株式会社スマイルズ / 代表取締役社長
東京都生まれ。現在は株式会社スマイルズで代表、株式会社スープストックトーキョーで会長と、The Chain MuseumのCEOを務めています。学生時代から絵を描くのが趣味。グラデーションのある生き方、働き方をして、複数のコミュニティを持った生き方を大切にしています。
未来
未来
2022年に還暦を迎えるので、「あたらしい老人」第1期生になりたい。「あたらしい老人」とは、みんなが「はやく老人になりたいな」と思うような人のこと。このご時世、100歳まで仕事するとまだまだ折り返し地点。サッカーなら後半戦、競馬なら第2コーナーを迎える大事なときに、「打倒カーネル・サンダース!」を掲げて駆け抜けていきたい。
2017年4月
「瀬戸内国際芸術祭2016」に参加
2016年7月
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015」に参加
2015年7月 - 2015年9月
「giraffe」を運営
2010年9月
「PASS THE BATON」をオープン
2009年9月
MBOを実施
MBO(マネジメント・バイアウト)を実施し、三菱商事配下から私が100%出資する会社に。同時に三菱商事も退社。 2005年から会長を務めていたスマイルズではこれをきっかけに社長に再任しました。
2008年3月
スマイルズを設立
三菱商事初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立しました。 出向中から社内ベンチャーをつくるつもりでしたが、いざ出向解除され会社に戻ってみても、当時所属していた情報産業グループからは「スープは無理だよ」と言われ、断られてしまいました。 結局は、物流セクションの本部長が面白がってくれたのと、社内ベンチャー制度をつくろうという気運に乗っかって設立に至ることができました。 三菱商事初の社内ベンチャーでしたが、私は「1号」ではなく「0号」と呼んでいます。
2000年2月
2020年7月
NEWoMan YOKOHAMAの常設展示企画を担当
2020年6月
「ArtSticker」を運営
2019年2月
2016年2月 -
世の中の体温をあげる
「おだし東京」をオープン
2016年12月 - 2021年5月
カレー専門店「YELLOW」をオープン
2021年3月 -
「Nood e」をオープン
2020年6月
「二階のサンドイッチ」をオープン
2019年3月
「iwaigami」をリリース
2017年10月
スマイルズから分社化する
1号店ができてから16年。Soup Stock Tokyoを独り立ちさせ、まだまだ使えていないブランドの潜在力や魅力を活かしていきたいと考え、スマイルズから分社化、株式会社スープストックトーキョーを立ち上げました。
2016年2月
「お茶と酒 たすき」をオープン
2015年8月
「100本のスプーン」をオープン
2012年7月 -
1985年 - 2008年
個人では体験できないプロジェクトに関わる
もともとは都市開発事業部で天王洲の再開発プロジェクトを担当していましたが、上司に秘密で異動する制度を利用し、情報産業グループへ。そこではお客様の問題解決にあたっていく仕事をしていました。 決められたルールをこなす、これだけやっていればいい、という仕事はなく、お客様に応じて接していくことはとても勉強になりました。
1992年 - 2000年
絵の個展を開催する
1996年11月
おでん屋を経営
知人からおでん屋さんの屋台をゆずり受けたことをきっかけに、会社には内緒でおでん屋さんを経営していました。 芝浦のゴールドというディスコの前で「おでんのゴールデン」という名前でオープンしていましたが、投資額は最初の1ヶ月で回収。正直赤字の月が多かったけど、飲食店経営と言う意味ではいまにもつながっているのかもしれません。今ではいい思い出です。
1990年 - 1991年
1997年
三菱商事の持つ資源・ネットワークと自身のチャレンジ精神を掛け合わせ、新しい立ち位置を見つける
Soup Stock Tokyo 1号店をオープン
1999年8月
「スープのある一日」を企画提案
ある時女性が一人でスープを飲んでホッとしているシーンを思い浮かべたことをきっかけに、そのイメージをもとにした「スープのある一日」という物語仕立ての企画書を作成し、提案しました。 「共感」を大切にするSoup Stock Tokyo立ち上げの第一歩となった出来事です。
1997年
1981年4月 - 1985年3月
マーケティングのゼミでゼミ長を務める
サンドイッチ屋のロゴマークを描く
大学の先輩がサンドイッチ屋を開業する際に、お店のロゴマークと内装の絵を描きました。 その絵が雑誌「POPEYE」の情報コーナーで紹介され、それがきっかけで「POPEYE」の連載コラムのイラストや、泉麻人さんの書籍「あやふやな季節」の装丁イラストなどを描かせてもらうようになりました。
1985年
水上スキー部でトレーニング漬けに
大学時代、一番打ち込んでいたのは水上スキー部でした。とにかく、トレーニング漬けの毎日でしたが、水上スキー部では良いチームのあり方を学びました。先輩・後輩関係なく、フラットで、主体的。ちなみに、水上スキーの練習では水面に出られるまでの待ち時間の方が多いので、仲間たちと川べりで「回し小説」をしたりしていました。今でもとんでもなく仲が良く、水上スキー部での時間は、大切な時間です。
1981年 - 1984年
2013年12月
2006年2月
2016年12月 - 2021年5月
2021年3月 -
2020年7月
2020年6月
2020年6月
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