ここ数日、連日のように豊洲新市場の土壌汚染対策について虚偽の説明を行っていたことが発覚する事態が起きています。この記事を書いている9月13日現在、東京都のウェブサイト、豊洲新市場を管轄している中央卸売市場のウェブサイトをみても、報道を管轄する政策企画局のサイトをみても、今回の事案に関する積極的な対応は行われていません。豊洲新市場のサイトのQ&Aが辛うじて密かに改修され、土壌汚染対策に関し「現在回答については調整中です」となっているのみです(注1)。
セオリーに則るのであれば、せめて豊洲新市場のサイトには「土壌汚染対策に関する一連の報道について」などの声明文書を取り急ぎ掲載し、東京都の総合サイトのトップページにリンクを掲載するなど、現状よりも積極的な危機管理広報を展開するべきです。少なくとも問題発覚後に「こっそりと修正する」のは悪手に他ならなず、東京都は見事にその地雷を踏み抜いてしまったようにみえます。
広報、情報設計、あるいはUXやサービスデザインに携わる専門家として、もし東京都から情報公開・発信の改善を依頼された場合、あなたなら、どう考えますか。
そもそも、これは果たして情報公開の問題なのでしょうか。おときた駿都議会議員が指摘するところ(注2)によれば、「完全に技術職と事務方の間で情報が分断され、管理職クラスの人間ですら情報共有がされていなかった」といいます。それが事実であれば、東京都は深刻な組織文化の問題に直面しています。情報公開よりも先に手を付けるべき課題があり、そして、それを改善するためには、都議会や、都知事にも、難しいミッションがあると思われます。
東京都はチーミングに失敗している
今回のような事案を含めて、東京都が直面しているような業務のほとんどは、「チームが機能するとはどういうことか」でエイミー・C・エドモンドソンが指摘するところの「複雑な業務」です。この書籍は、先ごろGoogleがイノベーションの成功につながる要因として「心理的安全」を取り上げたことで有名になりましたが、現在の東京都は「複雑な業務」に迫られているにも係わらず、決まった作業プロセスを瑕疵なく実行する「ルーチン型業務」を行う「実行型」の組織として最適化されていることが見て取れます。
「複雑な業務」とは、ひとりひとりが個人作業でルーチンをこなすだけでなく、必要に応じて連携し、状況に応じた作業プロセスを相互に依存しながら作っていく必要がある業務のことです。「複雑な業務」を円滑に行うためには「瑕疵のない作業プロセスを定める」のではなく、むしろ「チームとして機能させ、必要なことをやる=チーミング」に注力しなければなりません。
しかし今回、少なくともサイト上での活動や、今回の事案の報道をみていると、「チーミング」による「複雑な業務」が達成できているようにはみえません。
都政の総合的な情報発信を担っている生活文化局の広報広聴部は、東京都のすべての広報を管轄しているわけではありません。各部局で独自に行われている広報を広報広聴部は管轄していないのです。豊洲新市場を管轄している中央卸売市場、広報広聴部、そして付け加えるならば、報道発表を担当する政策企画局が、それぞれの管轄する広報を行っているのです。
外形的にみるかぎりは、中央卸売市場に対し広報広聴部は情報開示について適切なアドバイスを、中央卸売市場も広報広聴部に対して適切な情報公開の依頼を、政策企画局は広報広聴部との連携を、それぞれ行うべき状況であるようにみえます(本当にどういう状況なのかは、実際に東京都の現場をみてみなければ分からないことを申し添えておきます)。
しかし通常の業務プロセスに定義のない「危機管理広報」は、恐らくトップダウンで業務命令が下るまで行われない。作業プロセスにないプロセスを動的に作る「学習フレーム」が欠落しているために、東京都が多くの問題を引き起こしているのは、盛土問題の経緯をみても明らかであるように思います。部局間でも、部局内でも(つまり個々の職員間でも)、すべき連携を動的に構築する能力が徹底的に欠落しているのです(もしこれが、それだけではなく人為的に虚偽の報告をしていたのだとしたら、ことはより深刻です)。
チーミング成功の4つの柱
根深いのはここからです。前述のエドモンドソンによれば「チーミング」を成功させている組織には、重要な4つの柱があります。
・率直に意見を言えること(質問、意見、過ちについて忌憚なく会話ができること)
・協働する姿勢と行動があること(お互いに対等なパートナーだとみなせること)
・チャレンジができること(失敗や不確実性を許容すること)
・省察する(リフレーミングを絶えず行うこと)
詳しくは書籍をお読みいただくとして、簡単にいえば、こういうことです。作業プロセスを試行しながら動的に作っていくためには、失敗がつきものです。失敗が発生したら、それを省察し、細かく調整していくためには、忌憚なく失敗や個人の気づきを共有する環境があり、失敗は改善や協働につなげるヒントとして「前向きに捉え」る文化があり、対等に意見を言い合える関係性を構築しなければならない、ということです。
東京都は構造的にチーミングに失敗する
東京都がこの4つの柱を打ち立てるにあたって、東京都という組織の内部だけでは、問題が解決しないのが、根深いところです。恐らく最大の障壁は都議会です。東京都の職員(特に幹部)と話していると、必ず出てくるのが「議会に説明できない」のひとことです。トライアンドエラーや、説明の難しい非線形の作業プロセスが許容されるとも思えない(と彼らは感じている)。都の職員側と都議会との間で、上記の4条件が果たして成立するでしょうか。
政治に、失敗や不確実性を「必要な無駄」として許容できるのか。恐らく、今のままではできません。議会が普段考えてもいないところ、あるいはそもそもの「政治」の存在意義すら、書き換えなければならないような課題です。都議会を援護するならば、失敗に対する都民の声を、都議会はケアしなければならないのです。
加えていえば、たとえば「広報広聴部」の中には、東京都で今回のような不祥事が発生すると大量の苦情に対応する「都民の声課」があります。隣のフロアに鳴り響く電話が聞こえてくるような環境にあるのが「広報広聴部」で情報発信を担当する「広報広聴課」です。そのような状況で、それまでのプロセスにない新たなプロセスを実行し、発生した失敗によってさらなる負担が同じフロアの同僚にのしかかる重圧をケアしなければなりません。
とても強引にまとめるならば、 都議会は失敗のマネージメント(許容)を行い、都の職員と対等な立場で、全体の心理的安全を向上させなければならないし、都知事や各部局長は都政のチーミングを推進するための、適切なリーダーシップを発揮しなければなりません。各職員は具体的に「実行型」から「学習型」の組織文化をいち早く作らなければならないし、各部局は人間関係や組織外・組織内コミュニケーションに気を配らなければならない。これらを成功させるのは、非常に難しいと思います。
ともすれば「ウェブサイトの広報プロセスの刷新」のような表出した課題に手を付けがちな問題の裏に、本来解決しなければならない根深い問題があるということ。サービスデザインやUXデザインに取り組むと、ほとんどの場合で、こうした組織の問題という壁にぶつかります。魔法の弾丸はないとしても、あなたなら、どう踏み込みますか。
注1:「東京都中央卸売市場」ウェブサイト http://www.shijou.metro.tokyo.jp/toyosu/faq/03/(2016年9月13日閲覧)
注2:「おときた駿」ウェブサイト『都議会議員たちが「盛り土」問題に気づかなかった、恐ろしいほどシンプルな理由』 http://otokitashun.com/blog/daily/12676/(2016年9月13日閲覧)