「一人ひとりが『自分が社会をつくっていけるんだ』という実感を持てる世の中に」——。そう語る赤木亮太さんは、Teach For Japan(以下TFJ)フェローシップ・プログラムにより福岡県で2年間の教員生活を送った後、松下政経塾を経て、現在は岐阜県山県市教育委員会でプロジェクトの推進役を担っています。教育現場を経験した彼が、なぜ行政の立場から教育改革に挑むのか。そして、山県市と赤木さんの描く「学校の新しいあり方」とは?

赤木亮太さん
岐阜県山県市教育委員会
「山県教育ビジョン」と赤木さんの役割
――岐阜県山県市の教育行政には1年前から関わられていましたが、本年度からのお仕事について教えてください。
山県市は「山県教育ビジョン2025」という指針を掲げており、それを具現化していく役割として入りました。ビジョンの中でも特に重要なプロジェクトを推進していく、という位置づけです。
学校教育課と生涯学習課の両方に関わる形で所属しています。

――具体的には、どのような内容になるのでしょうか?
今、大きく4つほどプロジェクトを持っています。
1つは、「個別最適な学びを進めていくための授業改善」です。
人と違う意見が認められる教室として設計した「ダビンチルーム」や、先進校への視察及び現場の先生方と協働しながら授業改善を図るなど、一人ひとりを尊重し自律に向かうための学習に取り組んでいます。
もう1つは「アントレプレナーシップ教育」です。
「地域活性化企業人※」として参画いただいている方と連携しながら、小中学校の「総合的な学習の時間」をより探究的なものへとアップデートする取り組みです。
さらに、東京学芸大学と連携して進めている「山県学園構想教育ウェルビーイングプロジェクト 」です。
山県市は近隣の学校と連携し、 合同授業を行うなど、地域全体で教育の質を維持する「山県学園構想」に取り組んでいます 。その中で、国立大学法人東京学芸大学教育インキュベーション推進機構様のご協力のもと、教員と子どもたちのウェルビーイングを可視化する 「教育ウェルビーイング」の指標づくりにも取り組んでいます。
あとは、放課後の子どもたちの学びの一環として「アトリエ教室」に取り組んでいます。
放課後の空き教室を「子ども の居場所」として開放し、学校の学びとはひと味違う学びを通して、子どもが夢中になれる場 をつくっています。単なる放課後の預かりではなく、地域住民が講師やサポーターとして参画することで、子どもが「ふるさと」を感じ、 多世代が交流しながら「地域の自治」を育むことを視野に入れています。
※地域活性化企業人:都市部企業の社員を地方自治体へ一定期間派遣し、その専門的なノウハウや知見を地域課題の解決に活かす制度。即戦力人材として業務に従事することで、地域の活性化を図る。
小規模校の強みを活かし、学校を再定義する
――4つのプロジェクトの中で、特に力を入れているものはありますか?
本当にどれも大事なんですが、特に「アトリエ教室」は、これから学校のあり方が変わっていく中で重要だと感じています。子どもの数が減っていく中で、学校自体も小さくなっていく。その中で、学校教育と社会教育が混ざり合うことで、地域の核としての学校へと 再定義されていくと思っています。
山県市では、全校で19人の小学校などもありますが、現在は小規模校の強みを生かして残していくという選択をしています。
体育や音楽の学習などは、小規模だと難しい面もあるので、近隣の学校と連携してバスで移動して合同授業を行う等の取り組みを行っています。
一方で、小規模校の強みは、子どもの数に対して教員の数が比較的多いという点です。統合してしまうと教員数が一気に30人ほど減ってしまう可能性もあります。
そういった背景もあり、少人数での学びと集団での学びを両立させるような形を目指しています。

ただ、それもいつまで続けられるかは分からない部分もあります。仮に統合や廃校があったとしても、その場所が地域の学びの場として残っていくといいよね、と。学校の校舎としての学びの機能が地域や人々をつなげる可能性を秘めているのではないかと思っています。
「アトリエ教室」は 放課後15時半から16時半まで学校を開放し、地域の方が講師となって子どもたちに多様な学びを提供しています。今後は中学校などで、地域の課題を子どもたちが解決したり、新しい事業を生み出すような 放課後の探究学習もつくりたいと考えています。

従来の閉じられた学校が開かれていき、子どもを中心に人がつながっていくような形を目指しています。これは、地域のなかで前向きな関係性を育むことであり、結果として、いざという時に支え合えるセーフティネットの構築にもつながることになると思っています。
「幸せな自治」を創造したい。アップデートし続けるビジョン
――赤木さんご自身のビジョンと、現在のご活動との重なりはどう捉えていますか?
ビジョンは、政経塾時代からアップデートし続けています。今は「幸せな自治を創造していきたい」と考えています。
簡単に言うと、子どもも大人も関係なく、一人ひとりが「自分が社会をつくっていけるんだ」という実感を持てるということです。それは民主主義社会においても、とても大事なことだと思っています。
現在携わっている山県市での取り組みも、それぞれが自分の人生を切り拓いていけるような自己調整力を育てることにつながると考えています。自律した主体的な子どもを育てることや、対話できる協働的な学びを進めることも、すべてそこに集約されていると自分の中では整理しています。
――組織の中で想いを形にするために、大切にしていることはありますか?
実は、TFJのフェローとして福岡県の小学校に赴任した際に、課題を感じた経験があります。個別最適な学びを進めたいと思っていたのですが、自分の思いだけで進めてしまい、先生方との連携がうまくいかなかったのです。
その後、政経塾や今の山県市での経験を通して、自分の思いだけを伝えても物事はうまく進まないと学びました。大事なのは、相手が何を実現したいのかをしっかり聞き、その上で自分と重なる部分を見つけていくこと。そうした土台をつくることで、前向きな対話ができるようになると感じています。
「このままで大丈夫なのか?」現場でのリアリティが政治・行政への道を作った
――フェローとして学校現場を経験した上で、仕組みを変える側へ進もうと考えられたのでしょうか?
最初から教育に関わりたいという思いはありましたし、ファーストキャリアとして公教育に関わりたいと考えていました。ただ、いろいろな関わり方がある中で、現場を知らなければ何も語れないという思いがあり、まずは現場に入ろうと決めました。教員免許もなかった中でTFJと出会い、参加したという流れです。
――学校現場での2年間で、どのような課題意識が形成されましたか。

福岡の筑豊地区で働いていたのですが、生活保護率が高い地域で、三食きちんと食べられない子どもや、家庭にさまざまな困難を抱えている子どもがいました。教員として関わること自体はとてもやりがいがありましたが、このままで本当に子どもたちの将来は大丈夫なのか、と感じるようになりました。
そこで、教育だけでなく医療や福祉なども含めた複合的な課題として捉える必要があると考えました。さらに、そうした課題を解決するには政治の力も必要だと感じ、松下政経塾に進むことを決めました。
それまで机上で学んでいたことに、現実の重みが伴っていなかった。そのリアリティを、子どもたちから教えてもらったと思っています。
福祉、居場所づくり、その先にある「自治」へのこだわり
――松下政経塾での4年間、そして現在の活動に至るまでの流れについて教えてください。
政経塾では、福祉と教育がどのように連携できるかというテーマで研修を進めました 。福祉の専門職だけでなく、地域の大人、例えば見守ってくれるおじいちゃんやおばあちゃんの存在が、子どもたちにとってのセーフティーネットになるのではないかと考えるようになりました。
そうした考えから、地域に根ざした小学校設立プロジェクト(鹿児島県姶良市)や、スウェーデンやフランスでの福祉・教育連携の学びを経て、今の仕事につながっています。制度的な福祉のアプローチと、地域のつながりの両方が、子どもとその家族に必要だと思っています。

まずはこれらのセーフティーネットを重層的に敷くことが大事だと思います。その上で、 「自分で社会をつくっていける」という感覚まで育てていきたい。子どもも大人も、さまざまな背景を持つ人たちが関わり合いながら社会をつくっていく状態。そこが自分のこだわりです。
――「自治」という考えに至ったきっかけは?
福祉に関わる中で、困難を抱えた人たちを「支えられる存在」としてだけ捉えることに違和感を持つようになりました。その人たちも当たり前に社会の一員であり、こちらが学ぶべきこともたくさんある。自分の中で「人の尊厳」というものが大切な価値基準になっていきました。
困難を抱えている人であっても、誰かの役に立ちたい、社会に関わりたいという思いは持っている。ただサービスを受け続けるだけではなく、誰かの役に立てているという実感が大切。それが尊厳を大切にすることにつながるのではないか。北海道の「べてるの家※」を訪れた際に、そうした考えを強く感じました。
※べてるの家: 北海道浦河町にある、精神障害を抱える当事者たちの活動拠点 。
現場への実装と、外部リソースを繋ぐ「イノベーションの推進者」
――組織の中で、ご自身の「役割」をどう捉えていますか?
ありがたいことに教育委員会の中では、新しい取り組みに対して前向きに受け止めてもらえる環境があります。
一方で、それを現場に落とし込む際には、負担を増やさない工夫やワクワクするような伝え方で巻き込んでいくことが重要だと感じています。
自分は山県市や岐阜県で教育の専門家として現場 にいたわけではないですが、その分、外とのネットワークや領域を越えたつながりを持っています。 先生方が本当にやりたいことを見極めた上で、外部の連携先とマッチングさせ、まずは教室サイズのイノベーションを起こすことが、自分の役割だと感じています。
「学校が変わった」現場から届いた変化の兆し
――実践の中での嬉しいエピソードはありますか?
たくさんありますが、1つはアントレプレナーシップ教育です。「地域活性化企業人」の方と協働し、ある一つの小学校で一年間かけて、小学6年生が「会社経営」を実践するプロジェクトを行いました。学校で作る野菜や薪などを実際に販売し、販売の方法から利益計算に至るまで、経営の仕組みを子どもたちが実践 する活動です。

一年後の振り返りの際に、先生方から「学校全体の雰囲気が変わった」と言っていただけたんです。まず子どもたちが主体的に活動する姿を見せてくれるようになり、さらにそういった子どもたちの変化を見た他の先生方も「こんな自由な教育ができるんだ」と感じてくださった。それが学校の雰囲気をどんどんよくしていったと。それはとても嬉しい出来事でした。
教え子たちの未来を描き、「何を良くしたいか」を問い続ける
――赤木さんの活動の原動力は?
TFJで担任を2年間させてもらった経験がかなり大きいです。事業に取り組むときはいつでも 、当時一緒に過ごした子どもたちの顔が浮かびます。「あの子にこういう制度や支援があったらもっと違う未来があるんじゃないか」と考えます。
一昨年も卒業式に出席しましたが、成長した姿に喜びを感じる一方で、家庭の事情で環境が変わっていた子もいました。そうした現実もあり、まだ課題は多い、やらなければいけないと、改めて強く思いました。
――最後に、教育を起点に社会をより良くしたいと考えている方へメッセージを。
まずは目の前の子どもたち一人ひとりと、彼らの背景も含めて真摯に向き合うことが大切だと思います。
また、教育を良くしていく立場にはさまざまな関わり方があります。学校現場から見える世界、行政から見える世界、政治から見える世界……それぞれ異なるアプローチがある中で、「自分は誰のために、何を良くしたいのか」を考え続けることが大切です。私自身も、その問いを持ちながら歩んできましたし、これからも一つひとつ実践を重ねていきたいと思っています。

山県市教育長・服部 和也 氏と