自己中心主義
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人事業務を取り扱うようになって、営業電話を受ける機会が増えました。
営業、私は実は苦手なんです。
なぜなら、どうしても自己中心的な仕事になりがちだから。
目の前に見込客の名簿があって、上から順に電話をかけて、今週中にアポが何件ないと怒られる・・・それって、完全にこちらの自己都合ですよね。
電話を受けるほうは、電話など予定に入れずに一日の予定を立てていて、優秀な人ほど忙しく仕事をこなしているはずなのですから、営業電話など歓迎されるはずがありません。
それを分かっていながら朝から晩まで電話をかけ・・・という仕事は、私にはできませんでしたね。できるひともいるみたいで、すごいです。私が知る限り、そういう人は羞恥心が壊れているというか、断られることを全く苦に思わない人が多いようです。
良くも悪くもですね。実際、営業もそうですが舞台とか芸術とか、いちいち恥ずかしいと思っていたら絶対にできないことばかりですよね。やはり人間には適材適所があるのだと思います。
それはそうと、最近、人間として、あるいは会社として成長していくということは、いかにこの「自己中心主義」から脱却していくかということだと思うようになりました。
「自分は」こうしたい、というのは誰しもあると思います。
しかし、それを実行に移したり主張したりする前に、「相手はどう思うか?」「周りはどう思うか?」「社会のルールはどうなっているか?」を考える。
もちろん、そんなのまどろっこしいから運送業をやっているんだ、というのは間違いないのですが、逆にいえばだからこそチャンスなのです。
例えばうちの会社で運んでいる商品も、最終的には消費者の手に渡る生鮮食品がほとんどです。仮に、運送業者が約束を守らない、ものを壊す、トラブルを起こす・・・としたら、「チラシに書いてあって特売を当て込んで隣町から来たのに、物流トラブルで商品が来ておらずセールは中止」「家族の誕生日プレゼントとして商品を取り寄せたのに、ドライバーが欠勤したとかで運ぶことができず届いたのは誕生日の翌日」といったことが日常的に起こるようになります。
実際に米国では、USPS(郵便局)では倉庫作業員が高価品を盗んだり商品を投げたりするのが当たり前なので、怖くて小包(ゆうパック)では物を送ることができず、2倍〜3倍の運賃のDHLやFeDexで送るのが当たり前だといいます。
給料が変わらないのに社会がこんな状況になったらとんでもなく生活が苦しいし、不便で気苦労が多いストレスフルな世の中になりそうです。
だからこそ、我々の荷主さんたちも苦心して「まともな運送会社」を探しています。そして、私達運送会社も、「まともなドライバー」を探すとともに、「まともな運送会社」になるための努力を日々続けているのです。
実際、本社で会社の経理状況を見ていても、一部の特定のドライバーが何度何度も事故を起こして荷主や車輌を失い、保険料が上がり、挙げ句には社内でもトラブルやパワハラを起こされ・・・と悪循環の連続でした。
刑務所を出所した人の再犯率が50%弱といいますが、つまるところ世の中のトラブルのほとんどは少数の特定の人たちが繰り返し起こしているのですよね。
まあ私も心あたることばかりで誠にお恥ずかしい限りなのですが・・・世の中から相手にされない「一部の人」で終わるよりも、世の中のほとんどの人から必要とされる「まともな人」、「立派な人」、「なくてはならない人」を目指したいところです。