前編では、経理分野におけるAI(LLM)特有の技術的な限界(ハルシネーションや計算の不確実性)と、人間にしかできない「判断」の境界線、これから求められるスキルについて語っていただきました。
続く後編では、現場のプロが感じている「既存システムやAIツールのリアルな限界」から紐解き、その壁をシステムとしてどう乗りこなすのかというプロダクト設計思想、そしてミラクル経理の最大の武器である「暗黙知のシステム化」についてお届けします。
「専門領域×AI」のプロダクト開発に興味があるエンジニアやPMの方は必見です!
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【前編】「経理の仕事はAIに奪われるのか?」経理のプロが語る、AI時代のリアル | 株式会社ミラクル経理
現場が直面する、既存システムとAIツールの限界
實方:
前編ではAIの技術的な課題に触れましたが、実際の経理の現場ではどのようにAIを活用しているのでしょうか?
井上:
現在社内ではGeminiを自由に使用できるのですが、例えば判断に迷う場面が来た時に、過去の取引からいろいろな事象を羅列してもらう、といった形で使用することはあります。そういった意味では、過去の資料をひたすら探すという作業は効率化され、質的な業務に時間を割くことができています。
實方:
逆に、皆様が日々の業務で既存の会計システムやAIツール(Geminiなど)を使ってみて、「ここはまだ難しいな」「限界だな」と感じる部分はありますか?
内田:
例えば、AIにExcelの関数やマクロの作成を依頼した時の「出力結果のズレ」ですね。AIは確かにコードを出力してくれますが、一般的にはあまり使われないような複雑なコードを用いて回答してくるケースが多々あります。結果として「使う人間の想定に寄り添っていない」状態になりやすく、現場での完全な共存にはまだ課題があると指摘せざるを得ません。
井上:
それは私も強く感じます。AIが生成したコードのメンテナンス性を考慮した際、後からそれを見た人間(学習者)が違和感を覚えるようなブラックボックス的なコードが出力される懸念があります。
實方:
なるほど、エンジニア界隈でも「AI生成コードの保守性」はよく議論になりますが、経理の現場でたとえばマクロを作成する際にも同じ課題が起きているんですね。
井上:
そうなんです。さらに高度な業務で言うと、「複雑に絡み合った非定型の事象から、落としどころを見つける業務」には明確な限界があります。 例えば、現在の高機能な連結決算システムを使っても、出力された結果がこちらの意に沿わないために、最終的には手作業で修正する事象が一定数発生しており、その辺りは限界を感じてしまう部分ですね。つまり、システムやAIが高度になっても、その「出力を評価し、正しいか判断する」ための会計的素養やバックグラウンドが人間側により一層求められるのが現状です。
「余白」の設計と現場が今後期待すること
實方:
システムが全てを完璧に処理できるわけではないからこそ、最後は人間の評価が必要になるのですね。ミラクル経理の開発責任者である河合さんは、この課題に対してどのような設計思想を持っていますか?あえて自動化せず、人間の判断を残すようなアプローチなのでしょうか?
河合:
そのような思想は明確に存在します。システムの利便性を追求することと、経理として「人間が最後に判断して積み上げるプロセス」のバランスは非常に難しいのですが、ミラクル経理では「ヒューマン・イン・ザ・ループ(HITL)」を前提としてシステムを考えています。
現時点のプロダクト「ミラクルX」には承認機能そのものは組み込んでいませんが、運用面で「次のステップに行く時は必ず人間が確かめる」ことを前提としています。現在開発中の基幹システム「ミラクルA」でも承認ステップはセットで考えているため、システムにはゼロにはならない「余白」としての承認ステップが絶対に必要だという構想です。
實方:
ありがとうございます。人間の介在を前提とした、経理業務の特色を絡めた設計が重要になるのですね。
では実際にシステムを使う側としてのご意見もお聞きしたいのですが、「こんな設計・機能があると嬉しい」といったご希望などはありますか?
内田:
現場としても、人間の介在を前提としつつ、AIの進化には大きな期待を寄せています。例えば、海外子会社の精緻な財務情報をシステムに入れた際、日本の会計基準に合わせるための自動調整処理(変更すべき論点と不要な論点の学習など)をAIが行ってくれれば、日本と海外の会計基準の壁が撤廃され、多くの日本企業の海外展開が飛躍的に容易になると考えています。
河合:
そういった意味では、言語の壁が壊されるのは大きいですよね。海外子会社の方とのコミュニケーションは今後ノンストレスで行うことができますし、同時翻訳機能などもあるじゃないですか。
井上:
メール(のやり取りの壁)は本当にぶっ壊されましたね(笑)
コミュニケーションは全く問題なくとれるようになりました。
實方:
今のお話の中で、軽く開発要望のようなものが出てきましたが、ミラクル経理として「これもできたらいいな」といったお考えはありますか?
河合:
そうですね、「連結システム」(連結会計:グループ全体の経営状況・財務状況を細かい調整を経てまとめて管理・報告すること)構築のニーズを改めて認識しました。 これまで人間が1つ1つの仕訳に対して、摘要や証憑資料を確認して「調整を行う・行わない」のフラグを立てていた判断業務は、近い将来AIで代替可能になると予測しています。似たような概念だと法人税の計算においても税務調整の判断は半自動化され、最終的なシステム構成はまさに「AIによる処理+人間の判断・最終的な承認・意思の組み込み」を中心とするものに変わっていくと、今のお話を聞いていて思いました。
経理のプロと開発陣の密な連携と、その効力
實方:
AIによる処理に加えて、人間の判断を組み込む運用と設計によって、さらに高度な価値提供を目指していくのですね。それを実現する上で、ミラクル経理の「経理ドメインのプロ(実務者)と開発陣の距離の近さ」は大きな武器になりそうですね。
河合:
そうですね。ユーザーである令和アカウンティングの現場メンバーが、良いところはもちろんですが、「ここがなぜこうなっていないのか」「これができないか」といった細かい意見や真のニーズを気軽にフィードバックしてくれる環境は非常に貴重だと思っています。一般的な製品にあるような、ベンダーとユーザーとの物理的・心理的な距離感が存在しないのはとても大きくて、「このボタンここにあったらいいのに」「この出力こんな調整できないかな」といったかゆいところに手が届く製品改善に直結しています。
實方:
実際に井上さん内田さんからも、そういったフィードバックをされたご経験はありますか?
井上:
初期リリース時に「こんな状態になったらいいのに」といったフィードバックをして、その後すぐ実装された経験があります。
実際に開発担当が会計のことを熟知しているというのは、現場としても「同じ言語で話せる」という大きな助けにもなっています。社内では「あのシステムこうなったらいいのにな」といった話をすることはよくあったので、それが開発者の耳に直接届く環境というのは非常に良い環境なのではと思います。
これから新たなシステムを開発していくとのことなので、そういった密な連携を取りながら、既存のシステムでは成しえなかった「かゆいところ」のニーズをすべて吸い上げた良いものが出来上がることを期待しています。
内田:
実際の現場のニーズと開発側の認識がズレが起こることはよくあるのですが、それが解消しやすい場があるというのは、仕事の効率化を図る上でもとても重要だと感じています。
最大の武器は「暗黙知」の実装。テクノロジー人材へのメッセージ
實方:
今のお話を聞いていて、エンジニアやPMからすると、ユーザーの真の課題解像度を高速で上げられる最高の環境で、他社とは一線を画すものだと思いました!
このような環境を活かして、ミラクル経理としてどのように成長していきたいか、戦略などお聞きしてもよろしいでしょうか?
河合:
少し前提のお話になってしまうのですが、AI登場前の従来の会計システム市場は成熟しきっており、どのベンダーが作っても集計や機械処理の自動化という実現機能や操作性に大差はなく、新規参入の余地も意味もありませんでした。
しかしAIの登場によって、これまでの会計システムではできなかった部分がどんどん実現されていく世の中になり、新しいプレイヤーである我々にも大きな勝機が生まれました。
会計システムという市場が成熟していく一方で、我々がどう強みを発揮していくか、それは「これまでシステム化できずに人が対応してきた領域」に踏み込むことです。親会社であるRAHに長年にわたって蓄積されてきた実務ノウハウを素直にシステムに落とし込んでいくことができれば、それは我々の強みになっていきます。
その具体例が「ミラクルX」の「AI資産判定機能」です。資産判定(会社の購入した物品などを、費用(消耗品)にするか、財産(固定資産)にするかを決める作業)は、非常にニッチですがとても需要が高く、他社が簡単には真似できない領域です。こういったノウハウが他にも沢山あり、今後はこの尖った強みをフックにしつつ、汎用的な会計システムの使いやすさも独自に強化していく戦略です。
實方:
ありがとうございます。ミラクル経理独自の強みというものが改めてよく理解できました!
では最後に、テクノロジー人材に向けたメッセージを河合さんからお願いします。
河合:
「SaaS is Dead」と言われるように、AI技術の進歩によって将来的に単一機能のSaaS等のソフトウェアは不要になるという風潮があります。しかし、AIの決定的な弱みは「暗黙知(世の中に公開されていない知識、考え方、AIに与えていない情報)を認識できないこと」です。
経理や会計といった専門分野は、業界の暗黙知、会計分野の暗黙知、会社ごとの判断の暗黙知という「暗黙知の塊」であり、それらをソフトウェアに組み込むことができれば、そう簡単にはAIには代替されないサービスになると思いますし、それができるのが私たち専門家集団だと考えています。
そんな「専門領域×AI」、専門知識・暗黙知をAIプロダクトに落とし込んでいく開発は非常に楽しく、フィードバックをくれる実務者がすぐ隣にいる稀有な環境です。そんな中で働くことができる喜びを感じられる方と、ぜひ一緒に仕事をしたいですね。
おわりに
いかがでしたでしょうか。「AIが仕事を奪う」「SaaSは不要になる」といった単純なAI万能論の裏側には、現場が直面する「AIが生成するコードの保守性」や「複雑なドメインにおける意図の汲み取り」といったリアルな壁が存在します。 しかし、その壁にこそエンジニアリングの最大の面白さが詰まっています。
AIの決定的な弱点である「暗黙知」を汲み取ってシステムに組み込み、ユーザーが最も専門性と価値を発揮できるUI・UXをデザインする。そうすることで、AIを単なるツールから「実務に寄り添うパートナーへと昇華させる。ミラクル経理が挑んでいるのは、そんな次世代のプロダクト開発です。