育に本気で取り組んでいて。そういう活動内容も含めて、「こんな人たちがおるんや」って衝撃でした。
それで「なにかやらせてください」と連絡して、立ち上げ直後のハッシャダイソーシャルにインターンとして関わることになるんです。
◾️主語のなかった自分が、小さな欲望に気づくまで
ハッシャダイソーシャルでのインターン時代(左から2番目が木村)
ーーインターンではどんなことを?
広報がメインでした。寄付者の方や企業に話を聞いたり、高校生にインタビューしてnoteを書いたり、代表が工業高校や定時制高校へ講演に行くのについて行ったり。
当時のハッシャダイソーシャルは、共同代表のお二人と、社員さんが1、2名ほどの組織でした。規模が小さい分、代表たちとの距離もすごく近くて、いま何を考えていて、どんな思いでやっているのか理解しながら動けていた気がします。当時はそれが当たり前だと思ってたんですけど。
ーーそこでも価値観の変化みたいなものは進んでいったんでしょうか。
そうですね。中卒や高卒の子たちをはじめ、さまざまな職業の大人など、いろんな人に会えば会うほど、今までの自分は何に囚われてたんだろう?って想いが強くなって。ハッシャダイソーシャルの取り組みにも共感して、インターンはとても楽しかったです。
ただ、インターン2年目くらいから、また別の揺らぎみたいなものが出てきて。
ーー詳しく聞きたいです。
それまでの私って、あんまり「自分」っていう主語がなかったと思うんですね。「普通」のルートに乗ってきたぶん、よく言えば素直というか、どんどん大きくなっていくハッシャダイソーシャルの勢いにも迷わずついていけていました。でもあるとき、「これって自分にとって何のためだっけ?」という疑問がふと湧いてきて。
ーー自分のやりたいことはこれだっけ?みたいな。
というより、もっと手前の「そもそも自分のやりたいことってなんだっけ?」ですかね。ちょうどその頃、とあるプログラムで「自分の小さな欲望を書き出してみよう」という時間があったんです。やりたいことの棚卸しですね。
そしたら「夜中に急にドライブ行きたい」とか「海外行きたい」とか、小さなやりたいことがたくさん出てきて、3年目もハッシャダイに関わるかを決める時期だったんですけど、ちょっと一度立ち止まろう、と思って、海外へ留学することにしました。
◾️ちゃんと自分が満たされてるから、人や社会に矢印が向けられる
ポートランドにホームステイした際のホストファミリーと
ーー留学はどこの国へ?
大学4年生の時に休学して、アメリカのオレゴン州にあるポートランドというまちに約8ヶ月行きました。ako代表の明生さんと出会ったのもその時期なんです。ニューヨークで。
ーー初対面がニューヨーク!
夏休みに留学先の友達と旅行の計画を立ててたんですけど、相手が急に行けなくなって。ひとりで東海岸のボストンやニューヨークへ行くことにしたものの、心細くてSNSで「知り合いいませんか?」みたいに言ってたら、共通の知人が繋いでくれたんです。
ーー明生くんがちょうどニューヨークに留学してた時期ですよね。
そうなんです。一緒に食事をして、タイムズスクエアに行ってトゥクトゥクもどきに乗ったり、ザ・ニューヨークみたいなことをしました(笑)。
ーーそこでは何を話したんですか?
ちょうど就活どうしよう、という時期だったので、その話とか……そう、一番覚えているのが、「ちゃんと自分が満たされてるから、人や社会に矢印が向けられる」って明生さんの言葉です。それにすごく共感したんです。
それまでは、劣等感や怒りを原動力に這い上がって、社会課題に向き合ってきた人の話を聞くことが多かったんです。広報として、そういうストーリーを発信する立場でもありました。それが間違っているわけじゃないんですけど、自分のこれまでの人生とはなんか距離があるな、と感じていて。
ーーだからこそ、欠乏感からじゃなく満たされてるからこそ、社会に向き合うこともできる、という明生くんに共感した。
そうです! 正直、そのときは明生さんがどんな仕事をしてるかも全然聞かなかったんですけど、根っこの部分というか、バイブスだけはすごく合いました。逆にそれしか覚えてないです(笑)。
◾️代理店だと、人と遠かった
ーー大学時代にこれだけ価値観の揺らぎがあると、就職にも影響がありそうですが。
それが、一旦ふつうに就職してみたんです。それまで私がすごいなと感じた人たちって、いろんな経験をした上で自分の道を見つけている気がしたんですが、私はまだそこまで行けていない。だから、もっと外で力をつけなきゃって思ったんです。
一般的な就活のほうが、フラットにいろんなものを見られるはずだし、知らない人がたくさんいる場所に行ってみよう、と。
ーー「そうじゃない道」も知ったけれど、一旦、正規ルートへ進んだわけですね。
はい。それで、外資系の広告代理店に就職しました。入社してすぐ雑誌のタイアップ企画やテレビCMの撮影現場についていくみたいな、ザ・代理店という感じで。
ーーテレビや芸能界への憧れはあったんですか?
全然なかったです。ミーハーな部分もあるので興味がないわけじゃないんですけど、なんだか私にとってはツルツルした世界に見えちゃったんですね。それで、結構すぐに辞めたいなと思ってしまっていました。
ーー辞めたいと思った理由を、もう少し詳しく聞いていいですか。
まだあんまり自分のなかで言語化しきれていない部分はあるんですが……広告代理店の仕事をしてみて「人と遠いな」と思ったんですよね。
ーー人と遠い。
クライアントさんの目標って、基本的にはマーケティングや商品の売上じゃないですか。だから自然と数字の話になる。でも、私はそこで、関わってる人たちが本当は何がしたいのか、どういう人なのかが見えなかったんです。
ーー僕もそういう仕事に関わるので、なんとなく想像できるんですけど……クライアントがいて、代理店がいて、制作会社がいて、となると、関わる人も増えてきますよね。そうなると個人の思いみたいなものは後回しになっていく。
仕事の上ではそういうものが必要じゃない場面もあるとは思います。あくまで私が感じたことなんですけど。
ーーハッシャダイソーシャルだと、その「遠さ」は感じなかったんですか?
なかったかもしれません。代表やメンバーとの距離も近くて、コミュニケーションも濃く、人としてそれぞれの可能性を信じた上で活動できていたと感じています。
ーーなんというか、人と近い仕事のほうが「手触り感」がありますよね。規模が大きくなって関わる人が増えるほど、自分が歯車になっていく感覚も出てくる。
そうですね。退職してから時間が経って少しずつ腑に落ちてきている段階なのですが、私の身体は、インドで出会った人たちに教わった「1日にひとつのことをやればOK」みたいな時間感覚や、ポートランドで出会った人たちに教わった、直線に進むだけではない人生観みたいな、色んな感覚が入り混ざちゃってるんだと思っています(笑)。
一方で外資系の代理店って、いろんなことがすごく合理的なんです。何にどれだけ時間をかけたか、工数もパフォーマンスも全部管理されていて、無駄が出ないよう、誰かがパンクしないようになっている。すごくホワイトだし、クリーンだと思うんですけど、私が見てきた世界とは遠かったのかもしれません。この二つを並べちゃうのはだいぶ極端な気もしますけど(笑)。人も時間も、全部数字に置き換えられていく感じがしたのかな。
ーー資本主義のど真ん中と、その対極。交互浴が強烈だったんでしょうね。
そうかもしれません。まだ全部は言語化しきれてないんですけど、そこに自分が大事にしたいものがあったんだろうな、と思います。
◾️聞き間違いの「うちに来る?」でakoへ
akoでは記者会見やイベントの司会を務めることも。「クール・ブルー」はブルーカラーの仕事が持つ本質的な価値と、その魅力を社会に正しく伝えていくべく協栄電気工業を中心にスタートした団体。akoでは企画・運営を担当している。
ーーそれで、実際に代理店を辞めることになった。
はい。代理店時代にも人や仕事にも恵まれていたので、何か大きなきっかけがあったというより、「気づいたら辞めてた」って感覚が近いです。
親しい友人にも話したら「すぐには辞める決断をしないほうがいいよ」って言われました。頭では本当にそうだよなと思ったんです。続けていれば、仕事ってきっと慣れるものだよなって。でも体の不調も出てきて、黄色信号というか。
自分はたぶん冷静じゃない、だから今のうちに言っておこう、と思って、周りの大人にも相談しはじめました。その中で明生さんと話す機会もあったんです。
ーーそこではなんと?
明生さんは私の話を聞いて、「もし何かあったら、うち来てもいいよ」って言ったらしいんです。でも、当時の私には「うちに来る?」って聞こえたんですよね。
ーーだいぶニュアンスが変わってきますね(笑)。
そうなんですよね。明生さんもアメリカから戻って、少し落ち着いたタイミングだったとは思うんです。でも、さすがに「来てもいいよ」くらいの温度感だったはず。当時の私はとにかく冷静じゃなくて、「スカウト来た!」と思っちゃって。すぐに「行きます!」って返事をしてました。
前職の会社の方もすごく誠実に向き合ってくださったんですけど、もう自分の気持ちは決まっていたので、退職してakoに入社しました。今振り返っても、当時はいろんなことが起きて、なにか大きな流れに乗っているような感覚でしたね。
◾️「人」を知りたい
バイオガス発電の技術を持つ神戸の企業・株式会社コベックの工場見学にて。コベックは神戸市環境共栄事業協同組合(共栄会)とともに、食品廃棄物を資源として有効活用し、食品ロス削減を目指す「KOBE Hikey Energy」を2026年6月に発足。akoでは立ち上げから運営までをサポートしている。
ーーakoに入ってからは、代理店で感じたような違和感はなかったんでしょうか。
なかったです。クライアントさんとの距離感が全然違ってました。
たとえばakoは、重度訪問介護のサービスを全国で展開する「株式会社土屋」のPRを担当しています。私が代表と直接お話しする機会は多くないんですけど、明生さんと代表の距離は、代理店時代には考えられないくらい近い。それをすぐそばで見ることができているので、代表が何をしたいのか、どんなことを考えているのかが自然とわかるんです。
ーー明生くんのインタビューでも、その話はありました。akoでは業務を進めていく際に間に代理店が挟まることはほぼなくて、基本はクライアントと直接やりとりするんだと。
そうなんです。一緒に仕事をする人が何を考えて、何のためにやっているのかをわかったうえで動くのと、何もわからないまま数字だけを追うのとでは、私のなかで意味がまったく違っていて。
ーーさっきの「人が遠い」という違和感は、裏返すと木村さんが「その人を知りたい」ってことなんでしょうね。遠すぎると、それができない。
たしかに、そうかもしれません。PRや広報って、「表面の見せ方を変える仕事」というイメージがあると思うんです。私自身もそう思っていました。
でも、まずクライアントが根っこの部分で何を思っているのか、何をやりたいのかをちゃんと掴んで、それを本当に広く届けるために見せ方を変えるのがakoのやり方だと思うんです。根っこがわかっているからこそ、見せ方ひとつで全然変わる。
ーー手段と目的の話ですね。その人の根っこにある部分が大事で、そこを伝えるために見せ方がある。
私自身、人の根っこの部分を知りたいという気持ちがあるので、akoの仕事にも共感できてるのかもしれません。やっぱり、なにかを作るなら、そこには「人」がいて欲しいので。
ーーそういう仕事に関わっていると、自分自身の変化も感じますか?
はい。例えば土屋のお仕事では、国の政策を担っている方や財団の方なども参加するような規模の打ち合わせやイベントに同席させてもらうことがあります。私からしたら、そこにいさせてもらうだけで、すごく世界が広がってる感覚で。
ーー大きな仕事という意味では、代理店にもあったはずですよね。CMなら何億円というプロジェクトもある。でも、そことは違う感覚なんでしょうか。
そうですね……。私にとっては、そこで「人」を感じられるかが大きいのかも。
介護もそうですし、akoの他のクライアントである保育や建設、ごみ処理、コーチングなども、私が今まで知らなかった領域ばかり。どれも仕事で関わらせてもらう中で学ぶことがたくさんあって、すごく面白いんです。
いまはまだ私が中心になってプロジェクトを担当することは少なくて、現場で動いたりすることが多いです。でも、小さな仕事ひとつ とっても、代理店のときとは動きやすさもやりがいも全然違います。
それに、akoのクライアントさんって、すごく社会性の高い大事な仕事をしていて、ちゃんとビジネスとしても成功されている方が多いんです。命や人、思いといった柔らかい部分と、ビジネスを両立している点もとても魅力的なんですけど、その素晴らしさがまだ世の中に十分に知られていない。
そういう方たちの根っこを、いろんな角度や方法で共に届けることができるのが、関わっていて一番楽しいところかもしれません。
◾️山登りじゃなく、川下り
akoでは業務委託のメンバーも交えて遊びに行ったり旅をしたりすることも
ーーakoは、木村さんから見てどんな会社ですか。
最初の一人目の社員として入ったんですけど、自分のやりたいことに合わせて、いろんなことを本当に叶えてくれる会社です。入社したばかりの頃、まだ東京にオフィスがなかったんです。でも、私が「オフィスがあったら嬉しい」と言ったら、気づいたらオフィスができていました(笑)
ーー基本は出社してるんですか?
はい。明生さんは愛媛と東京を行き来してるので、いない日もあるんですけど。akoに関わってくださってる方たちがしょっちゅう出入りしてくれるので、けっこうにぎやかです。
出張も月1回以上のペースで全国各地に行かせてもらっていて、この間はオランダにも行きました。まだできることが少ないのに、そこまでさせてもらえるのはすごいなと思います。
副業もOKなので、昔から関わっていたポートランドのビール屋さんのお手伝いもしています。
日本とグローバルのあいだに立ち、リーダーや個人の「自己の在り方(Being)」にアプローチする組織開発を行うCoaching Leaders JapanのPRチームとして、オランダ・アムステルダムで行われた日蘭商工会議所主催のイベントに同行
ーー福利厚生には読書手当もあるんですよね。
はい。そのおかげで、学生の頃より読書量はずっと増えました。
akoに入ってから、自分の内面がすごく耕されている感覚があるんです。大学生のときは、インターンがあって、課題があって、いつも何かに追われていて。代理店の時も自分に向き合うような余裕はなくて。でも今は、仕事だけでなく、自分のプライベートにもちゃんと向き合えて、ひとつひとつを自分で選んで生きられているというか。そういうなかで、ちょっとずつ自分の言葉で喋れるようになってきた気がします。
ーーそれは大きな変化ですね。
一般的な会社って、山登りみたいな感じだと思うんです。一歩ずつ登りながら、みんなで上を目指していく。でも、akoに入ってからの私は、川下りみたいだなって。大きな流れに乗っているんだけど、海に近づくにつれて、自由になっている感覚があるんです。
明生さんも、最初はakoをどんどん大きくしようとは思っていなかったと思うんです。でも、私が入って目がどんどん輝いていくのを見て、人を増やすイメージが湧いたのかも。違ったら恥ずかしいですけど(笑)。
ーーどんな人がakoにフィットすると思いますか?
akoの仕事って、まだ言葉になっていない、企業や人の根っこの部分の魅力を見つけて、伝えることだと思うんです。SNSだと、わかりやすく言語化できるものほど伝わりやすいですけど、本当に大事なことほど、うまく言葉にできなかったり、SNSの140字では伝わらなかったりするじゃないですか。
なので、見た目のわりやすさや速さみたいなものより、手触り感や、遠回りを面白がれる人のほうが合うように思います。
ーー逆に、大変なところはありますか?
akoは対話がすごく多いので、自分のなかの当たり前と向き合わざるを得なくなるんです。その当たり前が崩れる瞬間って大変でもあるんですけど、そこを乗り越えた先で、今まで見えていなかったものが見えるようになる。そこも意外と楽しいんですよね。
そういう楽しさも含めて、akoはなかなか一言でわかりやすく説明しにくい会社です。だからこそこの記事で、私たちの根っこの部分が少しでも伝わったら嬉しいです。
取材・執筆:友光だんご