(このストーリーは、Reapraのnoteから転載したものです。元のページはこちらから。)
こちらは、REAPRAで働くインターンが、日々の実践のなかで立ち止まり、考え、学び直したことを綴るnote連載企画です。
活動で直面した難しさや、自分の価値観を揺さぶられた出来事、そこから少しずつ変わっていったもの。まだきれいに言葉にできない気づきも含め、インターンがそれぞれの視点で持ちまわりながらお届けする日記です!
第5回は、Yushunが担当します!
初めまして!
Yushunといいます。
大学院の修士2年で、超小型人工衛星の研究しながら、2024年からReapraのリーダーシップサポートチームでインターンをしています🛰
ちょうど1年前、Wantedlyのインタビューで「将来の夢が意外と消え去った」という話をしました。
航空宇宙の分野にしか向いていなかった将来の見え方がほどけて、「どの分野でも挑戦できる自由を得た」と。
▼そのときの記事はこちら
新しいものへの探求が導いた出会い -Yushunさんインタビュー | Internship
今回は、その「自由」のその後について書いてみます。
正直に言うと、あのとき話した自由は、
半分くらいしか本当じゃなかった気がしています。
作るのが、楽しすぎた1年
私は小さい頃から、「ゼロから何かをつくる」ことに惹かれてきました。
IFD(Intensive Foundation Design)を通じて、
「型にはまることへの嫌悪」と「未知を自ら形にしたい」という欲求が、
ずっと自分を動かしてきたことも言語化することに繋がりました。
IFDとは、自分の過去や環境との関わりを振り返り、そこから形づくられた”らしさ”や”願い”、行動の癖を言葉にしていく、Reapraの土台づくりのプログラムです。
この1年は、その衝動がこれ以上ないくらい満たされた1年でした。
今はAIを使えば、頭の中にあるものがその日のうちに形になります。
「こういうのがあったら便利じゃない?」と思いついては作り、できたらまた次を作る。毎日が本当に楽しかったです。
(IFDについて詳しくはこちらから)
作り終えた瞬間、興味が次へ移っている
でも、ある時ふと気づきました。
作ったものが完成した瞬間に、自分の興味がすっと次へ移っていることに。
以前作った仕組みを久しぶりに開いてみたら、思っていたほど使われていませんでした。
そのとき、胸のあたりに小さな「虚しさ」が湧きました。
最初は「せっかく作ったのに、もっと使ってくれたらいいのに」と思いました。
でも、その感情をよく見てみると、矢印が向くべき先は相手ではなく、自分でした。
私は「作る」ところまでは夢中になれるけれど、使ってもらう、直し続ける、誰かに説明して巻き込む、という地味で終わりのない部分から、無意識に逃げていたのだと思います。
新しいものに惹かれる衝動は、裏を返すと、同じことを続けて手触りを確かめる時間から目をそらすための、ちょうどいい逃げ道にもなっていました。
「陳腐」という言葉への反発
そんな自分にとって、Reapraの考え方のなかで、
ずっと引っかかっていた言葉があります。
「陳腐」です。
Reapraでは、IFDを終えた起業家が、FLP(First Learning Practice/初期学習)として最初に取り組む事業を、あえて「陳腐」な場所から選びます。
新奇性や創造性が小さい。市場が小さく、競合環境も緩い。取引の数が多い。自分の自我が揺れにくい。そんな条件を満たす事業です。
初めてこの考え方に触れたとき、正直、反発がありました。
わざわざ陳腐なことから始めるなんて、自分にはいちばん向いていない、と。
でも、インターンの業務で起業家の方々の学習の記録や、Reapraの資料に触れるうちに、少しずつ見え方が変わってきました。
Reapraの資料には、代表の諸藤さんのこんな趣旨の言葉が残っています。
自分が素でもできてしまう、嬉しい、気持ちいい、褒められる領域は、どんどん組織の人に渡していく。
逆に、無視しているもの、怖いと気づいているもの、一番自分が無理だと思うものは、溺れない範囲で少しずつ触っていく。
読んだとき、ドキッとしました。
私にとっての「素でできて気持ちいいこと」は、まさに新しいものを作ることでした。
そして「一番無理なこと」は、作ったものを使い続けてもらうために、地道に磨き続けることでした。
陳腐な場所から始めるのは、つまらない場所に自分を閉じ込めるためではない。
「新しさ」という得意技で勝ててしまう場所をあえて避けて、自分が目をそらしてきたものと、生き残れる範囲で向き合うための足場なのだと、今は受け取っています。
(FLPについて詳しくはこちらから)
衛星は、打ち上げてからが本番
考えてみると、これは研究でも同じでした。
超小型衛星は、打ち上げがゴールではありません。
軌道に乗ってから、地上局と交信して、動き続けているかを確かめ、不具合があれば直していく「運用」こそが本番です。
どれだけ新しい機構を載せても、運用できなければ、その衛星は宇宙を漂うデブリになってしまいます。
最近は、作ったものを「打ち上げて終わり」にしないことを、小さく試しています。
作った後も、ちゃんと動き続けているか、使いにくいところはないかを、自分から見にいくようにしています。作った後の毎日にこそ、自分の手を置いておくためです。
使ってくれている人に「実際どうですか?」と聞きにいくのは、今でも少し怖いです。
でも聞いてみると、次に直すべきことが、意外とはっきりします。
「自由を得た」の言い直し
1年前の私は、「夢が消えて、どの分野にでも挑戦できる自由を得た」と話しました。
今振り返ると、あれは自由というより、
まだ何も選んでいない状態だったのかもしれません。
どの分野にも行けるということは、
どの分野にもまだ根を張っていない、ということでもあります。
AIのおかげで、作ること自体はより簡単になっています。
だからこそ、「誰に、何を」届けるのか、そしてそれを続けられるのかが、前よりずっと問われている気がします。
それは、陳腐な場所から事業を始める起業家の方々が向き合っている問いと、実は同じなのかもしれません。
まだ、次を作りたくなる
もちろん、私はまだ変われたわけではありません。
今でも新しいアイデアを思いつくと、目の前の運用を放り出して、作りたくなります。
その衝動を消したいとは思っていません。
ゼロから何かをつくりたいという気持ちは、きっとこの先も自分の原点です。
ただ、その衝動が湧いたときに、
いま自分は、何から目をそらそうとしているのか。
これは、誰の、どんな困りごとに向いているのか。
作った後の毎日に、自分は手を置き続けられるのか。
と、一度立ち止まれるようになりたいです。
新しいものをつくる自分と、地道に続ける自分。
その両方を行き来しながら、「つくる」を、誰かの役に立ち続けるものへつなげていく方法を、これからも探していきます。
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ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
REAPRAでのインターンは、与えられた仕事をうまくこなすことだけではありません。実践のなかで生まれた違和感をごまかさず、自分の前提や行動を問い直し、ときにはまだ答えのない問いを抱えたまま、次の一歩を試してみる。その繰り返しでもあります。
ここで綴られる学びの多くは、ゴールはなく、明確な名前もついていません。だからこそ、その過程を社会にひらき、読んでくださる方とも一緒に考えていければ嬉しいです!
少しでも興味を持っていただけたら、ぜひお話ししましょう!