こんにちは、株式会社Shake採用担当です。
前回の記事では、代表の西野が「医者家系の3代目に生まれて、パチプロを経て、28歳で独立するまで」を話しました。今回はその続き、独立してからの4年間です。
先に言ってしまうと、この4年には「初月から粗利80万」「2期目で売上1.3億」みたいな景気のいい数字と、「3ヶ月で自信を全部失った」「12人雇って8人辞めた」という痛い話が、同じ密度で詰まっています。
目次
- 白状します。独立前は「モンスター社員」でした
- 初月から粗利80万。「我、覇者なり」
- 3ヶ月後、経営者の集まりでぶちのめされた
- 東京進出に必要なのは、実は130万円
- 月300時間働いて気づいた、「時給=幸福」ではないこと
- 「1,000万払って人を雇えば?」の衝撃
- 12人雇って、8人辞めた
- それでも「普通」で終わりたくない人へ
1. 白状します。独立前は「モンスター社員」でした
——前回は「売上を4年で8倍にした」ところまで聞きました。会社員として、順風満帆だったわけですよね。
西野:数字の上では。でも白状すると、当時の僕は相当なモンスター社員でした。全員の前で「リモートワークやめてください、生産性落ちるんで」と言い放っておいて、自分は会社に行かない。会社に社用車の文化がないのに「これだけ売上出したんだから、俺にはプリウスを買ってください」と買ってもらう。
——やばいですね。
西野:やばいやつでした(笑)。若くして数字が出ると、「俺は天才だ」と勘違いするんですよ。例の「大いなる勘違い」です。実際は、入社時3,800万だった会社の売上が1億を超えたのは、どう考えてもみんなの力なんですけど、当時は完全に僕の力だと思っていた。
ただ、そのころ仕事の進め方が変わってきていて。1人で案件を取ってきて、社外のパートナーをまとめて、請求も納品も自分で回して、会社には利益が残る。会社からするとよく分からない状態です(笑)。それであるとき気づいたんです。「あれ、俺、会社を通さなくてもいけるくね?」
代表作と言える事例もいくつかできていた。「とうとう来たか、自分の旗を上げる時が」と。それが28歳です
2. 初月から粗利80万。「我、覇者なり」
——独立は、揉めずに?
西野:むしろ円満すぎました。担当していた案件は「俺以外、中身が分かる人間がいない」状態だったので、社長が「この案件、持ってっていいよ」と(笑)。条件を整理した上で、お客様ごと引き継がせてもらいました。
だから独立初月から粗利80万あったんです。このまま回せば年収1,000万は固い。紹介も増える。当時の僕の内心を正直に言うと——「我、覇者なり」です。
——完全に調子に乗ってますね。
西野:乗ってます。で、ここからが本題です。
3. 3ヶ月後、経営者の集まりでぶちのめされた
西野:独立3ヶ月くらいのとき、先輩に「経営者の飲み会があるから来なよ」と誘われて行ったら、EO(起業家機構)という経営者団体の交流会だったんです。
そこにいた同世代が、3期目で売上10億とか、そういうやつらなんですよ。40代の大先輩なら「俺にはまだ10年ある」と言い訳できる。でも同い年。全員、猛者。
富山でイケてると思っていた自分が、全然イケてないやん、と。会社員時代に積み上げた自信を、そこで全部失いました。
——きついですね。
西野:でも、マジでその経験がよかったです。
——よかったんですか。
西野:あのままだったら、年収1,500万の個人事業主で「俺はすごい」と言い続ける人生でした。それはそれで幸せかもしれないけど、僕がなりたいものではなかった。EOには本来売上1億以上ないと入れないんですが、1億を目指す人向けのアクセラレーターという枠で入れてもらって、「入ったからには最速で1億いく」と決めました。独立3〜4ヶ月目に東京に家を借りたのも、このタイミングです。
4. 東京進出に必要なのは、実は130万円
——「地元を捨てる」ことへの抵抗はなかったですか。
西野:めちゃくちゃ分かります、その感覚。僕も友達は地元にしかいないし、東京に住んだこともなかった。でも計算してみてほしいんです。家賃8万のアパートなら、初期費用20万+家賃12ヶ月分で、年130万あれば東京に拠点が持てる。富山なんて2時間で帰れます。
地元を捨てるんじゃない。拠点をもう1個作るだけ。むしろ東京で知見と仲間を増やして地元に還元するほうが、よっぽど地元のためになる。僕はいまも東京と富山の2拠点ですが、この感覚は変わっていません。
あと、順番の話をすると「地方大会で優勝してから全国大会」でいいと思っています。僕も富山で売上を作り切る経験をしてから出てきた。地元で勝てないなら、東京ではなおさら勝てないので。
5. 月300時間働いて気づいた、「時給=幸福」ではないこと
——1年目の実績は?
西野:売上2,500万、粗利で約2,000万。1人法人としては悪くない数字です。ただ、月300時間以上働いていました。リード獲得から商談、受注、納品、請求、関係構築まで、文字通り頭からお尻まで全部1人。
それで気づいたんです。お金はある。でも、会社員時代のほうが幸福だったんじゃね?と(笑)。地元の仲間と毎週つるんでいた頃のほうが、正直楽しかった。「時給が高いこと=人生の幸福度」じゃない。これを1年目で知れたのは大きかったです。
もうひとつ、EOの平成生まれの会(約100人)に行くと、1人法人は「個人事業主の延長」と見られて、良くも悪くも相手にされないんですよ。社会を変えるにも、お金の面でも、1人で行ける距離には限界がある。2年目は違う戦い方をしよう、人を雇おう、と決めました。
6. 「1,000万払って人を雇えば?」の衝撃
——最初の採用は。
西野:幼馴染と、未経験の元気な若い子の2人です。スキルで選べる立場じゃないですから。2期目の売上ゼロ地点の会社に、優秀な経験者が来るわけがない。「一緒にいて楽しそうか」「気合いが入っているか」で選びました。2人とも富山で、僕が東京5割・富山5割。
そこからは、人生で一番働きました。案件が前年の5倍に増えて、みんなで会社に泊まって。取引先から「顔が疲れすぎてて、心配で仕事を振れない」と言われたくらいです(笑)。
——その状況は、どう抜けたんですか。
西野:ある会食で、隣になった先輩経営者に「忙しすぎて死にそうです」と話したら、一言、「そんなの、1,000万払って優秀な人を雇えばいいじゃん」と。
衝撃でした。学歴なし職歴なしコネなしだった俺が、人に1,000万払う?—でも計算したら、普通に払えるんですよ。じゃあなんで全部自分でやってるんだ、と。そうしたら2日後に、別の尊敬する先輩から「こういう人がいるけど紹介しようか」と連絡が来て。東大から博報堂、アクセンチュアという経歴の人が、こんな空っぽのShakeに来てくれた(笑)。そこから一気に伸びて、2期目は1.3億です。
人の紹介とタイミングって、本当にできすぎた形で来るんですよ。ただそれは、いろんな場所に顔を出して、困っていることを正直に話しているから来るんだと思います。
7. 12人雇って、8人辞めた
——3期目は、売上2.2億。さらに伸びていますが。
西野:3期目は、人生で一番自信を失った年です。2期目・3期目で合計12人雇って、8人が辞めました。組織崩壊です。売上も、目標2.5億に対して2.2億着地。数字だけ見れば成長ですが、僕の中では完全に悔しい1年でした。
——原因は何だったと。
西野:ここで話すと長くなるので詳細は別の機会にしますが、一言でいえば、僕が「売上を伸ばす社長」でしかなくて、「組織をつくる社長」じゃなかった。23歳のときに巻き込む力で売上を作った話をしましたけど、巻き込むことと、組織をつくることは、全然違うんです。それを8人分の退職で学びました。
4期目のいまは、その反省の上に立っています。だからShakeに今いるメンバーには、「スピードは出せ、でも抱え込むな」としつこく言っているし、僕自身が一番、人の話を聞くようになったと思います。たぶん(笑)。
8. それでも「普通」で終わりたくない人へ
——最後に、この記事を読んでいる人へ。
西野:僕が前職を「ここだ」と思った理由は3つでした。自由にやらせてもらえる。フラットに何でも言える。その代わり、成果はちゃんと出せ。Shakeは、この3つをそのまま文化にした会社です。僕が一番気持ちよく働けた環境を、そのまま作っている。
4年やって分かったのは、かっこいい起業論なんてなくて、あるのは「覇者だと思ったらぶちのめされて、人に助けられて、組織で失敗して、それでも進む」の繰り返しだということです。僕はまだ全然、成長の途中です。
だから、完成された会社に乗りたい人には向いていません。未完成の会社を、一緒に完成させにいくのが面白い人。そういう人と話したいです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。「転職するか決めていない」「話を聞いてみたいだけ」、大歓迎です(代表も昔、「富山 Webマーケ」で検索しただけの男なので)。