「マーケティングの民主化」をミッションに掲げ、マーケティング業界に新風を巻き起こし続けるノバセル。合理性と効率が重視されるこの組織において、2018年の立ち上げ期から8年もの間、現場の「手触り感」を誰よりも大切にしてきたのがストラテジックプランナーの青山さんです。
彼女が歩んできた道は、最初から「ストラテジックプランナー」を目指したものではありませんでした。就職氷河期という時代に身を置き、目の前の「流れ」に真摯に向き合いながら、泥臭くユーザーの本音を追いかけてきた結果が今に繋がっています。そんな自らの職種を切り拓いてきた青山さんの言葉には、スマートな戦略論以上に、人間への深い愛着が滲んでいます。
AIが瞬時に「正解」を導き出す時代に、なぜあえて人間の「プランニング」が必要なのか。彼女のキャリアの変遷とともに、その本質を紐解きます。
目次
就職氷河期から始まったキャリア。流れの中で見つけた「幸運」な適性
“わけがわからない”からこそ面白い。営業時代に磨いた「調査」という武器
AIが語る「正論」の先にある、人間らしい「矛盾」をどう読み解くか
「職人」として現場に立ち続ける。自律を重んじる文化がもたらす自由と責任
編集後記
就職氷河期から始まったキャリア。流れの中で見つけた「幸運」な適性
─ 青山さんのキャリアのスタートは広告業界ではなかったそうですね。
青山: そうなんです。私はリーマンショック世代ということもあって、最初から「これがやりたい!」という強い志を掲げて就職をしたタイプではありませんでした。新卒で入社したのはゲーム会社だったのですが、そこでも「これをやって」と言われる流れの中で、気づけばゲームのオープニングムービーのディレクションをやることになり、そこから必要に駆られてCMのシナリオを書くことになったりして。当時は、与えられた役割に対して「自分にできること」を必死にこなしている感覚でした。
─ その後、事業会社や広告代理店を経てノバセルへと辿り着くわけですが、環境を変えようと思ったきっかけは何だったのですか?
青山: 事業会社2社、代理店1社で働く中で、それぞれの「良さ」と「難しさ」を感じていたんです。事業会社は自社の商品を深く愛せる一方で、ノウハウが特定の「人」に依存しがちで仕組み化が難しい。対して小さな代理店はフットワークは軽いものの、経営の不安定さが常に隣り合わせでした。
ちょうど30代を目前にキャリアを見つめ直していたタイミングで、現ノバセル代表の田部から声をかけてもらいました。当時はまだノバセルという会社はなく、その前身である「アドプラ事業」が立ち上がった頃でしたが、事業会社のように「事業を自分ごととして育てる視点」を持ちながら、テクノロジーで広告を徹底的に「仕組み化」しようとしているところに、双方の課題を解決する「いいとこ取り」の環境だなと感じたんです。
当初は「ちょっと話を聞いてみようかな」くらいの軽い気持ちだったのですが、田部さんが描く未来にワクワクして、「1年やってみて、合わなければ次を考えよう」と飛び込みました。それが気づけば8年。今では随分と古株になりましたね(笑)。
何より今の自分があるのは、入社後に「青山さんは、これが向いているからやってみなよ」と何度も背中を押してもらえたから。自分では無自覚だった適性を、周囲が信じて引き出してくれた。振り返ってもノバセルとの出会いは、私のキャリアにおいて本当に幸運なことだったと思っています。
“わけがわからない”からこそ面白い。営業時代に磨いた「調査」という武器
─ 入社直後は、営業職としてのスタートだったそうですね。そこからどのようにして、現在の「ストラテジックプランナー」という役割を確立していったのですか?
青山: 当時はマニュアルも何もなくて、「一体、私は何をどう売ればいいんだろう?」という、手探りの状態からのスタートでした。でも、不思議とその「正解が決まっていない混沌」が、私にとっては最高に楽しかったんです。 営業として様々なお客様と向き合う中で、ただ決まったものを売るのではなく、何とかして「その会社が本当に勝てる提案」をしたい。その一心で、勝手に「独自の調査」を始めました。
例えば、提案の裏付けを取るために自分の友人にLINEを送って、「このサービス、本音ではどう思う?」「このCM見て、何か買いたいと思った?」とリサーチして回ったりしていました。アンケートなどの数字だけでは見えてこない、生活者の生々しいやり取りのキャプチャをそのまま企画書に貼り付けて、「データには出にくいですが、ユーザーはこのように感じています」とぶつけてみたんです。
そしたら、その泥臭い視点を面白がってもらえて、気がつけば営業ではなく「企画」を任されるようになっていました。この「人が何を考え、どう動くのか」を執拗に追いかけるプロセスこそが、結果として現在の「ストラテジックプランナー」という役割に繋がったんです。後になって職種名を知った時、「あ、私が好きでやっていたことには、こんなかっこいい名前があったんだ」と、自分の歩んできた道が肯定されたような、不思議な『答え合わせ』の感覚があったことを覚えています。
AIが語る「正論」の先にある、人間らしい「矛盾」をどう読み解くか
─ 現場の「問い」から自らの役割を作り出してきた青山さんですが、昨今のAIの進化によって変わったことなどはありますか?
青山: 今、ノバセルでもAI活用が進んでいますが、私はむしろ「AIでは代替できない部分」にこそ、プランナーの真価があると思っています。営業時代にユーザーの本音を聞き続けて感じたのは、人は常に「正論」だけで動くわけではない、ということです。今の時代、AIはデータから100点満点の「正解」を導き出してくれますが、それだけでは人の心は動きません。
例えば、ダイエットのプランニングをイメージしてみてください。AIなら「痩せたいなら摂取カロリーを記録せよ」という、論理的に非の打ち所がない解決策を提示します。しかし、実際の人間には「記録をしたら、自分が食べてしまった現実を直視することになる。それが怖くて、現実を見たくない」という、いびつな心理が働きます。
その非合理な「矛盾」を射抜くことこそが、戦略の醍醐味です。AIが弾き出す正論をそのまま投げつけても、人は「わかっているけど、できない」と反発します。その正論の裏側にある「怖さ」や「甘え」といった心理をどう戦略に組み込み、クリエイティブの力で包み込むか。ここが、データの集積体であるAIには踏み込めない、人間のプランナーにしかできない「意味の発明」の領域だと思っています。
─ クリエイターが名ピッチャーだとすると、ストラテジックプランナーはそれを支える名キャッチャーですね。戦略という構えが盤石であって初めて、ピッチャーは全力で投げられる、とでも言いましょうか。
その例えは、まさに私の実感にとても近いです。クリエイターの方が放つ「剛速球(クリエイティブ)」を最大限に活かすためには、ストプラが知将となりリードしなければなりません。
ピッチャーに例えられるクリエイターのように派手な注目を浴びる仕事ではありませんが、ストラテジックプランナーが立てる戦略一つでプロジェクトの勝敗が決まる。その責任の重さと、最高のクリエイティブができる瞬間は、私にとってずっと変わらない大きなやりがいです。
「職人」として現場に立ち続ける。自律を重んじる文化がもたらす自由と責任
─ この8年を振り返って、今改めて感じるノバセルの魅力は何ですか。
青山: 私は入社以来ずっと「マネジメントよりも、現場で職人としてあり続けたい」と公言しています。ノバセルは、そうした私の個の志向を、一つの専門性として尊重してくれました。
「言ったからには、誰よりも深く人間を理解し、戦略で勝たせる」。その責任を負う代わりに、会社は私にどこまでも自由を預けてくれる。この自律を重んじる文化があるからこそ、私は自身のスタイルを研ぎ澄ませることができました。
ノバセルは常に自らを変革し、システムも組織もアップデートされ、向き合う課題も日々新しくなっていきます。就職氷河期を生き抜き、変化の激しさを肌で感じてきた私にとって、この「一度として景色が止まらない環境」は最高の刺激です。
最初から立派なキャリアプランがなくてもいい。ただ、目の前の「人」に真摯に向き合い、正論だけでは救えない矛盾に光を当て続けたい。そんな「職人」をプロとして活かしてくれる場所が、ここにはあります。8年経った今も、私は新しい問いを解くのが楽しくて仕方がないんです。
編集後記
「とりあえずお話だけ」というカジュアルな気持ちから始まった、青山さんのノバセルでの8年間。その歳月を支えてきたのは、華やかな戦略家としての顔ではなく、人間が抱える不合理さを愛おしみ、理解しようとする、どこまでも泥臭く、誠実な情熱でした。
AIがどれほど賢くなっても、私たちの心にある「わかっているけれど、できない」という愛すべき矛盾を解き明かせるのは、やはり人間だけなのかもしれません。正論だけでは救いきれない人々の本音に向き合い、新しい問いを解き続ける。そんな青山さんの「職人」としての視座は、データの海に確かな血を通わせているように感じました。
「現場の職人でいたい」という強い自負を持つ彼女のようなプロフェッショナルが、自らのスタイルを研ぎ澄ませ続けられる自由と責任がある環境。それこそが、ノバセルという組織の持つ、何よりの魅力なのだと感じました。
⚾️正解のない問いに、あなたは自分の足で立ち向かいたいですか?あなたという「プロフェッショナル」の参戦を、私たちは心から待ち望んでいます。