都内のSaaSスタートアップが当たり前に使う最先端の営業技術を、なぜ地方の中小企業に届けようとするのか——。セールステック企業・株式会社openpage代表の藤島誓也氏の挑戦の原点には、北海道の小さな町で失われた「初めてのワクワク」への想いがあった。
消えたレジャー施設と町の変化を目の当たりに
——藤島さんが地方創生に関心を持つようになったきっかけを教えてください。
私は北海道の紋別市で生まれ、父が警察官の転勤で小学生時代を十勝の広尾町で過ごしました。広尾町には「シーサイドパーク」という複合レジャー施設があったんです。1980年にできた水族館や遊園地を併設した施設で、私にとって初めてのデートスポットでもありました(笑)。
1984年には町がサンタランドとして認定され、サンタの家も建てられました。私の家はその近くにあって、クリスマスには家族でサンタクロースが来るイベントにも参加していました。当時の広尾町は観光地として活気があったんです。
——その後、町はどのように変化していったのでしょうか。
1990年代にバブルが崩壊し、全国的にレジャーブームが終焉を迎えました。子どもだった私は当初気づきませんでしたが、徐々に都市部への人口流出が目立つようになりました。私自身も「いつかは札幌に行きたい」と漠然と考えるようになり、実際に2000年代に家族で札幌エリアに引っ越しました。
後で知ったのですが、2005年にシーサイドパークも閉鎖されていたんです。それを知った時は本当に悲しくなりました。私にとって初めての遊園地、初めての水族館、初めてのキャンプ場だったんです。小学生の頃、はじめて行ったレジャー施設での高揚感は今でも覚えています。学校でシーサイドパークを知らない人は誰もいなかった。頻繁に行けるわけではないけれど、あのワクワク感は特別でした。それがなくなってしまうのは本当に寂しかったですね。
広尾町はその後、小中学生の生徒数が大幅に減少し、超高齢化が進みました。十勝港の水産ビジネスでは重要拠点なのですが、肝心の担い手自体が減ってしまう。観光産業の柱も脆弱になり、漁業、農業、林業と合わせて全体的に人手不足が深刻化しました。2010年代以降は若年層の流出が顕著になり、生産年齢人口は最盛期の3分の1以下まで減少してしまったんです。
地方の現実と可能性を見つめて
——現在の広尾町はどのような状況ですか?
複数あった小学校も閉鎖されていくなど、人口減少の影響は深刻です。ただし、町はサンタランドによる地域ブランディングや毛蟹まつりなどの体験型イベントで賑わいを模索しています。コンパクトシティ化も意識しながら、ワーケーションやテレワークの流れを活かした移住定住促進にも取り組んでいます。
このような原体験があって、私は町の維持や振興に強い思い入れを持つようになりました。ただ、地方でも成功している例はあるんです。私の生まれた紋別市は、ふるさと納税で全国1位の寄付額を誇っています。ホタテやカニなどの海産物を、デジタルを活用して全国に届けている。私も紋別のホタテやカニを食べて育ったので、この成功事例は今の事業でも参考にしているんです。
openpageとしても地方の魅力発信の仕事を積極的に受けているのは、こうした背景があるからです。
セールステックの力を地方に届ける
——具体的には、どのような取り組みを展開しているのでしょうか。
openpageで培ってきた顧客との関係構築や取引創造のノウハウを、地方都市で役立てたいと考えています。私のノウハウの基盤となっているのは、IT、メディア、人材、そして法人営業やカスタマーサクセスの知識と経験です。
ただし、都内のSaaSスタートアップで当たり前に使われているセールステック手法を、そのまま地方企業に持ち込んでも上手くいきません。大切なのは、わかりやすい言葉に「翻訳」して、「自分たちでもできる」と思えるようなステップや事例とセットで伝えることなんです。
具体的には、遠隔取引で培った営業ノウハウ、メディアで身につけたコンテンツ制作、人材の採用・マネジメント、そして法人営業とカスタマーサクセスの経験を組み合わせて、デジタルセールスや営業DXの支援をしています。特に製造業や建設業、士業など非IT企業との取引を積極的に進めており、「うちができるなら大丈夫」と思ってもらえるような成功事例づくりに力を入れています。
——カスタマーサクセスの観点も重要ですね。
そうですね。単に取引を作るだけでなく、顧客を成功させるためのノウハウを地方企業にも伝えています。関係を強固にして取り組みを大きくする支援をすることで、地方からでも取引を創出し、それを拡大できるようにしたいと考えています。
キヤノンMJをはじめとする大手企業も、生産年齢人口の減少を見据えて営業手法の抜本的な見直しが必要だと考えています。自らが営業のやり方をデジタル起点に変革し、その経験をもって日本企業の営業DXを支援していく。私もこの成功体験づくりには全力でコミットしています。1社ずつ成功体験が増えれば、世の中は変わると信じています。
大手企業も注目する地方創生アプローチ
——大手企業との連携も進んでいるとお聞きしました。
そうですね。地方企業への営業DX支援という想いに共感いただいて、連携を増やしています。第一号がキヤノンMJで、他にも大手通信会社やメディア会社などとも話を進めています。
特に注目いただいているのは、地方都市で拠点を持つ企業や、地方自治体・金融機関と連携している企業です。大手企業自体でもopenpageを導入して営業生産性が向上した事例が増えており、営業DXのコンサルティング会社からも紹介パートナーとして提携したいという声をいただいています。
——なぜ地方にセールステックが必要だと考えるのですか?
テクノロジーの真価は場所を問わない遠隔コミュニケーションにあると思うんです。都心部のSaaSスタートアップでは当たり前の技術を、都心部だけに閉じておくのはもったいない。むしろ生産年齢人口が減少している地方こそ、デジタルでの遠隔交渉が重要になってくると考えています。
実際に今年は仙台市や静岡市など地方都市でも展示会に出展したり、地元イベントに協賛したりしています。若手だけでなく、PCに慣れていない方にこそ活用していただきたいですね。
堀江貴文氏の取り組みに学ぶ
——地方創生のロールモデルとして意識している人はいますか?
意外かもしれませんが、堀江貴文さんです。ご存知ないかもしれませんが、堀江さんは広尾町の隣町である大樹町で、実はロケットの打ち上げを行っているんです。たまたま隣町だったので、強く意識してしまって(笑)。
北海道スペースポートでのロケット打ち上げは町にとって一大イベントで、国内外の宇宙ベンチャー企業誘致も手がけています。地元の飲食店開業の後押しもしており、街の新しい名物づくりや移住促進に大きく貢献しています。
私は堀江さんほどマルチではありませんが、街の魅力をデジタルで発信することや、移住促進のための具体的なコミュニケーションノウハウについては、自らの経験をもって貢献できると考えています。
——今後の展望について、より具体的に教えてください。
地方創生については、若手人口の増加や税収向上などの明確な成果指標を設定して取り組んでいます。具体的な数値は公開できませんが、KPIをしっかりと持って協業しています。
5〜10年のスパンで、営業DXやデジタルセールスの文化を地方にも根付かせていきたい。新しい営業スタイルを地方だからこそ取り入れて、若い人にも「イケてる働き方だ」と思ってもらえるような街や社会にしたいんです。
産業拠点としての提案支援については、日本で最も多くの実績を持つセールステック企業だと自負しています。地方で生まれ、都市部でビジネス経験を積んできた私だからこそ、地方創生のモデルに貢献できると考えています。テクノロジーの力で地方の可能性を最大化し、どこにいても質の高いビジネスができる社会を実現したいですね。
——最後に、地方の経営者が営業DXを始めるとしたら、まず何から手をつけるべきでしょうか?
地方企業の皆さんには、まず3つのステップから始めることをお勧めしています。
1つ目は「口頭のやり取りを記録に残す習慣」です。普段口頭で伝えている営業トークやお客様とのやり取りを、まずは文字に起こしてデジタルデータにしてください。実は地方企業の多くはもうPCを使っているので、デジタル化自体はできているんです。
2つ目は「議事録の質を徹底的に高める」ことです。単なるメモではなく、お客様が何度も読み返したくなるような議事録を作ってください。ちゃんとした議論をすればするほど、議事録はよく読まれます。これがデジタルでの滞在時間を長くする最大のポイントなんです。
3つ目は「コンテンツとして体系化する」ことです。議事録や提案資料を取りまとめて、お客様に長期間手元に置いて参照してもらえるコンテンツにしてください。openpageも、議事録やパンフレットなど身近な業務の延長で営業DXを進めていくことから始めています。
PCに慣れていない方でも、この3つなら今日からでも始められますよね。
株式会社openpage代表取締役 藤島誓也氏
北海道出身。地方での原体験を活かし、セールステック事業を通じて地方創生に取り組む。キヤノンMJとの資本業務提携により、全国展開を加速させている。