インタビュー記事をご覧いただきありがとうございます。人事部の竹内です。 今回は、「頑張れない自分が嫌だった。」と新卒で入社した大手ハウスメーカーから第二新卒としてブルードに飛び込み、学校法人向け教育旅行事業の責任者を担う山口さんにインタビューしました。
山口さんは、入社初月から「営業KPI300%」のハイ達成、半年後にはメンバーを束ねるマネジメントを開始。その後、新規事業(学校法人向け教育旅行事業)に自ら立候補、ゼロからの事業計画策定や国内学校法人への新規営業、海外文科省との提携、海外プログラムの開発などを牽引してきました。 現在は事業責任者として、各国大使館への直接交渉や教育庁などの行政機関とも連携しながら、会社の新たな柱となる事業の拡大と「日本の国際教育の変革」という壮大なミッションに挑戦中です。
そんな圧倒的な熱量と行動力で大活躍中の山口さんに「頑張りたかった自分との葛藤」や「その葛藤をどう乗り越え、傑出した成果を出したのか」「今後の日本教育に対して掲げるビジョン」を伺いました。
「想像できたことは全部やる」枠を飛び越え続けた型破りな学生時代
ーーよろしくお願いします!まずは、これまでの山口さんの経歴について教えてください。
よろしくお願いします!
はい、私は東京出身で中高は陸上の強豪校に所属し、リレーなどで関東大会にエントリーされるなど、常に「頑張る」のが当たり前の環境にいました。(ハードル専門で、個人では全国に出ていませんが。笑)
大学時代にはフロリダのディズニーでインターン留学をしました。普通は数ヶ月で1、2箇所しか担当できないんですが、「せっかくだから全パークで働こう!」と思い立ち、シフト交換の仕組みを駆使して毎日違う場所で働きました(笑)。コロナ禍で途中帰国になったのは悔しかったですが、視野が大きく広がる経験でしたね。
私自身、人生の根底には昔から「想像できたことは全部やる」「決められた枠を飛び越える」というスタンスがあると思っています。
周りからも「型破り」と言われる性格で、例えば東京2020オリンピックの組織委員会で派遣社員として働いた際、お弁当の大量廃棄問題に直面したんです。「ルールだから」と諦めるのが嫌だったので、会場の自衛隊や警察、消防の方々に直接出向いて「一緒に消費して解決しませんか?」と交渉して巻き込んだりしていました。
他にも、ベンチャーでのインターン(業務が合わず全然楽しくなかったですが。笑)やスタバのアルバイトなどを幅広く経験する中で、自分が「どんなことにワクワクするのか」が見えてきた学生時代でしたね。
「海外×何か」にワクワクしない。商社選考を全辞退し「0→1」の業界へ
ーー新卒で大手ハウスメーカーに入社されていますが、当時はどんな軸で就活を進め、なぜ不動産業界に決めたのでしょうか?
就活の軸は大きく3つありました。
1つ目は、自分が関わった家や街が地図に残るような「スケールが大きく、人の人生に影響を与える仕事」。
2つ目は、昔テレビ番組で海外で活躍する女性に憧れた原体験からの「グローバル」。
3つ目が、嘘をつかずに「心から良いと思える商品を扱い、仕事に誇りを持てること」です。
最初は海外軸で総合商社なども見ていました。でも説明会で「海外×化学製品」などと聞いても、正直全く自分事としてワクワクしなかったです。漠然とブランドに惹かれて入ることも嫌でしたし、配属リスクもあることを思うと、「好きなことができない」「ただ漠然と海外に行きたいだけなのかも」と考えて、思い切って商社の選考は全辞退しました。
そこから一旦「コト(何をするか)」ベースで考え直しました。私の中には「新しいものを企画したい」「0→1を創り出したい」という思いが強くありました。世の中にないものを創り出すことにこそ自分の価値があると考えていたので、最終的に「家や街を創る」不動産業界に惹かれていったと覚えています。
ーー実際に入社してからの約2年間は、具体的にどんな環境で、どんなお仕事をされていたんですか?
施設事業本部の、大規模建築を扱う部署に配属されました。同期の9割が一般向けの住宅展示場に行く中、私は「どうしても0→1がやりたい」「伸びる市場に行きたい」と志願しました。
配属先の環境はかなり特殊でしたよ。(笑)
その部署で「新卒」も「女性社員」も私が初めてでした。周りは平均年齢50代のベテランばかりで、教育係の「バディ」も43歳で「バディ...?」って思っていました。(笑)
若手がいないので、仕事終わりに誰かと一緒に帰ることもなく、正直ずっと「孤独」を感じてました。
ただ仕事自体はまさに「モノづくり」で、朝からメジャーで道路幅を測るような泥臭いことから企画、事業収支の計算、設計やインテリアまで「0→1」で作っていました。入社3ヶ月目から案件を持たせていただいて、数千万から数十億円規模のプロジェクトを扱っていました。「モノを売る」ことに加えて「建物をイチから建てる」ことに関われたので、「0→1」に挑戦できている実感があり、すごく面白かったです。
「私、何のために働いてるんだろう」。仕事帰りの駅のホームで流した涙と、環境を変える決意
ーーやりがいがあった一方で、当時働きながら感じていたモヤモヤや葛藤はありましたか?
実は入社時から「いつか転職するだろうな〜」と考えてました。就活で妥協してしまった感覚が拭えず、憧れていた「海外」の環境も関われる可能性はほぼなかったからです。とはいえ「個人的にいつか海外に行くし、今はモノづくりの経験を積んでおこう」と自分を無理に納得させていました。
「いつか転職する」と思っていたからこそ、やりがいはあっても、心のどこかで「頑張りきれない自分」がいるのが一番辛かったです。この業界で生きるなら宅建とか資格勉強が必要なんですが、「数年後には辞めるのに、なんのために勉強しているんだろう」と考えてました。
学生時代はずっと何かの目標に向かって全力で取り組んできた分、「目の前のことにフルコミットできない」「頑張りたいのに頑張れない」、そんな自分がすごく嫌で、本当にしんどかったです。
ーーそこから、具体的に転職を決意し、どのような思いで活動を始めたのでしょうか?
動き始めたのは入社1年半の頃です。直属の上司がお客さまの前でもため息をつくほどの人で、本当に相性が悪かったです。(笑)
その上、そんな上司からひどい事を言われた日がありました。
「最悪!」と思いながら、当時は「頑張りきれない自分」への限界も感じていたので、仕事帰りの駅のホームで「私、何のために週5日も働いてるんだろう」「頑張れる場所ってどこかにないのかな」と考えていたら涙が溢れ、そこで転職を決心しました。
そのまま帰って、お風呂で腹立ち紛れに転職サイトに登録したことを覚えてます。自己PRも全部AI任せで(笑)。ただ、「次に行く会社は、大好きな『海外』領域で、限界を決めずに2年間全力で頑張り切ろう」とだけは決めていました。頑張れない自分が嫌だったので、好きな環境なら自分がどこまでやれるか「自分試し」をしたかったんです。
「その他大勢で終わりたくない」。コンプレックスと向き合い、会社に依存しない生き方へ
ーーその中でブルードと出会い、大手からスタートアップへ飛び込むことに迷いはなかったのでしょうか?
転職サイトのスカウトでブルードのミッションを見た時、ずっとやりたかった「日本と海外の架け橋になる」という思いが言語化されていて、「絶対ここだ!」と即日応募しました。そこから2〜3日で面接が組まれ、他社は一切受けずブルード一択でしたね。今思うと、このSPEEDはさすがブルードって感じです。(笑)
少しですが、スタートアップへ行く不安もありました。学生時代のインターンで「22時、23時からミーティングが始まる世界」を知っていたので、「育成や制度なんてない」という覚悟が必要だなと。21時にはPCが切れる前職から「またあの生活に戻るのか〜、、、」という葛藤はありました。(笑)
でも私は「0か100か」の極端な性格で、上限を決めずにフルコミットするか、ただ歯車として割り切るかの二択だったので、「スタートアップに行くなら後戻りできない」と腹を括りました。
ーー当時、特に自分の意思決定を後押しした理由は何でしたか?
一番は、自分の中にある「コンプレックス」と向き合ったことです。 私、あまり人に言わないんですけど自分の学歴や1社目の企業偏差値に対して、ずっとコンプレックスがあったんですよ。でも、将来は自立して一定以上の良い生活をしたいという理想だけは抱えています。
冷静に考えた時、「このまま大手に行った時の延長線上に私の理想はない」と気づいたんです 。大きく環境を変えて、自分の力で生きる覚悟を持たないと、「その他大勢」のままで終わってしまうんじゃないかと。そう思うと、今の自分のまま過ごした人生の方が怖くなってきました。
そして、スタートアップに行く時点で、会社に対して育成や制度など「何かを求める」のを辞めました。「全ては自分の実力次第」だときっぱり割り切って考えました。
そして、最後の最後「同世代メンバーの熱量」にも惹かれた事を覚えています。
ブルードのオフィスに訪問した際、同い年のメンバーがものすごく熱量高く仕事に向き合っている姿を見たのは刺激的でした。私は負けず嫌いなので、「同世代のこの人たちがこんなに頑張っているのに、私は今、全然頑張れていない。ここで私も頑張る人になりたい!」と強く思わされたことも大きかったです。
「育ててもらう」期待はゼロ。入社初月で自ら掲げた「KPI300%」を達成
ーーブルード入社直後の率直な感想と、圧倒的な成果を出した当時のスタンスを教えてください。
入社して最初に「うわ、仕事ができる人たちばかりだ!」と驚きました。(笑)
自分より若いメンバーが年上の人を何十人も統括していたり、カンペなしでブルードのミッションを自分の言葉で本気で熱く語っていたり。社長も現場の会議に参加していて、同世代が本気で仕事に向き合う熱量にすごく刺激を受けました。
スタートアップに来たからには「会社に育ててもらおう」という期待は一切持たず、入社1ヶ月目で会社から求められるKPIの「3倍(300%)」を個人目標に設定したんです。実際に達成できたので、その後も「自分で決めた目標をやる」スタンスでひたすら走っていましたね。
当時は目標の数字しか追っていなくて他の記憶はないです。(笑)
毎日家に帰ってからYouTubeで知識をインプットし、夜や休日もカフェで情報を整理し、面談前の「仮説立て」を徹底して誰よりもやろうと決めていました。前職での「頑張りきれない自分」が嘘みたいに、自ら限界を決めず毎日フルコミットできている実感がありました。
*入社当時、山口が実際に未来の自分に向けて書いた手紙
「日本の教育を私が変える。」自ら手を挙げ、学校法人向け事業の責任者へ。
ーーそこから、どのようにして現在の学校法人向け事業の責任者に抜擢され、その事業は会社の中でどのような意義を持っているのでしょうか?
入社半年でマネジメントを経験し、翌1年は新サービスをひたすら営業する「修行期間」でした(笑)。ただ、1年目から少しずつ法人向け事業(新規事業)にも関わっていて、その可能性は肌で感じていました。
そんなある日、社長が会議で「学校法人向けの事業をやりたい」と呟いたのを聞き、「私がやるしかない!」と即座に立候補したんです。そこからタイミング良く私立高校の初案件が舞い込み、気づいたら事業が本格スタートしていたという感じです。(笑)
この学校法人向けの事業は、ブルードのミッション実現のために「必ず拡大すべき事業」だと感じています。学校法人との提携はストック型ビジネスとなり経営基盤が安定するため、他の新規事業や人材への投資がしやすくなります。現在私は、事業計画の立案から学校への営業、現地プログラムの開発まで、文字通り「0→1」の全てを担当しています。
ーー前例のない事業の立ち上げは難易度が高そうですが、今の仕事の難しさと、その難しさをどう乗り越えているのか教えてください。
難しいことは2つあって、「正解がない」ことと「課題のレベルの高さ」です。やるべきことが膨大で、前例のない中で事業計画から実行までを担うため、正直「仕事に溺れる感覚」に陥ることもあります。
それを乗り越えるのは気合いもありますが(笑)、根底には「事業内容が純粋にめちゃくちゃ面白い」という思いがあります。 例えば、留学を「自分には手が届かない」と思い込んでいる中高生や親御さんは多く、昔の私もそうでした。多くの人が「できない」というある種の「洗脳」の中で生きています。でも、ブルードの動画メディアで発信すれば「想像以上に安価で行ける!」と、その洗脳を解いてあげられるんです。
現在*PoC中のビジネスモデルを確立している企業はまだないので、いち早くこのモデルを確立し、世の中に提供したいという思いで走っています。
*PoC(=Proof of Conceptの略。)「概念実証(がいねんじっしょう)」と訳される。
ーー仕事を通じて、大きな社会的意義も感じられそうですね。
そうなんです。実は最近、友達に「何の仕事してるの?」って聞かれたら、迷わず「国際教育」って答えている自分がいるんですよね 。
今では在日大使館のイベントに直接出向いて交渉して、「世の中を動かしている」という実感があります。来月からはオーストラリア各州の教育省(日本だと文科省)とのプロジェクトも動きますし、行政と組むことで、もはや「日本の教育を根本から変える」という使命感すら感じています。
ビジネスを本当にスケールさせるには、狭い道に合わせて車を小さくするんじゃなくて、「道の幅そのものを広げる」必要があると思っていて。つまり、制度やルールから変えていかなきゃいけない。だからこそ、文部科学省も巻き込んで、日本の国際教育を根底から変革するような官民一体の事業を本気で仕掛けようとしています。スポーツの海外遠征サポートなど、スポーツ関連留学の領域も進めていますし、毎日「早くやりたいこと」がたくさんあって本当にワクワクしていますね 。前職で抱えていたモヤモヤは、今はもう完全に消えてます。
「日本の教育を根本から変える」チャレンジをし続けたい。
ーー今、当時の山口さんのように現職で「頑張りきれない自分」にモヤモヤしている人へどんなメッセージを伝えたいですか。
「頑張りたい気持ちはあるのに、目の前のことに100%フルコミットできない」。その宙ぶらりんな状態って、本当に苦しいです。当時の私も、そんな自分が大が3つもつくほど嫌いでした。(笑)
大手の安定した環境に居続けて、適度に仕事をこなす毎日を送ることも一つの正解だと思います。でも、心のどこかで「もっと頑張っている自分がいい」とか「今の延長線上に私の理想はない」「その他大勢のままで終わりたくない」と少しでも思っているなら、思い切って環境を大きく変える覚悟を持ってほしいです。
私自身、ブルードという環境に飛び込み、「日本と海外の架け橋になる」「日本の教育の当たり前を変える」という心から共感できるミッションに出会えたことで、自分でも驚くくらいリミッターが外れました。もし嫌なことがあっても、「自分に実力があれば変えられる」と思えるくらいには、仕事に熱狂して自信を取り戻せた感覚もあります。
もし今、「何かに本気で没頭したい」「同世代に負けたくない」「自分の手で世の中を動かすような挑戦がしたい」と少しでもくすぶっているなら、そのエネルギーをそのままブルードにぶつけに来て欲しいです。(笑)
ーー最後に、これからどんな人と一緒に働きたいですか?
純粋に、「頑張る側の人間でいたい」「熱狂したい」「自分の手で何か大きなことを成し遂げてみたい」という、強い挑戦心を持っている方と一緒に働きたいです。
私自身、ブルードに入社して、同世代のメンバーがミッションからの逆算で自分の言葉で熱く語り、本気で仕事に向き合っている姿を目の当たりにしたことで、「私も負けてられない!」と自分の中のエネルギーを爆発させることができました。だからこそ、今度は新しく入ってくる方の熱量に、私自身もガンガン刺激を受けたいです。
ブルードのミッションや、日本の教育を根本から変えるというビジョンに共感してくれて、その熱狂と挑戦心で、私たちと一緒にブルードという会社を前進させてくれる。そんな覚悟を持った熱い方とお会いできるのを、心から楽しみにしています!