株式会社Life Style Innovationデジタルマーケティング事業部でチームマネジメントを担う座間味さん。
彼のキャリアは、料理人からスタートし、サイバーエージェントグループ、電通グループを経て事業会社へ転向、そして再び代理店を選ぶという、決して一直線ではない道のりでした。
「地方に住みながらキャリアを諦めたくない」「今後のキャリアを見据えて転職したけど、なんとなく物足りなさを感じている」そんな方に読んでいただきたいインタビュー内容です。
沖縄から出ずに、東京以上の成果を出し続けることができた理由
─── 広告業界に入る前は、料理人をされていたそうですね。転身のきっかけを教えてください。
はい、最初に選んだキャリアは中華料理人でした。2年目に、自分で考えたメニューをようやくお店に出せたんです。それが当時の自分にとってのゴールで、そこで燃え尽きてしまった感覚がありました。
振り返ると、自分は何かをやり切ると、その場所での「物語の終わり」を見たくなくて、次のフィールドを探しに行くタイプなんだと思います。広告の仕事に惹かれたのも、そこが理由の一つです。市場も、クライアントも、ステージも変わり続けるから、終わりがないんですよね。
── これまでどんなお仕事を経験されてきましたか?
21歳でサイバーエージェントグループに入りました。最初は毎日8時間かけてレポートを作成する仕事を1年ほど続けていて、かなり地道な時期でした。
そこから、自分に向いている仕事は何かを見極めるために、サイト運営や、SEO関連のコールセンターで1日700コールのテレアポなど、いろいろな仕事を短期間で経験しています。
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様々なキャリアを歩んだ座間味さん
その後、中小企業向けの代理店に沖縄支店から入社して、入稿から運用調整、新規プランニングまでを一気通貫で担当するようになりました。少額予算の案件でも、自分の施策がお客様の反響に直接つながるのが本当に面白くて、個人MVPを受賞したり、社員投票の月間賞を複数いただいたりもしました。そこで「沖縄にいても、企業の売上に直接貢献できる」という手応えを掴みました。
そこから電通グループ、SaaS系事業会社を経て、現在LSIでWeb広告ディレクター兼チームマネジメントをしています。
▼沖縄からのフルリモート生活に関しては下記の記事をご覧ください
── 沖縄を拠点にキャリアを積まれてきたんですね。地方にいてもキャリアやスキルアップができると実感したのはどのような出来事がきっかけですか?
決定的だったのは、大手車メーカーのインハウスチームを担当していたときのことです。
東京から沖縄まで足を運んでくださったクライアントや競合他社の方から、成果と仕事の質そのものを評価していただいて、丁重なおもてなしをいただくことがありました。
この経験から、「地方だから評価されにくい」のではなく「地方でも、質の高い仕事は正当に評価される」という実感が持てたことが、現在の自身のキャリア観の根幹にもなっています。
── 27歳で電通グループに入社されていますが、そこでも拠点は沖縄のままだったんですか?
そうなんです。役員の方とのご縁がきっかけで、コンサルティングチームの立ち上げに携わることになりました。入社初日から実務やチーム支援に入るようなスピード感で、いま思うと、かなり優遇していただいた入社だったと感じます。
ちょうどコロナ禍でリモート提案が当たり前になった追い風もあって、大手銀行など主要クライアントのコンサルティングを、沖縄メンバー主体で担当し、東京メンバーが営業を担当するという体制を組んでいました。「場所を理由に機会を諦めなくていい時代になってきている」と、強く実感しました。
── 大手代理店を経験した座間味さんが感じたベンチャー代理店(LSI)の違いを教えてください。
大手代理店は分業体制なので、一つの役割に集中して専門性を磨けます。また、責任範囲も明確で、負担が軽いのはメリットです。
ただ、生成AIが台頭してくる時代においては、分業ゆえに視野が狭くなりがちなことが、逆にリスクになるとも感じていました。そのため一度、事業会社に転職したいと考えました。
── 事業会社を経験して、なぜまた代理店に戻ろうと思われたのですか?
SaaS企業でコンテンツ制作やチームマネジメントを経験する中で、事業会社側だからこそ学べることは確かにありました。CRMを含めた全体戦略の提案など、それまで経験のなかった領域に挑戦させてもらえたのは貴重な経験でした。
ただ、会社の方針転換や、家族に関わる出来事も重なって、「自分は結局何をしたいんだろう」と自分を見つめ直す時間ができたんです。
そこで改めて気づいたのが、代理店という立場でクライアントのパートナーとして多角的に価値を出すことへのやりがいでした。
ジェネラリストとして幅広く関わりながら、一分野に閉じない提案ができることが今後AI時代に突入する際に、自分の強みとして活かせるフィールドだと確信しました。
「管理のための管理」はしない。現場に裁量権があるという価値
── LSIを選んだ決め手は何だったのでしょうか?
一番は、代表の石川が掲げている「地方都市の人が、地方にいながら東京以上の価値を出す」という考え方に強く共感したことです。
▼LSI代表石川の理念やビジョンについては下記の記事をご覧ください!
他社の表面的なコーポレートメッセージにはあまり反応してこなかったんですが、LSIは単なる旗印としてではなく、実際に移住までして本気でそれを実現しようとしているスタイルで会社を運営している。
そこに地方で活躍できる人材の成長土台が実際にあると感じたのが、入社の決め手になりました。
裁量権があることも魅力のひとつでしたね。
大手だと、未経験分野で急成長して成果を出しても、給与制度が硬直的で特例的な昇給が難しいことが多いんです。
でもLSIは、納得感のある根拠を持って提案すれば、制度の変更すら現場発信で検討してもらえる。
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当社の「地方でも、東京以上」のビジョンに共感した座間味さん
実際、社内の「環境LAB」では、備品追加みたいな小さな提案から実行・検証までのサイクルが現場主導で回っています。これは裁量権という言葉だけじゃなくて、実際に社員が組織を変えられる環境なんだと実感しました。
── 現在LSIではどのような役割を担われているんですか?新しく挑戦していることがあれば教えてください。
代表の石川から、これまで経験のなかったCRM領域に挑戦してみないかと声をかけてもらいました。今まで行ったことがない業務領域にチャレンジすることはとても光栄ですし、お客様への価値提供の増幅や、自身のスキルアップにもつながるので楽しみです。
あわせて、自分の経験をメンバーに伝えて、メンバーの市場価値を高められるような組織づくりとマネジメントにも力を入れています。
正直、LSIに入社したらやりたかったことは実現できている感覚はあります。
── 座間味さんは前職でもマネジメント経験がありますが、当社でのメンバー育成も含め、マネジメントで大切にしていることを教えてください。
「管理のための管理」は絶対にしないと決めています。
大手時代、形式のための会議に多くの時間を費やしていた経験があり、そこにすごく違和感があったんです。
形式的な管理じゃなくて、メンバー一人ひとりの成長と、組織としての成果に真摯に向き合いたいと思っています。
過去、個人MVPや月間賞を何度もいただいた時期は、正直天狗になっていました(笑)。
ただ、個人の力には限界があると感じています。
だからこそ、個人の実績よりも「チームで成果を出す」ことに、はるかに魅力を感じています。
── ご自身の性格をどう分析されていますか?メンバーとの向き合い方に活きている部分はありますか?
小さい頃から自立した環境で育ってきたこともあって、何事も一定のレベルまでは到達するスピードは早い方でした。
ただ、1位になるために過度な犠牲を払うタイプではなくて、効率を重視して、ほどほどの成功を好むところがあるんです。
これは冒頭でお話しした「物語の終わりを見たくない」という感覚にもつながっていて、一つの環境でやり切った後の「終わり」を避けるために、新しいフィールドを求めてきたのが自分のキャリアなんだと思います。
だからこそ、メンバーに対しても無理に一つの正解を目指させるのではなく、それぞれのペースや向いている方向を目指せるようなマネジメントを意識しています。
── どのような人と一緒に働きたいですか?
「成長したい」と明確に口に出せる人ですね。
成長を願うことを言葉にするのって、実はリスクを伴う、勇気ある行為だと考えています。
そのリスクを取ってでも前に進みたいという意志のある人に、自分の経験を還元したい。
それが今のマネジメントスタイルの軸になっています。
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「誠実さ」を大切にする座間味さん
そして何よりも大切にしているのが誠実であり続けること。
ミスを隠さず、クライアントにもメンバーにも誠実に向き合うこと。
それが長期的な信頼関係を築き、結果として自分自身の成長にもつながると、13年以上のキャリアを通じて実感してきました。
── 最後に、これからも沖縄・地方を拠点に働き続けることへのこだわりを教えてください。
引き続き沖縄で働くことにこだわっていて、地方から東京以上の価値を発揮し続けることが、自分の使命だと思っています。
自分自身が成果を出すだけでなく、次のリーダー候補を育てて、自分と関わってくれた人たちがそれぞれ自立して輝けるようなチームを作ること。
それが、いまの自分にとって最も大切な目標です。
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