SOEL株式会社 代表の岡崎です。いま会社はIPO準備の真っ只中ですが、キャリアの入口は、正直かっこいいものではありませんでした。今日はその話をします。
新卒での就職活動で戦略コンサルに、落ちた
就活では、BCGやドリームインキュベータといった戦略コンサルティングファームを受けていました。結果は、不合格。
いま振り返ると、落ちた理由ははっきりしています。自己分析が足りていなかった。というより、自分ではない誰かになろうとしていました。
「こうあらねば」の思い込み
京都大学の同期には、尊敬する人間が何人もいました。彼らに共通していたのは、圧倒的な論理性。私はそこに憧れて、「ああいう人間にならなければいけない」と思い込んでいました。
でも私は、論理性が光るタイプではありません。憧れの人物像を演じて戦略コンサルの面接に座っていたのだから、落ちて当然だったと思います。
「もっと見たい」の一言
転機は、些細なことでした。SNSにアップした動画に、友人たちが反応してくれた。「もっと見たい」と言ってくれる人がいた。
そのとき、問いが切り替わったんです。「こうあらねば」ではなく、「自分には何ができるか?何なら喜んでもらえるか?」へ。
たどり着いた自己定義は、アート(情理)とサイエンス(論理)を行き来する「翻訳家」でした。論理の頂点で戦うのではなく、論理と感情のあいだをつなぐ。それなら自分にしかできない場所がある。
「価値の源泉は希少性」
そう考えると、会社選びの軸も変わりました。
価値の源泉は希少性。有名企業に入って優秀な同期の中の一人になるより、誰も知らない会社で替えの利かない存在になる。選んだのは、当時まだ無名だったベンチャーでした。新卒採用の一期生、「新卒第1号」です。
損益計算書を見せてくれた社長
決め手はもうひとつ。面接で、社長が会社の損益計算書をそのまま見せてくれたことです。学生相手に数字を隠さず開く——本気で経営に関わらせる気があるんだと感じました。実際その通りで、入社後はM&A戦略を担当し、28歳で美容サロン企業6店舗の経営を任されることになります。
あの選択から10年
その後、店舗の現場でSNS集客の可能性に出会い、社内ベンチャーを経てSOELを設立。いまは1,500店舗の集客を支援しながら、IPOを目指しています。データ(サイエンス)と現場の熱(アート)を行き来する、あのとき見つけた「翻訳家」の仕事を、いまも続けている感覚です。
キャリアに迷っている人に伝えたいのは、「どの会社が有名か」ではなく、「自分には何ができて、何なら人に喜んでもらえるか」という問いです。
SOELはいま、正社員35名です
SOELも、まだ大きな会社ではありません。だからこそ、一人ひとりが希少になれる余白が大きい会社です。
「仕事を遊びに、遊びを仕事に」という哲学に少しでも引っかかった方は、気軽に話を聞きに来てください。