#会社の構造物語|第5話
〜先輩によって正解が変わる職場編〜
第一幕|ようこそ、わが社へ!
春。
とある中小企業に、新人の山田さんが入社した。
事務職は初めてだが、真面目で覚えも早い。教わったことはノートに書き、わからないことは確認する。
教育担当は、勤続8年の先輩A。
先輩A「最初はわからないことばかりだと思うけど、何でも聞いてね!」
山田さん「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
先輩Aは、請求書の処理方法を教えた。
先輩A「まず取引内容を確認して、この管理表に入力。それから請求書を添付して、私に提出してね」
山田さん「はい! 管理表に入力してから提出ですね」
先輩A「そうそう。確認してから経理に回すから」
山田さんは丁寧にメモを取った。
ちなみに、この会社に業務マニュアルはない。
先輩A「うちは実践で覚えるスタイルだから!」
山田さんは、そういうものなのだと思った。
第二幕|もっといい方法があるよ!
翌日。
山田さんが教わったとおりに作業していると、別の先輩が声をかけてきた。
勤続5年の先輩Bだ。
先輩B「あれ? 何やってるの?」
山田さん「請求書の処理です。A先輩に教わったとおりに入力しています」
先輩B「えー! そんな面倒なやり方してるの?」
山田さん「えっ?」
先輩B「管理表なんて後でまとめて入力すればいいよ。先に経理へ回しちゃったほうが早いから!」
山田さん「でも、A先輩からは先に入力するようにと……」
先輩B「大丈夫、大丈夫! 私はいつもこのやり方だから!」
そう言って、先輩Bは山田さんの画面を操作し始めた。
先輩B「ここは飛ばして、こっちに保存して。はい、これでOK!」
山田さん「あ、ありがとうございます……」
山田さんは少し迷った。
でも、自分より経験のある先輩が教えてくれた方法だ。
きっと、こちらのほうが効率的なのだろう。
そう考え、先輩Bに教わった方法で作業を進めた。
そして、処理した書類を先輩Aに提出した。
第三幕|言い訳しない!
先輩A「……山田さん、ちょっといい?」
山田さん「はい!」
先輩A「これ、管理表に入力されてないんだけど」
山田さん「あっ、それは……」
先輩A「昨日教えたよね? 先に入力してから提出するって」
山田さん「はい。でも途中でB先輩が、先に経理へ回したほうがいいと……」
先輩A「人のせいにしない!」
山田さん「えっ……」
先輩A「言い訳する前に、教わったことをちゃんとやって!」
山田さん「……すみません」
山田さんは頭を下げた。
何が悪かったのか、よくわからなかった。
翌日。
先輩Aに言われたとおり、管理表への入力を優先していると、また先輩Bがやってきた。
先輩B「あれ? 昨日教えたやり方、忘れちゃった?」
山田さん「いえ、A先輩からは先に入力するようにと言われていて……」
先輩B「えー、それじゃ時間かかるでしょ。臨機応変にやらないと!」
山田さん「……はい」
その日の夕方。
休憩室では、先輩たちが話していた。
先輩A「最近の新人って、教えたとおりにやらないのよね」
先輩B「わかるー。自分で考えて動いてほしいよね」
山田さんは、聞こえないふりをした。
第四幕|新人が育たない!
それから1か月。
山田さんは、仕事のたびに確認するようになった。
山田さん「この処理は、先に入力でよろしいでしょうか?」
先輩A「前にも教えたよね?」
山田さん「こちらは、経理に回してからでよろしいでしょうか?」
先輩B「いちいち聞かなくても、自分で判断してよ」
山田さんは、だんだん自信をなくしていった。
一方、社長のもとには先輩たちから相談が入っていた。
先輩A「新人さん、なかなか仕事を覚えてくれなくて」
先輩B「何でも確認してくるので、作業が進まないんです」
社長「困ったなあ。採用したときは、しっかりしていると思ったんだけど」
そして社長は、山田さんを呼び出した。
社長「もっと主体的に動いてほしいんだよね」
山田さん「……はい」
社長「わからないことは先輩に聞いて、早く仕事を覚えてね」
山田さんは、もう何を聞けばいいのかわからなかった。
第五幕|もう一人の新人~仕事より先に覚えたこと~
山田さんと同じ時期に入社した鈴木さん。
鈴木さんは、先輩Aと先輩Bの指示が違うことに早々に気づいていた。
鈴木さん「A先輩がいるときは、先に管理表に入力するんですよね?」
山田さん「うん。でもB先輩は、先に経理へ回すって……」
鈴木さん「そうそう。だからB先輩がいるときは、そっちでやってる」
山田さん「えっ、でも、それだと手順が……」
鈴木さん「だって、どっちにしても怒られるじゃん。だったら、その場にいる先輩に合わせたほうが早いよ」
山田さんは言葉に詰まった。
その日の午後。
先輩A「鈴木さん、ちゃんと教えたとおりにできてるね!」
鈴木さん「ありがとうございます!」
翌日。
先輩B「鈴木さん、仕事が早いね! もう覚えたんだ!」
鈴木さん「B先輩のおかげです!」
そして休憩室。
先輩A「鈴木さんは飲み込みが早いのよね」
先輩B「そうそう! 山田さんも、もう少し見習ってほしいよね」
一方、山田さんは考えていた。
仕事を正しく覚えようとするより、先輩に合わせたほうがいいのだろうか。
山田さん「鈴木さんは、どっちのやり方が正しいと思う?」
鈴木さん「んー、どっちでもいいんじゃない?」
山田さん「えっ?」
鈴木さん「だって、先輩が機嫌よく仕事してくれるほうが楽だもん」
山田さんは、何も言えなかった。
鈴木さんは、仕事の正解を探すことをとっくにやめていた。
代わりに、誰の前でどの正解を使えばいいのかを覚えていた。
第六幕|構造設計プロデューサー、現る
新人の定着率に悩んでいた社長は、知人の紹介で構造設計プロデューサーに相談した。
社長「最近の新人がなかなか育たないんです」
構造設計P「どんな教育をしてるん?」
社長「ベテラン社員が実務を教えています」
構造設計P「教育担当は誰?」
社長「基本はAですが、手が空いている社員が教えることもあります」
構造設計P「教える内容は統一されてる?」
社長「……どうでしょう?」
そこで、先輩Aと先輩Bにも同席してもらった。
構造設計Pは、請求書の処理手順を尋ねた。
先輩A「管理表に入力してから、確認して経理へ回します」
先輩B「私は先に経理へ回します。そのほうが早いので」
構造設計P「……どっちが正しいん?」
先輩A「私の方法です。最初からそう決まっています」
先輩B「でも、私の方法でも問題なく処理できていますよ?」
構造設計P「その手順、どこに書いてある?」
先輩A「書いてません。口頭で教えています」
構造設計P「変更するときは誰が決めるん?」
先輩B「特に決まりはありません」
構造設計P「ほな、山田さんは誰の指示に従えばよかったん?」
二人は黙った。
先輩A「でも、最初に教えたのは私です」
先輩B「私は効率のいい方法を教えただけです」
構造設計P「うん。二人とも、自分のやり方が正しいと思ってるんやね」
先輩A・B「はい」
構造設計P「で、その二人から違うことを教わった新人さんが怒られるん?」
先輩A・B「…………」
構造設計P「それ、仕事を覚えられへんのと違う。何が正解かわからんのやで」
構造設計P「ちなみに、鈴木さんは優秀って聞いたけど?」
社長「はい! どちらの先輩からも評価が高いんです」
構造設計P「鈴木さんは、Aさんの前ではAさんのやり方、Bさんの前ではBさんのやり方で仕事してるんやって」
社長「……え?」
構造設計P「山田さんは正しい手順を確認しようとして怒られた。鈴木さんは相手に合わせて評価された」
構造設計P「社長、この会社では何ができる人を『仕事ができる人』って評価してるん?」
社長「…………」
第七幕|そもそも、何のための仕事?
構造設計Pは、ホワイトボードに大きく書いた。
「請求書の処理」
構造設計P「ところで、この管理表って何のためにあるん?」
先輩A「請求書を管理するためです」
構造設計P「何を管理してるん?」
先輩A「……請求書です」
構造設計P「いや、それはわかったw」
先輩B「でも、経理に回せば処理してくれるので、先に入力する必要はないと思います」
構造設計P「ほな、経理に回す前に確認しなあかんことはないん?」
先輩B「…………」
構造設計P「社長、この処理は会社にとって何のために必要なん?」
社長「ええと……正確に請求書を処理するためです」
構造設計P「正確って、何を防いで、何を確認することなん?」
社長「…………」
構造設計Pは、ホワイトボードに書き足した。
「請求内容の確認」
「承認」
「支払予定の把握」
「二重払い・支払漏れの防止」
構造設計P「例えば、こういう目的があるよね。じゃあ、この会社では誰が何を確認して、どの段階で経理に渡す必要があるん?」
誰もすぐには答えられなかった。
構造設計P「Aさんの手順にも理由があるかもしれん。Bさんの方法が効率的な可能性もある。でも、目的がわからんままでは、どっちが適切か判断できへんよね」
先輩A「……確かに、最初に教わったとおりにやっていました」
先輩B「私は、早く処理できることばかり考えていました」
構造設計P「山田さんには『自分で考えて』って言うてたよね?」
二人はうなずいた。
構造設計P「でも、何のための作業で、何を守らなあかんのか、教えてた?」
先輩A・B「…………」
構造設計P「考えるための材料を渡してないのに、自分で判断しろって言うても無理やで」
社長は、ようやく問題の大きさに気づいた。
新人が手順を覚えられないのではない。
教える側も、その手順が必要な理由を説明できていなかったのだ。
最終幕|正解を会社に残す
構造設計Pは、業務手順を一つずつ確認していった。
先輩Aの方法にも理由があった。
先輩Bの方法にも、効率化できる部分があった。
ただし、どちらも個人の経験だけで運用されていた。
まず、請求書処理の目的と、必ず守るべき確認事項を整理した。
そのうえで、会社として正式な手順を決めることにした。
教育担当者を明確にし、手順を変更するときの承認者も決めた。
マニュアルには、作業の順番だけでなく、確認が必要な場面や例外対応の相談先も記載した。
社長「これなら、新人も迷わず仕事ができますね!」
構造設計P「そうやね。あと、マニュアルは作って終わりじゃないからね」
社長「はい! これからは全員、マニュアルどおりに指導します!」
先輩B「でも、もっと効率のいい方法を見つけたらどうします?」
社長「そこは臨機応変に!」
構造設計P「……その臨機応変が、今回の原因やで」
社長「あっ」
先輩Aと先輩Bが、顔を見合わせた。
山田さんは初めて、安心して仕事の手順を確認できるようになった。
新人が育たない原因は、新人だけにあるとは限らない
ここまでのお話はフィクションです。
新人教育を現場任せにしている会社では、先輩によって教え方が異なることがあります。
経験豊富な社員ほど、自分なりの工夫や効率的な方法を持っているものです。
それ自体は悪いことではありません。
問題は、個人のやり方と、会社として定めた手順の区別がついていないことです。
口頭だけで教えていると、手順が少しずつ変わっても気づきにくくなります。
さらに、複数の先輩が別々の指示を出す環境では、新人はどちらを優先すべきか判断できません。
教わったとおりにやって怒られる。
確認すれば「自分で考えて」と言われる。
自分で判断すれば「勝手なことをするな」と言われる。
これでは、仕事を覚える前に、先輩の顔色をうかがうようになってしまいます。
必要なのは、マニュアルを作ることだけではありません。
誰が教えるのか。何を正しい手順とするのか。変更は誰が承認するのか。迷ったときは誰に確認するのか。
そこまで決めて初めて、教育の仕組みになります。
そして、現場で生まれた改善案は、否定するのではなく、会社の正式な手順として採用するかどうかを判断すればいいのです。
新人が仕事を覚えられないのではない。会社が、何を教えるべきか決めていなかった。
人が変わるたびに正解が変わる職場では、安心して仕事を覚えることはできません。
仕事の正解を、先輩の頭の中だけに置かない。
そして、もう一つ大切なのが、その業務を何のために行うのかを教えることです。
手順には、本来それぞれ理由があります。
何を確認するためなのか。どんなミスを防ぐためなのか。どこまでなら工夫してよいのか。
その目的や原則を理解していなければ、マニュアルがあっても、想定外のことが起きたときに判断できません。
手順だけを教えると、人は手順を覚える。目的と原則まで教えると、人は自分で判断できるようになる。
それが、新人が育つ会社をつくる第一歩です。