情報アクセスの壁をなくす-Webアクセシビリティの取り組み
Webアクセシビリティに取り組むエンジニアが、Webサイトにおけるアクセシビリティの重要性をお伝えします。
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「ウェブアクセシビリティをもっと突き詰めたい」と話すのは、アクセシビリティエンジニアの高須 拳斗さん。
2013年に新卒としてエスケイワードに入社し11年目の高須さんは、テクニカルパートナーチームのリーダーであり、アクセシビリティエンジニアとして活躍しています。当社のミッションである「コミュニケーションで、世界のあらゆる壁をなくす」を叶えられるよう、アクセシビリティに配慮したすべての人が利用しやすいウェブサイトを届けられるようになったのは、高須さんのアクセシビリティに対する熱い想いがあったから。
「エンジニアとして、ビジネスに貢献できるようになった」と言えるようになった背景とは? アクセシビリティエンジニアとして実際に関わった案件も含め、お話いただきます。
-高須さんがアクセシビリティに興味を持ったきっかけはなんですか?
まず、ウェブアクセシビリティとは、ウェブコンテンツやウェブページにある情報や機能の利用しやすさを意味します。私がウェブアクセシビリティに興味を持ったのは、エンジニアとしてスキルを磨くために、新しい技術に取り組みたかったからです。ウェブアクセシビリティにはJIS X 8341-3:2016のガイドラインがあり、それを基にどう対応するべきかが分かります。エンジニアとしてずっと仕事をしていますが、アクセシビリティには自分の知らない世界がたくさんあり、この技術を磨きたいと思ったんですよね。
-最近、HCD(人間中心設計)基礎検定に合格したそうですね。アクセシビリティに関して他にも持っている資格はありますか?
現在は3つの資格を持っています。
元々、ウェブアクセシビリティに関係性の深いHCD-Netには興味があったのですが、その資格は、人間中心設計専門家などの業務に携わることで認定してもらうもの。とても難易度が高く、今の自分には荷が重いと思っていました。ただ、自分がHCDの考え方にリスペクトしている姿勢を表したかったことと、基礎となる知識体系を学べるため、HCD基礎検定を受験しました。
その前には、Trusted Tester(トラステッド テスター)認証も取得しています。アメリカ合衆国国土安全保障省のOffice of Accessible Systems & Technology(OAST)が提供する資格です。アメリカの政府にソフトウェアを納品する際には、アクセシビリティのチェックが求められるのですが、確認者はTrusted Tester認証を取得している必要があります。
アクセシビリティは誰もが等しく情報を取得できるという点が大事なのですが、この基準は実は曖昧で。情報へのアクセスに対して、可否の判断が難しいんですよね。
Trusted Tester認証を取得したことで、その基準に沿ったウェブアクセシビリティチェックが可能になり、業務においても自信がつきました。お客様からも安心してアクセシビリティのチェックを任せていただくために、Trusted Testerが役立っています。
また、直近では、スクリーンリーダー「NVDA」のエキスパート認定制度も取得しました。NVDAは、弱視や目の見えない方が使う音声読み上げソフトです。NVDAスクリーンリーダーのさまざまな使い方を習得するのですが、試験問題がとても難しく英語のみの受験なこともあって、私は7回目でやっと合格しました。
しかし、この“難しさ”がウェブアクセシビリティのポイントですね。試験問題の言っていることがわからないんです。なぜかというと、自分は目が見えているので、そのソフトを使わなくてもウェブサイトの情報は得られます。目が見えない方の気持ちになってソフトの使い方を理解し、どこでどのような苦労をしているのかを学ぶ必要がありました。試験問題には、点字の使い方や表示の仕方に関するものもありました。点字ディスプレイというツールを買って勉強しようと思ったのですが、40万円ぐらいするので手が出せず……。ニュアンスを掴んだり、ドキュメントを読んだりして理解しながら試験に臨みました。
-そんなに難しいNVDAエキスパート認定をなぜ取得しようと思ったのですか……?
スクリーンリーダーの活用は、ウェブアクセシビリティの中でも重要度が高いからです。ウェブサイトの情報を画像で表現していた場合、目が見えていたらその画像やグラフの情報が安易に読み取れますが、目が見えない方からすると何も存在しないことになるんです。目で得られる情報を音声や触覚で表現するためには、一度スクリーンリーダーを通してテキストに変換する作業が必要です。しかし、アクセシビリティが担保できていないと、スクリーンリーダーで情報が取得できず、サイトを離脱してしまうんですよね。離脱を回避するために、スクリーンリーダーを通じて情報が伝わるかどうかをテストします。
もう一つの理由は、該当ウェブサイトのアクセシビリティが低いことを他の人に説明しやすいからです。アクセシビリティを担保できていないサイトはスクリーンリーダーを介して情報が取得できない。それを実感するためにはデモンストレーションをするのが効果的だと思っています。
フロントエンドエンジニアとしてウェブサイトを制作し、良いサイトを作れた!と自信を持っても、スクリーンリーダーを通してみると全然アクセシビリティがないこともあって……。NVDAエキスパート認定を取得してから、効率的にウェブサイトにおけるアクセシビリティを改善できるようになりました。
-高須さんは、アクセシビリティを知ってもらうために、資格を取得したり、仲間づくりをしたりしてますよね。
さかのぼると、自分がアクセシビリティに興味を持ち始めたタイミングでは、周りに話す相手がいなかったんですよね。フロントエンドエンジニアが集まる勉強会や、Slackのコミュニティにも参加したことはあるのですが、アクセシビリティに特化していなかったり、大所帯で緊張してしまい話がしづらかったりで……。そこで、試験的にDiscordでウェブアクセシビリティコミュニティを作りました。
最初は、本当に興味のある人だけが参加してくれていたため少人数でしたが、金曜日の19-20時にウェブアクセシビリティ勉強会を始め、開催は70回を超えました。嬉しいことに、コミュニティの参加者も400名以上になっています。
勉強会は、私がアクセシビリティの知識を勉強・共有したり、意見交換をしたりする場としています。毎回、自分が興味のあることをテーマにするので、ワークショップやスキルマンダラートを作る会もあります。勉強会の参加者が多すぎないからこそ、相互に相談できる良い環境です。自分のモチベーションを維持するために始めた勉強会ではあるものの、参加者にとっても有益な情報を共有していきたいです。
-ところで、名古屋市交通局のウェブサイトのアクセシビリティ試験案件を受注しましたよね。実際に取り組んでみて開けた視野はありますか?
社内でもせっせとウェブアクセシビリティの啓蒙活動をしていったところ、名古屋市交通局の案件に応募したらどうかと話をいただいて。自分のスキルが生かせるときが来た!と思いましたね。
受注して実際に業務として取り組んだ結果、アクセシビリティに関して自信がついたのが大きな収穫です。名古屋市交通局の案件では、ウェブアクセシビリティに関する試験を行い、レポートを作成して報告するものだったのですが、お客様にもきちんと評価していただけました。これまで、エスケイワードではアクセシビリティに特化した実績がなかったので、自分がどれぐらいできているかを示す挑戦でもありました。やり遂げて自信になりましたね。
-実際にアクセシビリティの試験を担当してみて、ウェブ制作側の感覚と違ったことはありましたか?
はい、ありました。名古屋市交通局のサイトは長年運用されているため、いろんな人が手を加えているんですね。そうすると、ウェブサイトの品質にブレが出てきます。試験担当として改善案などの指摘事項をまとめる際、伝え方に苦戦しました。というのも、いつもは自分が制作しているので、作り直してしまえばいいんですよね。でもこの案件では、自分で作り変えることはできない。求められているのは、お客様へ適切に伝わるように、課題や指摘事項をまとめること。このようにウェブサイトのアクセシビリティの良し悪しを、わかりやすく言語化する機会がこれまであまりなかったので、どう伝えるかを考えるのはとても難しかったです。
試験を担当したことが、ウェブ制作に役立つこともありました。
今回、社内で使用するアクセシビリティのチェック項目を調整したんです。ウェブアクセシビリティのJIS X 8341-3:2016の確認項目をベースにしつつ、メンバーでも理解できるように噛み砕いて。最初は300個程ありましたが古いものや非推奨のものを削ったり、重複項目はまとめてチェックできるようにしたり、チェックシートを調整したおかげで整理ができましたね。
今では、コーディング以前のデザインの段階でもプロジェクトメンバーとして加わるようになり、会社としても安定してウェブアクセシビリティを担保したコンテンツを制作できるようになってきたと感じます。
-ウェブアクセシビリティに触れてから、高須さん自身が変化した印象を受けました。そうなるに至ったターニングポイントや、自分が変わっている実感はありますか?
エスケイワードで、自分はフロントエンドエンジニアとしてHTMLやCSSを活用しながらウェブ制作を担当していましたが、これらは基礎的な能力。これをずっとやり続けているだけでは、評価も変わらないという不安がありました。3DやWebGL、3D描画系、VRなどの新しい技術にも一度はチャレンジしてみたのですが、突き詰めたいという気持ちにはなれなくて。自分は色弱なので、色鮮やかなサイトにも興味がないし、動きが豊かなサイトであることにも喜びが少なかったんです。
でもアクセシビリティは、ウェブ制作の下地になる大事な部分。自分がスキルとして伸ばそうとしていたHTMLやCSSやJavaScriptについて、設計が正しくできているか、情報が適切に伝えられるように制作しているかが定義され、それらを突き詰めているものだったので、興味が持てました。ウェブ制作において大事な観点であり、ビジネスとしても貢献でき、自分の興味とも重なる部分だったのがアクセシビリティだったということです。エンジニアとして、ようやく自分の価値を提供でき、会社のために動けているなと感じています。
-自分の興味と会社から求められるものがちょうどよく合致できたという感覚なんですね。
アクセシビリティについて学んでいたら評価されるようになり、会社でも動きやすくなりました。「高須が頑張ってる!」と周りで言われ始めたり、社長から応援してもらえたりして、認められていることをすごく感じるようになりました。それからさらに、いろんなことに手を伸ばして、会社のためにできることを考えるようになりましたね。気づいたら、アクセシビリティに関連する法律にも関心が出てきて。アクセシビリティを軸にいろんな視野が広がったと思います。
-高須さんは、これからどんな風にアクセシビリティと関わっていきたいですか?
生涯、アクセシビリティに携わっていきたいです。ウェブの進化に応じて、新しい技術も増えていますが、それにはアクセシビリティも関係します。実際、ガイドラインの改訂も行われていて、どのような観点でチェックすべきかが議論され、その改善策が具体化しています。ウェブアクセシビリティを追っているだけで、周辺の技術の知識もアップデートできるため、エンジニアとして新しい情報に触れ続けられています。
あとは、コミュニティ活動をさらに広げていきたいです。最近では、名古屋で月に一回オフライン開催のイベントをやっています。参加者が直接交流をすると、アクセシビリティの深い話ができるんです。アクセシビリティに関わるみなさんは優しい方ばかりで、相手目線で考えて行動してくれます。だからこそコミュニティは居心地が良いですし、人と会うきっかけになるので、引き続き活動していきたいですね。
-今後のビジョンはありますか?
アクセシビリティは全ての土台になります。UX/UIなどの体験向上に取り組む方は多いですが、それは円で表すと一番内側の部分なんです。中心部にUXという体験があって、その周りにUIの使いやすいか否かの観点があります。ただ、そのサイトを使う使わない以前に、情報に触れることができるという観点でアクセシビリティがあるんです。円の一番外殻にアクセシビリティがある。アクセシビリティがなければ、まず人はウェブサイトに触れることができないんです。だからこそ、全てのウェブサイトにアクセシビリティの観点を注入したいです。
健常者と呼ばれる方々も、年齢を重ねれば視力が弱まったり、見え方が変化したりすることが起こりえます。それを思えば、ウェブアクセシビリティの担保は自分たちの将来のためになる活動です。エンジニアのみんなで、作ったコンテンツとサイトを訪れた人との橋渡しをしていきたいですね。
最近は、ウェブアクセシビリティだけでなく、他のアクセシビリティにも興味が出始めました。例えば、車椅子が通るためのスロープや点字ブロックの場所など、町の中のアクセシビリティにも気に留めていますね。ウェブアクセシビリティを起点に、「世界のあらゆる壁をなくす」ためのいろいろな視点が広がり続けています。
-生涯アクセシビリティに関わっていきたいという高須さんの墓石には「アクセシビリティに捧ぐ」みたいな言葉が刻まれそうですね。
それは面白いですね!目の不自由な方にも読み取れるように、点字も入れたいですね(笑)。
高須さんの活動はこちらの記事からもご覧いただけます!
エスケイワードのウェブアクセシビリティに関する活動はnoteでも発信していますので、ぜひご覧ください!
(取材・編集:家本夏子 / 執筆:Riyo Iju)