須賀祐介(Yusuke Suga)
経営企画部部長/ビジネスプロモーション部部長
新卒でPGとしてキャリアをスタート。
21歳でシステムシェアードにジョイン。
新規事業、部門立ち上げ等、マネジメントを強みに業務に従事。
現在は経営会議メンバーとして最前線でビジョン/ミッションを追求している。
今では部門長として活躍していますが、昔はどんな感じだったのですか?
いやぁ、、思い出したくない(笑) 不真面目でしたね。。。
と言うよりも「何に対してもやる気がなかった」と言ったほうが正しいかもしれません。
実家が畳屋さんで自営業だったので、小さいながらに両親の背中を見てきましたし、商売勘があったと言えばそうかもしれませんがその反動だったのか(笑)あまり前向きではない時代もありましたね。
両親は畳屋を経営
今の須賀さんを見ているととても意外ですね・・・
そうですよね。自分でも人間が変わったと思っています(笑)
また黒歴史なのですが、20歳になって初めて社会人になり、前職にあたるとあるIT会社でエンジニアをやっていました。その時に精神的な病にかかってしまい、転職することになりました。
今までサボっていたツケですね。。このタイミングでとある恩師に室井専務を紹介してもらいました。
入社当初の須賀
そのときの役員、会社の印象は?
器の大きい方々だと思いました。今は身体という意味でも大きいですが(笑)
まだ会社としては何も形が整っていない段階でしたが、それでも凄みは感じました。
会社は今も昔も非常にアットホームですね!昔はちょっと怪しさもありましたが、、(笑)
でも今ではかなりクリーンな経営をしていると自負しています。
専務の室井と(ペアルック。笑)
確か須賀さんはシステムシェアード社の初期メンバーですよね?
そうですね。ほぼ創業時からいますね。役員陣と営業部長の田窪さん、人事部の白原さんとはかなり昔から苦楽を共にしています。もはや戦友ですね。
社員総会時での決意表明
今では部長として活躍されていますが、何か転換期があったのでしょうか?
あります。やる気もないし能力もないくせに、口だけは一丁前だった私に『だったらやってみなさい』と役職を与えてくれたんです。いきなりエンジニア職からマネジメント職に変わったものですから、それからは本当にしんどい毎日でしたね。でもそこから360度と言って良いほど劇的に変わりました。
耐えねばならない時、日々筋肉痛の時、部門の最高責任者として大きな意思決定をせねばならない時、本当に色々しんどい場面がありましたが、そんな時に支えになったのが「師の言葉」と「ドラッカー」だったんです。
そこから景色が変わりました。全てが繋がって見えるようになったので、何事もシンプルなんですよね。ビジネスって奥が深いけど実はシンプルで、なんて楽しいんだろうって。そこで、原理原則って大事なんだなと改めて気付けました。
最後に今後の目標などあれば聞かせてください!
社長はじめ、何名かには言っているのですが、まずは35歳で会社を起こそうと思っています。
会社を起こすと言っても、社内起業を考えてます。グループ会社の子会社の代表になり、更に会社全体の限界を引き上げたいと考えています。
やはり理念が超一致しているので、辞めたくはないんですよね。
正直、社長になんてなりたくないんですが(笑)、私なんかよりも優秀な社員がたくさんいるので、私みたいな劣等生が背中を見せてそういう制度を創れば、みんなももっとチャレンジできることが増えると思うんです。『そうか、子会社作っちゃえばいいんだ』って。
だからこそ必ず起業したいなと考えています。