今、自動車を中心とするモビリティ領域に最新技術が集結している。身近な技術になりつつあるスマートスピーカーの音声認識やカメラアプリの画像認識機能だが、それらを高度に組み合わせることで、移動や運転の体験を大きく変えられるからだ。
オープンイノベーションを推進する株式会社本田技術研究所の「Hondaイノベーションラボ」にも、世の中にまだ出回っていない最先端の技術が、あらゆる業界から集まっている。
最先端でモビリティの研究開発を担う鈴木智裕も、研究員の一人だ。彼が一際こだわるのは、「すべての人が使いやすいインターフェースを作ること」。大手電機メーカーから転職してきた彼は、なぜモビリティの研究を選んだのか。過去に大病を乗り越えた経験やHondaが描くビジョンについて、お話を伺った。
「人に密接に関わる機器の開発に携わりたい」モビリティ領域を選んだ理由
――鈴木さんの現在の業務内容を教えてください。
現在は、「最先端の技術を組み合わせてより快適な車内環境を作る」部分を担っています。もう少し説明すると、音声認識や画像認識、ユーザーの趣味嗜好をプロファイルする技術などを組み合わせ、運転者の状態や意図を車が読み取り、適切なサポートや情報提供をする技術の開発です。
例えば、自然な言葉・音声で車の様々な機能を呼び出し操作したり、人が自分で操作しなくても良きタイミングで車から行先を提案したりというサポートです。技術や機能が搭載されているだけではなく、お客様がちゃんと使えるようにする「誰でも使えるインターフェース」作りですね。
会話などの音声や表情・動きを読み取るカメラなど、車の中でセンシングできる情報ってたくさんあります。音声認識ならスマートスピーカー、画像認識ならカメラアプリのフィルタなど、単体で体感したことがある人は多いですよね。こういった技術を組み合わせて車に搭載することで、今までにない体験やサービスを提供していきたいと思っています。
私が働いている「Hondaイノベーションラボ」はオープンイノベーションを推進しているので、こういった様々な最先端技術と人が集結しています。各社の技術をいち早く見ながら、車という「目に見えるモノ」を作っていけるおもしろさを日々感じています。
――鈴木さんは他業界からの転職でHondaへ入社されていますが、なぜモビリティ領域を選んだのですか?
「人と密に接する製品に関わりたい」という軸で転職先を探す中で、「モビリティ」に着目しました。前職の電機メーカーではインフラに携わっていましたが、もともと多くの人の身近にあるものを「誰でも使いやすいインターフェース」にして、「人の生活をサポートしたい」という思いが根底にあったんです。それを実現する手段として、モビリティはぴったりなんじゃないかと思いました
例えば、「誰にでも使いやすいハードウェア」をゼロから開発したとしても、それが世の中に受け入れられるかは未知数です。しかし、すでに浸透しているものに載せられれば、よりスムーズに自分が開発した技術を世の中に広げていけます。今あるモビリティに付加価値をつけて市場に出すことが、自分の思いの実現につながると思い、この領域を選びました。
若手にも大きな仕事を。組織の「土壌」と「熱量」がやりがいを生む
――実際にモビリティに関わる技術開発に携わってみて、転職時にやりたいと思っていたことはできていますか?
正直、思っていたより大きなことをやらせていただけています。転職時には「自分はモビリティのあるシステム中の一部分の開発をやるんだろうな」と思っていました。でも今はその真逆というか上流というか、それぞれのチームが開発した技術を全部集めて、一つの車として仕立てる仕事をやらせていただいているんです。
私は2018年入社なので社歴は浅いですが、こんなにたくさんの人が関わるプロジェクトを経験させてもらえることに驚きを感じています。
ちょうど数ヶ月前に、入社してからずっと開発してきた試作車が1台完成したのですが、社内展示会では完成品について役員の方に直接説明する役割も任せていただきました。私が説明して、その場で役員の方たちにフィードバックをもらって…。年齢や社歴、役職関係なく、すごくフラットなんです。
企業だと、経営陣の会議の中だけで意見が交わされ、色々と方針が決まることも多いと思います。でもこうやって役員の声を直接聞けるのはありがたいことですよね。
――開発現場と経営陣の距離が近いんですね。
そうですね。立場や役職が違う人もそうですし、他部署の人とも分け隔てないフランクさはあると思います。
仕事に集中するときは本当に集中していますが突然ドッと笑いが起きたり、とにかくすごく自由。「上司から命令されて動く」ということもなく、「お客さんが本当に欲しいと思っているものはなんだろう」と一緒に議論して進めていく感覚のほうが強いです。
メンバーは年齢も社歴も様々で、車を日常的に乗っている人もそうじゃない人もいて、それぞれ色んな興味や専門領域があります。偏らずに色んな意見を出し合いながら開発していけるのも、Hondaの特徴なのかなと思います。
一人のメンバーが使いやすいと言っても、「いや、もっとこの方が使いやすいんじゃないか」と別な意見を出したりして、「Hondaとして製品を出すにはどれがベストなんだろう?」と熱量を持って考えているんです。みんなが熱量を持って意見を言い、製品の開発につなげている人が多いなと感じます。
不自由を味わったからこそわかる「誰にでも使えるインターフェース」の大切さ
――転職時の軸として「人と密に接する製品を通して人をサポートしていきたい」という思いがあったとおっしゃっていましたが、なぜそのように思うのですか?
きっかけは、中学生のときに大きな病気をしたことです。病気が原因で身体が不自由になり、手足が思うように動かなくなったときに、世の中にある色々なものの不便さを体感しました。行動も制限されて、自由に動けないってこんなに辛いんだなと。それ以来、「誰にでも使いやすいインターフェース」に興味を持つようになりました。
Hondaには、「すべての人に生活の可能性が拡がる喜びを提供する」という2030年ビジョンがあり、まさにそこに共感しています。大人や子供、国籍や言語、身体能力も認知能力も違う中で、すべての人が使いやすいインターフェースを作りたい。そして行動範囲やできることが広がり、すべての人が分け隔てなく豊かな生活を送っていける世界を作りたいです。
そしてモビリティに関わる開発をやる中で思うようになったのが、車の中でセンシングできるデータを集めて、人の健康管理やヘルスケアなどにつなげていきたいということ。身体が不自由になっても使えるモビリティを作るのはもちろんですが、健康を維持するという部分でもできることはあるんじゃないかと感じています。車が進化すればかなり多くのデータを集められますから。
「すべての人が使いやすいインターフェースを作る」「人の状態や行動をセンシングしたデータを使って、新たなサービスを生み出す」。この2つが、わたしのこれからの夢ですね。