1
/
5

All posts

【YADOKARI RADIO#4 】住まいを問い直す、自由な暮らしのこれから|NPOグリーンズ 鈴木菜央

今回のYADOKARI RADIOは...YADOKARIの周年イベント「鏡祭」で行われた特別なトークセッション「YADOKARIの原点と自由な暮らしの未来」をお届けします。ゲストは、NPOグリーンズ共同代表の鈴木菜央さん。YADOKARI共同代表の上杉・さわだとともに、「自由な暮らし」のこれからについて語り合います。NPOグリーンズを立ち上げ、社会をよりよくする営みを発信し続けてきた鈴木さん。その一方で、自身の暮らしや家族との関係を問い直すなかでたどり着いたのが、タイニーハウスでの実践でした。番組では、鈴木さんが家族4人で小さな住まいに暮らした日々や、そこでの工夫、思いがけず出会った豊...

YADOKARIで見つけた新たな視点。自分の夢とチームの夢、両方叶えるセールスパーソンに。|小川 晃輝|セールスプランニングユニット

23歳での家づくり。設計士との出会いから受け取った気づき営業、家づくり、ハウスメーカーへの転職。限りある人生を無駄にしたくない想いで、問いや答えを探す冒険のような日々を送ってきました。最初はディーラーで8年半、20歳から営業を担当。ノルマに追われながらも、インターホンを押して「今日はいい天気ですね」と雑談から入り、農家さんが年季の入った軽トラを持っていれば「実は軽トラ売ってるんです」と声をかける。購入の話は全体の2割ほどで、残りは砕けた会話。相手の懐に入ることを大切にしていました。相手の思いや考えを大事にしながら「なんでなんだろう」と頭の中で思考を巡らせながら、普段なら出会わない80歳の...

トレーラーハウスが紡ぐ等身大の関係で、地域の豊かな未来を描く|北本 直裕|プロデュースユニット・リーダー

これまでのもがきと探求の全てを、力に変えられると思った大学時代、同期がコンペで次々と賞を取る姿を横目に、劣等感ばかりを抱えていました。そんなとき「建築だけじゃなく、その後の事業性まで見据える会社」があると知り、「これが自分の強みになるかもしれない」と思い、単身中国へ。日本支社への異動も経験しましたが、当時は話すのが苦手で、上司から厳しく詰められることも。一人でプロジェクトを任されることも少なく、自信が持てない日々が続きました。「否定ばかりされてきたから、もう自分の思うようにやろう。」諦めの中でもがき、自分のアイデアをぶつけてみたところ、クライアントから「面白いじゃん」と言ってもらえて。自...

肩書きを脱いで、地域の中へ。胸が熱くなる数々のシーンを生み出すコミュニティビルダー|前田 里奈|コミュニティ・オペレーションユニット

「コミュニティ」という概念と出会ったことが、自分の生き方に大きな影響を与えてくれているように思います。大学生活の中で、心の拠り所となる場があることに救われた経験から、「今度は自分が、そんな場をつくる側になりたい」と思って就職活動をしていました。その想いを胸に選んだのが、市役所の職員として働く道。制度づくりや仕組みの設計など、地域コミュニティの基盤に関わる仕事を通して、人の集まる場や活動を支えたいと考えたんです。配属されたのは、まさに地域のコミュニティ活性化を担う部署。助成金の交付や施設管理など、地域と密接に関わる業務を担当しました。一方で、公務員という肩書きが思っていた以上に「外」との関...

チームの夢や理想を現実に。何があってもかたちにする、YADOKARIの舞台監督|近藤 万緒|プロデュースユニット

経験と粘り強さを携えて、私らしい暮らしと仕事のかたちを築いていく建築系の学部を卒業後、新卒で入社した建築・不動産会社では、マンションでありながらも室内を自由に設計できるコーポラティブハウスという新しい事業の立ち上げに携わりました。土地だけが決まっている段階から、住んでくださるお客様を集め、設計や契約、施工、入居まで進めていくプロジェクトで、案件は短くても2年程はかかります。引き渡しまでの期間が延びてしまうことがあったりなど大変なこともありましたが、しっかりとご説明すれば、お客様は最後までついてきてくださるのだなと、驚きとともに実感。根気強く伴走することの大切さを、この仕事から学ばせてもら...

まちの”やってみたい”を育て、コミュニティビルダーがいらない社会を目指す|君塚 豊|コミュニティ・オペレーションユニット

地域にあったスポーツのもうひとつのかたち入社してからずっと、足立区綾瀬にある「あやセンター ぐるぐる」のコミュニティビルダーとして仕事をしています。地域コミュニティに興味を持ったのは、スポーツを研究しようと思っていた学部時代のことでした。小学生のときから大学までずっと好きだった卓球を続けていたのですが、高校時代に、卓球部を辞めてしまったんです。スポーツって楽しいからやるものだと思っていたので、「楽しくないならやってる意味がない、苦しんでまでインターハイに行きたくない」と思っていたんです。そんな自分にとって、部活とは全然雰囲気の違う空間でスポーツをしている、スポーツのサークルや同好会のよう...

公認会計士としての経験を活かしながら、自分の価値観に素直に生きていきたい|西浦 啓一郎|コーポレートデザインユニット・リーダー

お金には色がない。金融業界での気づきから公認会計士を目指す学部時代の就職活動のタイミングで、東日本大震災が起きました。日本中に重たい空気が流れていて、経済もガタガタ。これまで“普通”だと思っていた日常が、奇跡の連続だったんだと気づかされました。これまで当たり前だと思っていた暮らしを、経済や金融の面から支えたい。そう思って金融機関を就職先に選びました。海外では新しいサービスが次々と誕生していた頃でもあり、自分自身も「新しいこと」「ワクワクすること」に惹かれて、IPOやスタートアップへの関心も高まっていました。金融機関では融資を担当し、簿記や決算書を読み解きながら仕事をしていましたが「お金に...

“好き”と“くやしさ”が原動力。まだ見ぬ景色と自分に、YADOKARIで出会いたい。|西山 るか|コミュニティオペレーションユニット・リーダー

スコップ片手にホテル開業から、アカデミアの世界へ。私は、いつも「王道じゃない道」を選びがち。振り返ると、ちょっと脱線した人生を歩んできたように思います。昔から旅行が好きで、学生時代は特に海外に惹かれていました。でも、就職活動のときにふと「自分、日本のことを全然知らないな」と気づいて。「日本をもっと知れる仕事をしよう」と思って選んだのが、当時はまだ旅館再生事業に着手したばかりの星野リゾートでした。長野の大自然の中で暮らしながら働いて、その後は沖縄・竹富島でのホテル開業に携わり、フェリーで通勤しながら、スコップ片手に植栽作業に没頭する日々も。「施設に関わることはなんでもやる」そんな勢いのある...

プレイヤーが走り続けられるように。混沌の中に道を引く、チームの静かな要。|榊原 幸栄|コーポレートデザインユニット

モデルやパン、不動産。やりたいことに挑戦しつづけてきたこれまでのキャリアは、“その時のやりたいこと”を選んで挑戦し続けてきました。最初はモデル。カメラさんやメイクさん・照明さんなど、皆でひとつのものを作りあげることが楽しかったのですが、でも自分はみんなと同じ立場ではなく、“被写体”として特別な存在であることに違和感を持ち始めて。そんな時、たまたまテレビで見た「パンづくり」の映像に惹かれました。簡単そうに見えたからやってみたら、全く違うものが焼きあがって。それが悔しくて、なんで?どうして?って突き詰めていくうちに、パン教室に通い、子育てをしながらパン屋さんで製造補助として働き、自宅で試作し...

心に抱く愛や探求心で、暮らしに取り巻く活気や温度を育てたい。|齊藤 佑飛|セールスプランニングユニット

想いを形にする空間設計に魅せられ、異業種から建築事務所に。心地よい空間作りへの好奇心から、空間設計に携わりたいと考えるようになりました。これが、大人になって抱いた初めての目標です。それまではまったく異なる業界で働いていたのですが、改めて学校に通い直し、漠然とした空間設計への憧れから、具体的にどのような部分に関わりたいと考えているのか勉強・課題・製作を通して探求しました。紆余曲折ありましたが無事、建築事務所でのキャリアをスタートさせることができました。幼少期から自分で何か目標を立て挑戦することよりも、身近な人を真似ることや見られ方を気にしてきた自分にとって、描いた目標をひとつ達成できたこと...

暮らし方も働き方も、自ら試して創る。「自分の人生」を生きることに妥協しない。|遠藤 美智子|セールスプランニングユニット

幼少期からあこがれていた北欧の暮らし。その暮らしを自分が体験してみたかった。大学卒業後は北欧の輸入住宅を扱う会社に就職しました。「こんなに一生懸命頑張っているはずなのに、幸せじゃないのはなぜなんだろう。」当時はそんな疑問を抱きながら仕事をしていましたね。※初めて訪れたスウェーデンで撮影したダーラナ地方の風景会社の研修でスウェーデンに行き、北欧には各々が大切にしている素敵なお家に住み、そんな彼らの暮らしを社会制度が支えてくれている、そんな豊かな社会があると知っていました。「北欧の暮らしを実際に体験してみたい」、そう思い9年間働いた会社を退職し単身デンマークへ渡りました。デンマークでは、フォ...

まち、会社、そして家族。大切な場をこの目でしっかりと見つめ、寄り添いつづけたい。|木村 勇樹|コミュニティオペレーションユニット

初めて目の当たりにしたまちづくりへの推進力。YADOKARIへの入社が、大きな変化の兆しになると思った。YADOKARIと出会ったのは、僕自身が、横浜市日ノ出町のまちづくりを行うNPOで働いていたときのことでした。当時YADOKARIは、日ノ出町でタイニーハウス宿泊施設「Tinys」を運営していて、市から補助金をいただいて活動していた自分たちに対し、自ら他にないユニークな企画で収益を得て、まちづくりを推進しているYADOKARIの勢いや、新しいことにチャレンジし続けている姿にすごく惹かれていたことを覚えています。そんな中、当時Tinysの店長を務めていた川口さんから「1回社長と会ってみま...

手を伸ばし続け出会ったこの世界で、自ら変化を生み出していく|髙橋 実冬|マーケティングユニット・リーダー

好奇心の赴くままに手を伸ばす、その先でYADOKARIと出会った 社会人になり数年間、不動産デベロッパーの会社で、住宅の営業や企画、新卒採用を経験しました。当時はまさに「ザ社会人」というような生活。社会人としてのスキルを学び、休みの日には仕事でのストレスを癒すために、高い買い物や、旅行をしたり。日常の自分の暮らしを豊かにできていない自分に、違和感を感じ始めました。 社会人4年目になった頃、その違和感が焦りとなり、好奇心の赴くままに副業など新しい世界に足を踏み入れ始めました。同じ環境にずっといたことによって、知らないうちにその環境からの影響を強く受けていたことや、自分の感性や価値観が凝り固...

YADOKARI 共同代表取締役 さわだいっせい・ウエスギセイタが7年目に語る、創業ヒストリー

2020年7月でYADOKARIは創業から丸7年を迎えました。未来の住まい方を提案するウェブメディアから始まった私たちは、多くの方々とのご縁に恵まれ、タイニーハウスなどのプロダクトの開発・販売や、「BETTARA STAND 日本橋」「Tinys Yokohama Hinodecho」などの遊休不動産を活用したリアルな場の運営とコミュニティづくりの経験を経て、現在はさまざまな自治体や企業さまと一緒にまちづくりプロジェクトに取り組んだり、独自の事業を展開したりしています。時代がより不確実性を増す中で、2019年末には増資も受け、未来に向けて第2創業期を迎えているYADOKARI。ここ1〜2...

住居費をゼロに。YADOKARIがつくる不動産の未来の形「ゼロハウス構想」とは?

2020年4月、YADOKARIが新しく東京の表参道にサテライトオフィスを構えた。場所は表参道の交差点から徒歩1分の、プレミアムな立地にあるビルの一画。北山幸朋氏(株式会社JAPAN PROPERTY nationwide代表取締役)が、遊休不動産の有効活用をオーナーから依頼され、運用・管理を請け負っている。「Omotesando Stories」と名付けられたこの施設は全部で12フロアを有し、シェアオフィス、ホテル、貸し会議室、イベントスペースなどフロアごとに異なる用途で空間を提供。1つのビル内に時代のニーズを汲んだ複数の用途が重層的に混在し、外国人旅行者をはじめ、ノマドワーカーやクリ...