私の座右の銘「ネアカであれ!」
「ネアカであれ!」とは、私が新卒で入社したソニーの入社式において創業者(当時社長)の盛田昭夫氏が語られたメッセージの1つです。その年に限らず毎年毎年、新入社員に向けて語られていたメッセージですので、盛田さんはこの言葉にソニーしてのとても大切な意味を込められていたものと推察します。入社式当日、私はこのメッセージを軽く聞き流してしまっていたのですが、その後の3か月に及ぶ新人研修を通じ同期と一緒に過ごすうちに、あらためて「ネアカであれ!」との盛田さんの言葉が思いおこされ、そしていつの間にか私の心の中に一抹の不安を抱かせる、そんな位置づけとなってしまったのでした。端的に言えば同期の多くは非常に明るく元気な面々がそろっていて、話はとても面白く行動もアグレッシブ、いつも公私ともに彼らが場を盛り上げてくれていたのですが、その中で、私自身は彼らほど明るくない、つまり「ネアカでない」と感じてしまい、この先、ソニーの中で頑張っていけるのか不安になってしまったのでした。学生時代、少なくとも普通にはコミュニケーションできると思っていたのですが、ソニーの同期の能力的な面はもとより各々が持つエネルギーレベルの高さに面食らったというのが正直なところでした。
とはいえ、なんとか新人研修も終了しそれぞれの職場に配属となり、いよいよ実戦の機会に入ることになりました。当然に初めてのことばかりで日々緊張していたこと、また上司や先輩、周りのみなさんに本当に温かく迎えていただいたことで公私ともに充実した日々を過ごすことができ、幸いにも新人研修時の「ネアカでない」との不安は頭をよぎることはありませんでした。また会社の規模が大きかったこともあり同期も様々な部署(地域)へ配属となり、顔を会わせるどころか、コミュニケートすることもほとんどなく比較をせずにすんだのもよかったのかもしれません。(今の時代と異なり、携帯電話やメールもない時代でしたので、近しい職場に配属された人やごく一部の仲の良い人を除いてはほんとうに音信不通状態となってしまいました)
それから3年ほど過ぎたころでしょうか、久々に同期で集まろうとの話となり、かなりの規模での同期会が開催されました。皆、元気で新人研修時のノリや勢いも変わらず、同期会は大いに盛り上がりました。一方で私は不思議にも新人研修とはどこか違う雰囲気を感じてしまったのでした。このことが同期会後もずっと引っかかっており、何が違うのだろう、なぜ違うと感じるのだろう、事あるごとに考えていたのですが、あるとき”はっ”と気づいたのです。同期の能力やエネルギーレベルはもちろん変わっていなかったのですが、変わっていたのは話の中身だったのです。新人研修の時には皆、期待に胸ふくらませ大いに夢やビジョンを語っていました。そうです、話の内容はとてもとてもポジティブでした。ただ3年余り経過したのちに、皆が話す内容はどちらかといえば組織や上司への不満といったものが大きなウェイトを占め、ネガティブさがあちらこちらで垣間見えるようになっていたのでした。どんなに面白おかしく話そうと不満は不満でしかなく、やはりそこから元気は湧いてきません。
このときはじめて「ネアカであれ!」の意味するところが少しわかったような気がしたのです。盛田さんは単に明るく元気であれ、とおっしゃったわけではない。思うには、何があっても物事を前向きに考えることが大切である、と私たちに諭されたのではないかと・・。今では多少認識できているつもりですが、物事は常に二面的でありポジティブにもネガティブにも捉えることができます。他愛のない事例ですがよく若い人たちが言う不満の1つに、上司に恵まれない、との声があります。確かによい上司に出会えればよいですが、(自身も至らずと自戒を込め申し上げますが)そんなに素晴らしい上司と出会えることは稀ですし、それを嘆きネガティブになってしまったら、その先、自分自身が意義ある時間を過ごすこともできないでしょう。このようなときは、例えばその上司を反面教師と考えることも一案です。そう捉えなおすだけで、同じ環境であっても様々な学びが得られるのですから・・。
このように「ネアカであれ!」をいつなん時も何事もポジティブに、と解釈することで、ようやく自身もネアカになることができる、との確信をもつに至りました。なぜならそれは能力の問題ではなく、自らの気持ち、意志によるからです。自らの意志によりネアカになれるのであれば、あとは自己責任です。そしてこのときから「ネアカであれ!」を私の座右の銘とすることを決めました。自らの意志をもってこれからの人生において、いつ何時もポジティブに生きていこうと決めたのです。そうすることで意義ある人生を送ることができるに違いないと。もちろんその後の人生で自らの弱さゆえそれが揺らぎそうになることは多々ありますが、その時は盛田さんの入社式での語りを思い起こし、盛田さんもソニーが苦しい時やたいへんな時にはネアカであれとご自身を奮い立たされていたに違いない、と思いをはせ、少しでもそれに近づくことができるよう意識を持ち続けています。
その意味で私の人生最大の学びは盛田さんの入社式でのメッセージであり、短い間でしたがソニーの一員であったことを今更ながら誇りに思い、そして感謝する次第です。昨今、私は人事として入社式や新人研修に立ち会う機会がよくありますが、そのときには何らかの形で「ネアカであれ!」ということを若い方々に伝えるようにしています。これからの未来を担う方々に少しでも盛田さんの想いを伝えられたら、それは世の中への貢献に通ずると考えるからです。これからも人事の道で生きていく限り、微力ながら盛田さんのエバンジェリストとしての役割を日本の未来のために担いたいと。。