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プロフィール
氏名:小林 真之
年齢:26歳
入社:2015年2月
所属:広告戦略事業部/PROJECT GROUP取締役
上智大学卒。新卒で老舗財務コンサルティング会社に入社。
当時、最年少でコンサルタントに昇格。
退社後、Web未経験でProject L.C.(現PROJECT GROUP)(以下、PG)に入社。
入社後、現在のPGの基盤となる新規事業を複数立ち上げ、それら全ての事業で収益化を達成。
Adコマース事業では、1年半で年商10億円以上に成長させる。
自分の頭で稼ぎたい。老舗コンサルティング企業での1年間。
ー小林さんはコンサルティング会社出身と伺っています。簡単に内容を説明してもらえますか?
会社としては、主に営業の効率化やコスト削減・関節工数削減といった業務改善系のコンサルティングサービスを行っていました。
今のPGのように「売上を上げるための戦略」というよりは、「コストを下げるための戦略」について立案したり課題抽出を行っていました。
ーなぜ、ファーストキャリアでコンサルタントを選択されたのでしょうか?
「自分の頭で稼ぎたい」と思ったからです。
それで就活の際、自分の頭で稼げる仕事ってどんなものがあるのだろうと調べていたら「コンサルティング」という職業を見つけました。
給料もいいし、かっこいい。
自分の人生において「主観的にかっこいいと思ったものを選択する」っていう哲学が僕にはあって、正にこれだって思いましたね(笑)
だから、自分の実力で稼いで、「自分が思うかっこいい大人」になるために、コンサルティングというファーストキャリアを選択しました。
5年いる先輩に勝った瞬間、転職を決意。
ー転職しようと思ったきっかけってどんなことだったのですか?
最初は3年はいようと思っていたんですよ。
なんですが、結果的に345日で前職を退職しました。
転職を決めた理由は、3年目や5年目の先輩に勝ったから。
当時の職場は、プロジェクト単位で人員を配属していたんですけど、案件がないときは人員の余剰が出てしまうんですよ。
それを社内では「アベる」って呼称していました。(availableが由来)
入社して半年目くらいの段階で、10人程アベっていてた時があったのですが、そこに新規のプロジェクトが1つ入ってきて。
アベっている中には、同じ役職で3年や5年上の先輩もいて、そこそこ仕事のできる人たちだったんですけど、結果僕がその案件に配属されました。
例えば、100人の会社に案件が10個降ってきたからといって、1案件に10人ずつ配属、という訳にはいきません。案件別に予算があるので。
そうなると、必然的に優秀な人から配属されていく。
その時に、先輩ではなく自分が選ばれたことで「ここにいて3年で身につく能力って果たして何なのか?」「その能力って、もう既に着いているんじゃないか?」と感じてしまった。
当時、まだ働く中で得られたものが大して無かった。
なのに、3年や5年もいる先輩に勝ったことで、その場にとどまり続けるという選択肢はもはや消えました。
その瞬間、「転職しよう」って思いました。
完成された会社から未完成の会社に。自分が会社を造っていくことへの期待感。
ーPGを知ったきっかけって何だったのですか?
田内(代表)と共通の知り合いがいて、その人に「未経験でWebマーケティングができる会社」ということで紹介してもらったことがきっかけです。
転職にあたってWeb業界を志望した理由は、これまでWebを経験したことがなかったからやってみたかったというのも一つ。
もう一つが、固定費がかからないビジネスモデルに挑戦したかったというのが大きいですね。
稼げるビジネスモデルというのは、大抵固定費が少なく、その中でもWebが最も低コストなモデルだと認識していたので。
ーWebの会社ってたくさんあるし、経験や能力も有していたから選択肢は多かったと思うんですけど、なぜPGを選んだんですか?
単純に、面白そうだったからです。
あとは、2年以内にUDXという秋葉原一番のオフィスビルに移転できるかもって言われてテンションが上がったからです。
現実は2年後に三滝館という小さなオフィスビルでした…
これに関しては軽い詐欺事件だと思ってます(笑)
当時のPGは、正にベンチャーって段階で、会社として全然売上が立ってないんだろうなっていう感じでした。
オフィスも狭くて雑多で、言葉は悪いけど小屋か部室みたいな(笑)
僕が以前働いていた場所は、勝どきの超一等地にあるオフィス。
東京が一望できるくらい景色もすごくキレイで、設備もしっかりしていた。
会社としての制度もかなり完成されていた。
一方、PGは小屋みたいなオフィスに加えて、会社としての制度もまだまだ構造化の途中で何も完成されていない。
前職とは対照的ではありましたが、むしろそのギャップに面白みを強く感じましたね。
全てが未完成のPGの中で、自分のルールを作れるという可能性にワクワクしていました。
ワクワクが現実になる。新規事業を創り続けた3年間。
ーこれまでどんな事業を立ち上げてきたのでしょうか?
結果的に、Adコマースと現Growth Hack事業部(以降、GH部)の元となる事業を立ち上げました。
ーそれぞれどんな経緯で作られたんですか?
入社した当初、まだWebの受託開発とメディアしか事業を行っていなかったので、まずメディア事業部に配属されました。
メディア事業部には1年くらいいたのかな。
入社初日、吉牟田(メディア事業部統括)に「このサイトの改善案出して」と指示を出されて、「サイト導線を増やす」という施策を出したんですけど、それが当たって担当メディアの売上が約2倍になったんです。
Webマーケティングの楽しさを初日から覚えた出来事でしたね(笑)
この楽しみを教えてもらったことには本当に感謝してますし、それがなかったら多分この会社に僕はいなかったかもしれません。
それからしばらくして、会社方針として新たに広告事業をやっていくことになりました。
会社としても広告運用は初めてだったので、当然ノウハウもなく自力で勉強しました。
それこそ、広告出稿先の1つだったYahooのヘルプデスクに一日中直接電話したり、今にして思うとかなり無茶な運用ノウハウを貯め方をしてました(笑)
手探りでしたが、猛然とノウハウを貯めて自分たちでも広告を運用できるレベルまできたところで、それを「広告運用代行」としてビジネスモデル化させ、僕のもった1つ目の事業部を設立しました。
でも、広告運用代行を行っていくうち、工数に対してリターンがどうしても合わないことに気づいてしまったんです。
ーどういうことですか?
例えば、クライアントが広告費として100万をウチに預けた場合、そこに代行費用として20%を上乗せした120万をいただくんですけど、単純に僕らの利益って20万円じゃないですか。
100万円は、実質相手のプロモーション費用であってうちの報酬ではない。
だけど、クライアント的には120万をウチに支払った気持ちになってしまうんですよ。
だから、120万分の価値を求めてくる。
双方の埋まらないギャップに悩んだ結果、広告運用代行をメインにしない、全く新しいサービスを作ろうという結論に至りました。
そこで新しく作ったサービスが、GH部の主力サービスの1つでもある「Growth LP」。
簡単に言うと、LPO(※1)をメインに行うサービスで、広告運用をあくまで付加価値と位置づけたビジネスモデルでした。
新サービスのリリースとともに、新たにGH部の前身となったWeb戦略事業部も立ち上げました。
それから事業が拡大していく中で、吉牟田と僕で大阪に出張に行く機会がありまして。
この出張が、僕の永遠の恩師と出会うことになったきっかけであり、Adコマース事業を立ち上げるきっかけとなった出来事ですね。
※1:LPO
ランディングページを改善し、より収益を上げるように工夫(最適化)すること
ーその出張でどんなことがあったのですか?
僕たちが参加していたセミナーで、後に僕の恩師となる凄腕マーケッターがアフィリエイト広告や広告運用についての講演していました。
セミナー終了後、参加した懇親会で吉牟田の猛プッシュもあり、コミュ障な僕でも恩師と仲良くなることができました。
その後、色々話しをしていくうちに「Adコマースは間違いなく事業として成功する」っていう確信を持ったんです。
社内ではあまり認知されていませんが、今のAdコマースの成功は実は吉牟田の功績あってのものなんです(笑)
東京に帰った僕は、すぐに代表に「めちゃくちゃ売上をあげるから、Adコマース事業を立ち上げたい」と話したのですが、事業が固まっていないし後継もいないという理由から、事業部とAdコマース事業の二足のわらじでやらざるを得なかった。
ー今はAd戦略事業部として動いていらっしゃいますが、いつ頃から一点集中できるようになったのですか?
セールス部署にいた香西をWeb戦略事業部に引き入れてからですね。
彼にとっては、一番苦手な分野に急に放り込まれたみたいな過酷な状況だった思います(笑)
でも、彼の能力や秘めている可能性を加味した上で失敗するかもと不安に思った事は、一度もなかったですね。
まあ、時折「殺す」みたいな目で見られてた気がしますけど…
苦悩しながら徐々に成長していく彼の姿を見て、これは広告事業を成功させないと格好がつかないなと思い、死に物狂いでやりましたね(笑)
そういう経緯を経て、当時所属していたWeb戦略事業部を離れ、広告運用についてとにかく恩師に聞きながら、Ad戦略事業を部署化しました。
今では、年間30億円ペースの売上を上げる部署に成長し、Adコマース市場では国内で5本の指に入るほどに成長しました。
人と人との繋がりを大切に。尊敬する人との出会いで仕事の価値観に変化。
ー小林さんが仕事で大事にしていることってどんなことですか?
色々ありますが、一番は「人と人との繋がり」をかなり大事にしています。
僕は、業務的にも立場的にも社外折衝をする機会が多いので、社外の人間関係を構築することも極めて重要。
社外の人と良好な人間関係を構築するために、常々意識していることは3つあります。
1つ目は、合理的な意思決定をしつつも、相手の気持ちを考えて話をする。
2つ目は、自分が好きだと思った人に対しては、自分のすべてを与えるという気持ちを持つ。
3つ目は、相手にとって価値のある人間であり続けるため、自己成長し続けていく。
その3点を意識するようになったのも、最近出会った人に個人的にすごく影響を受けたからなんです。
ーどんな影響を受けられたのですか?
長く関係性を築いていきたいと思った人に対しては、ビジネス以外の部分も支えていくという気持ちでいることが大事だということを、その方と接する中で強く思うようになりましたね。
その方は、取引をしている代理店のエース中のエースで、めちゃくちゃ売上をあげている。
そういう売上をあげている人にとっての「価値のある人間」になるには、やはり自分も売上をあげる人になることだと思っています。
価値ある人間は、価値ある人間としか付き合わないと思うので。
それを抜きにしても、僕はその方のことが人間としても好きだから、常に切磋琢磨していきたいと思っています。
社外でそう思える人に初めて出会いました。
多少強引でも彼の売り上げに貢献したいと思っているので、社内のチームメンバーも僕に振り回されて大変そうです(笑)
でも、業界的にもポジション的にも関係性がすごく大切なので、彼だけでなく関わりを持った人全員に対して、価値を提供し続けられる人間でありたいと思っています。
また、影響という意味ではもう一つエピソードがあって、最近そのエースプレイヤーの方から業界のレジェンド的存在の方の話をよく聞くんです。
その人の言動とか考え方を間接的に聞いているうちに、僕もその人のような人間にシフトしていこうと思うようになり、最近は顕著に行動に表すようにしています。
今までは、ものごとを決断する上で「もう一度考え直そう」って保守的になる部分がありました。
ですが、そんな局面でも「大丈夫」と言って、根拠はないけど勝ち当然の行動をしたりとその人に近づくためにかなり積極的に仕事に取り組むようにしています。
そのレジェンドは僕にとっては憧れの存在。
リスペクトしすぎて会うだけで緊張します。
その方がつけてくれたあだ名をフォトショで作ってデスクトップにしているくらいは尊敬しています(笑)
社員の人生において、「僕」が最大の難関になる事。
ー取締役という立場として意識していることは何ですか?
PGに入ることで、「どこに行っても倒れない力を持つ人材に育てる」という点は意識しています。
つまり、圧倒的な難関を目の前にしたとき、難なく超えられる力。
そんな難局に直面した際に「PGに入ってよかったな」と思ってもらえる教育をする事。
そのためには、魚を釣ってあげるのではなく、釣り方を死ぬ気で教えることが僕の責務だと思っています。
正直言いますと、僕は社内でもかなり口が悪いです。
辛辣な事を言い、すぐに社員の心を折りに行くタイプのマネージャーです(笑)
多分、人生で絶対に言われないであろう辛辣な言葉を雨のごとく振りかけます。
でも、それが僕の使命だと思っています。
実際、それを乗り越えている今の社員はどこに出しても「何とかする力」があるし、強固なビジネス体幹があると思います。
成長した彼らを見ていると、やはり自分の使命は彼らの前に立ちはだかる最大の難関となることなんだなと再確認するので、そういう点はかなり意識していますね。
僕が彼らの人生で一番の強敵になる事で、何年後かに彼らが幸せになると信じています。
設立以来、売上成長率200%以上を維持。変化に対する適応力が全て。
ー設立から毎年200%以上の売上成長率を誇るPGですが、急激な伸び率を維持するためにしていることってどんなことですか?
2つありますね。
まず1つ目は、変化に対応していくことです。
例えば、Ad戦略事業部は1つの広告出稿媒体に依存していた時期がありました。
しかし、その媒体での配信パフォーマンスが急落し、別媒体を開拓しなければいけないという危局がありました。
今まで取り組んだことのないジャンルの媒体の開拓は、成功するかどうかも全く分からない未知の世界。
でも、そこで臆せず別媒体へと軌道修正をした結果今があります。
会社の意思決定方針としても「変化に対する適応力」はかなり重要視していて、過去のやり方に決して依存するのではなく、新しいことにどんどん挑戦していくことに重きを置いています。
2つ目は、プライドを殺すこと。
若い社員が集まるベンチャー企業では、ほとんどの社員が無駄なプライドにしがみついています。
でも、プライドを持つに値するほどに世の中に影響をもたらしている人なんて20代じゃほとんどいない。
なのに、プライドを持ってしまったが故に柔軟性を失い、成長の阻害要因を自ら増やしている。
前職でも見てきましたが、「団塊の世代」と言われる世の50代・60代の人のほとんどは、それが原因で時代遅れの人種になっていますし。
なので、僕はプライドを殺すことが成長には不可欠だと思っています。
「捨てる」のではなく「殺す」ことです。
捨てる必要は全くありません、プライドは男として重要なものなので。
でもそれを持つのは今じゃないというだけです。
つまり、その一時だけ殺せばいい。
そして、しかるべき時としかるべき成長を遂げたうえで、そのプライドを蘇生させるか否かを考えればいいと思っています。
まあ、優秀な人間は大体、その時に持っていたプライドが意味のなかったものであることを成長して気付くので、蘇生しないという結果になるんですけどね(笑)
多分、その成長時に新しく生成されたプライドが本来価値のあるプライドですし、守るべきプライド。
これを仕事を通して繰り返していくことで、成長率は飛躍的に伸びるのかなと思います。
会社としても個人としても、プライドを殺して柔軟に変化に対応していくことが成長率維持の必須条件だと思ってます。
PGを「言語化できない魅力」を持った会社に。
ー拡大期真っ最中のPGですが、今後PGにどのようなビジョンを持っていますか?
新しいものが次々出てきたとしても、揺るがない魅力を言語化できない形で持っている会社にしていきたいですね。
言語化できない以上の魅力って、多分ないと思うんです。
どういうことかと言うと、例えば、僕は東京タワーがすごく好きなんですよ。
スカイツリーのようにより高くてよりキレイで、よりお金のかかっているものが出来上がったにも関わらず、なぜか東京タワーの方が魅力的だなって思うんです。
そういう人って、多分僕以外にも一定数いるんじゃないかな。
僕の思う「言語化できない魅力」っていうのは、そんな感じ。宇宙とかもこれに入る。
そういう魅力こそが、永続的な魅力を放つものなんです。
「あの会社は○○が強い」「○○がいい」っていうのは、言語化できてしまう魅力。
つまりそれは、時代が変われば魅力的ではなくなってしまうし、当たり前になれば魅力も消えてしまう。
対して、時代が変化しどんなに新しいものが生まれても、言語化できない魅力を持っている会社はずっとそこに立ち続けるし、頼られ続ける。
そういう会社は至極少数ですが、だからこそ僕はPGに言語化できない魅力を持たせ、それを内部と外部に放ち続ける会社にしていきたいと思っています。
PGは、なりたい自分へのワープホールが出現する場所。
ーこれからPGに入る方に一言お願いします!
上手く言葉にするのは難しいんですけど、PGは、狭い箱の中に無限の空間が広がっているような場所です。
パッと見はすごく小さくてコンパクトなんだけど、入ってみると無限の可能性や環境がある。
この狭い空間の中で育つことで、ウチじゃないところにもパイプができたり、独立っていう道が開けたり、大手企業に転職できたりっていう色々な道が開けたりする。
そういう意味で言うと、PGは「なりたい自分へのワープホール」が出現する場所なんじゃないかなって思います。
就活前って、社会に出ることに対して理想とかキラキラした憧れを妄想するじゃないですか、僕も妄想してましたし(笑)
だけど現実問題、その妄想したものを実現できる会社ってすごく少ないんです。
理想の社会人を妄想した人たちがPGに入ったとしても、最初は理想と違ってすごく狭くて暗い道を進んでいく。
時折それが辛くて辞めたくなるかもしれません。
それでも、1年くらいその狭くて暗い道を進んでいくと、自分が妄想していた「すごくできるやつ」「すごく稼ぐやつ」「誰からも頼られるやつ」っていうような人に、気づいたらなっているのがPGの魅力だと思います。
PGの環境は、気付いたときに明るい選択肢が目の前にたくさん提示されているという状況が作れるんです。
また、「できない自分」とか「やり切れなかった自分に腹が立つ」という感情がある人は、環境次第で自分の持っている潜在的な能力を引き出せるとも思います。
PGには、その潜在能力を引き出す環境はすでにセットされているので、「悔しい」っていう感情や「自分はもっとできるんじゃないか」って思っている人は、PGの環境に入って武器を勝手に手にして戦えばいいんじゃないって思います。
きっと価値のある人間になれるはずです。
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