プログラミングが前より楽しくないと感じる人がいるのはなぜか。生成AI時代の向き合い方
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生成AIが広がってから、プログラミングとの向き合い方が変わったと感じる方は増えていると思います。
便利になったと感じる方もいれば、前よりコードを書く楽しさが薄れたように感じる方もいます。
この記事では、その違いがどこから生まれるのかを整理します。
変わったのは技術だけではなく、プログラミングのどこに面白さや手応えを感じるか、という部分でもあると思っています。
楽しさが生まれる場所が分かれやすくなる
生成AIの話になると、どうしても効率や生産性の話が中心になりがちです。
実際、たたき台を作る、調べものをする、定型的なコードを書くといった場面では、前より進めやすくなったと感じることが増えました。
ただ、その変化だけを見ていると、現場で起きている別の変化を見落としやすくなります。それは、プログラミングのどこに楽しさを感じていたかが、人によってかなり違っていたことです。
コードを書くこと自体が好きな方にとっては、AIに多くを任せるほど、自分で作っている感覚が薄くなることがあります。一方で、実装の壁に止まりやすかった方にとっては、AIがあることで作れるものの幅が広がり、前より面白くなったと感じることがあります。
ここで起きているのは、向き不向きの話ではありません。プログラミングのどこに価値を感じてきたかの違いです。
自分で一行ずつ組み立てていくことに面白さを感じてきたのか。
思いついたものが形になることに面白さを感じてきたのか。
あるいは、試行錯誤しながら理解が深まっていく過程に楽しさを感じてきたのか。
その違いが、生成AIへの受け止め方の差として出やすくなっています。
「速く作れる」だけでは語れない
生成AIは、作業を早く進める道具として語られることが多いです。
それは確かに大きな価値です。ただ、プログラミングは、早く終わればそれで満足しやすい仕事でもありません。
動くものが短時間でできたとしても、その過程に自分の判断や発見が少ないと、納得感は別のものになります。逆に、今まで知識や経験が足りず手を出しにくかった領域に入れるようになるなら、生成AIは可能性を広げる道具になります。
つまり、生成AIは一つの意味だけで語れるものではありません。時間を縮める道具でもあり、挑戦できる範囲を広げる補助でもあります。その一方で、仕事の面白さを感じる場所を変えてしまうこともあります。この複数の面を分けて見ないと、話がかみ合いにくくなります。
どこを任せてどこを自分で持つか
現場で本当に大事になるのは、使うか使わないかではありません。
どこをAIに任せて、どこを自分で持つかです。
全部をAIに任せれば速く見える場面はあります。ただ、その進み方がそのまま実力や経験の蓄積につながるとは限りません。逆に、全部を自分で書くことが常によいとも限りません。周辺コードや定型処理まで毎回すべて自分で抱えると、本来時間を使いたい設計や判断に余力を残しにくくなることがあります。
この使い分けは、役割や経験によっても変わります。実装そのものを通じて感覚を磨きたい時期には、自分で書く意味が大きい場面があります。設計、レビュー、調整、意思決定の比重が上がるほど、AIを補助として使う価値は高くなりやすいです。また、苦手な領域の入口を越えるために使うのか、自分の得意分野をさらに伸ばすために使うのかでも、置き方は変わります。
現場では「前提」ですれ違う
この話がややこしくなりやすいのは、同じ「生成AIを使う」という言葉でも、中身がかなり違うからです。
ある現場では、AIは調査や補助のための道具です。
別の現場では、実装の下書きをまとめて作る存在です。
さらに別の現場では、レビューの観点出しや抜け漏れ確認に価値があります。
そのため、「AIで十分」と言う人と、「AIに任せると面白くない」と言う人は、違うものを見ていることがあります。どちらかが間違っているというより、担当している工程も、面白さを感じる場所も違うのです。
たとえば、管理画面や定型的なAPIの実装では、速く正確に進めることが重視されやすいです。一方で、操作感が価値になるゲームのコア部分や、細かな調整が品質に直結する箇所では、自分で触って確かめる意味が大きく残ります。この違いを無視して全部を同じように語ると、現場の実感から離れやすくなります。
まとめ
生成AI時代に必要なのは、賛成か反対かを決めることではないと思います。
自分はプログラミングのどこに面白さを感じてきたのか。
どの工程は自分で持った方が納得できるのか。
どの部分は任せた方が、全体として良い仕事になりやすいのか。
そこを言葉にしておくことが大事です。
生成AIは、楽しさを削るものにもなりますし、可能性を広げるものにもなります。見え方を決めるのは、道具そのものというより、どこに自分の判断や試行錯誤を残すかです。
プログラミングとの向き合い方が揺れること自体は、不自然ではありません。それだけ多くの方が、この仕事の中に自分なりの面白さや手応えを持っていたのだと思います。その手応えをどこに残すのかを考えることが、これからの開発ではますます大事になっていくはずです。
おわりに
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