なぜ楽天グループのプロダクトマネージャー(以下、PdM)が、宮崎の広告代理店である株式会社Life Style Innovation(以下、LSI)を転職先に選んだのか。デジタルマーケティング事業部リーダーの村上さんに、キャリアの軸とLSIへの入社の決め手を聞いてみました。
デジタルマーケティング事業部 リーダー
村上 悠侑斗さん
27歳、岩手県出身→東京都内在住。
自動車関連サービスを運営するベンチャー企業で広告運用を経てPdMを担当。その後、楽天グループでPdMとして従事し、現在LSIのマーケティング戦略・広告運用およびリーダーとしてメンバーマネジメントを担当。
趣味は車。
「将来自分でサービスを作りたい」という気持ちから、マーケティングを学ぶ必要性を感じた
── まずはこれまでのキャリアを教えてください。
大学2年のときに中古車関連のベンチャー企業でインターンを始めたのが、社会人経験の始まりでした。
最初は広告運用を担当していたのですが、正直マーケティングが何なのかも分かっていなくて。でも施策を打つと数字で実感できることが面白く、気づいたら夢中になっていました。
そのまま新卒で入社し、途中からPdMになり、3年弱でプロダクトを大幅に成長させたり、ゼロからビジネスモデルを作り直す経験をしました。
その後、もっと大きな規模でPdMとしての経験を積みたいと考えて楽天に転職し、現在はLSIで広告運用を中心としたクライアントのマーケティング支援の傍ら、リーダー職としてメンバーマネジメントを務めています。
── 学生時代からマーケティングに興味があったのですか?
実は、マーケティング自体への興味よりも先に「将来自分でサービスを作りたい」という気持ちがありました。そのためには会社の数字やモノをどう作ってどう売るのかを知らなければならないと思っていたんです。
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学生時代にインターン経験を積んだ村上さん
技術的な部分は最悪自分で学んだり外注できますが、会社がどう動いているかや、マーケティング視点は自分で持っておく必要があると直感していました。
広告運用を通じて数値の感覚が身につき、PdMとしてユーザー行動や購買心理を考えながらサービスをグロースさせる経験をした際に初めて、「これだ」と腑に落ちた感覚がありましたね。
過酷な環境が当たり前だったからこそ「結果が出るまでやり切ること」が自分の基準に
── 社会人になって一番最初の転機はどのような場面でしたか?
一番は当時の取締役と近い距離で仕事ができたことです。
その方はとにかくロジカルで、課題の因数分解と言語化能力・行動量が凄まじい人でした。
もともと感覚で仕事をしていた自分が、定量・定性両方を用いて論理的思考で言語化する大切さを身をもって叩き込まれました。
競合環境が変わって既存のビジネスモデルを根本から作り直す局面でも、PdM担当なので、試算・デザインディレクション・営業・コールセンター立ち上げ・SFA側との連携をやることになりまして…
諦めずに「やってやろう」と思えたのは、周りのメンバーへの信頼と、自分の将来の目標がはっきりしていてぶれなかったからだと思います。
── 最も苦しかった経験を教えてください。
当時の会社は上場を目指していたので、目標数値に対するプレッシャーが半端じゃなかったことです。1万円でも未達なら目標達成にはならないよと教えていただきました。
ただ、上司は「どんな手を使っても目標達成しよう」と言いながらも、個人のキャリアプランや将来やりたいことを1on1で親身になって聞いてくれて、会社として・上司として未来を担保できることも明示してくれていたから、しんどさの中でも「今乗り越えるべきハードルだ」と割り切ることができました。
月末ギリギリに色々な泥臭いこともやりましたし、結果が出るまでやり切ることが自分の中での基準になったのはその頃ですね。
自分と向き合った末、誰かのために直接売上を上げたいという気持ちを認識した大手企業在籍時
── 楽天に転職した経緯を教えてください。
1社目の会社規模(売上100億以上)よりも大きな規模の案件に関わる経験を積みたいという思いから、大企業を選択しました。
大きな組織の動かし方や、経営陣向けの提案資料の作り方、情報のエスカレーションの仕方など、ベンチャーでは絶対に学べなかったことだと思います。
ただ、入ってみると「大企業の歯車になる」感覚が自分には合わないと感じました。
もちろん、規模感が大きいので断片的な業務になってしまうことは理解していましたが、自分で動かせる範囲が限られており、誰かのために直接売上を動かしたいという気持ちが次第に強くなっていきました。
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楽天在籍時を振り返る村上さん
── 転職のタイミングで、自分自身と向き合う時間はありましたか?
はい、強制的に時間を作りました。
東京にいるとどうしても考える時間ができなかったので、楽天退職後に単独で数週間ほどフィリピンの孤島に行きました。
毎日ビーチで寝転んでると無意識に自分と向き合う時間になっていきました笑。
「将来的に自分で何かやりたい」
「中小企業の売上に直接貢献したい」
そのために今どこにいるべきかを突き詰めたとき、大企業にいることへの違和感がはっきりしました。
ただ転職するのではなく、「自分が何をしたいのか」までを言語化できたから、次の一手に迷いはありませんでした。
── そんな中でLSIへの転職を決めたのはなぜですか?
「中小企業の売上に直接貢献したい」という目標が導き出せたので、それを実現するには、マーケティング全般を幅広く支援できる裁量がある場所を探していました。
LSIはその条件にはまっていたし、リモート環境でありながら宮崎で働けるという選択肢も自分の中での目標と合致していました。
転職するたびに「なんとなく」ではなく、自分の将来に向けた明確な意図があったことが、後悔しない選択につながっていると思っています。
リモート環境でのメンバーマネジメントは対話の質と量が鍵
── 入社後に感じたギャップはありますか?
ベンチャーらしい組織の未整備さはあります。
ただ、良い意味で予想外だったのはクライアントとの関係性です。
柔軟で前向きな方が多くて、「一緒に考える」関係を作りやすい。社内も、新しいアイデアに対して後押ししてくれる風土がある。「裁量がある」とは聞いていましたが、想像以上に自分で動かせる環境だと感じています。
── LSIでリーダーになって初めて気づいたことは何でしたか?
どの会社にいても同じではありますが、改めて、メンバーとリーダーでは、見ている景色が全然違うということです。
リーダーは「クライアント・会社・チームをどうよくするか」を考えているけど、メンバーはまだそこの軸が定まっていなかったり。
その溝は思っていたより大きくて、最初はぶつかることもありました。
今は、メンバーが「自分はどうなりたいのか・そのためになぜこれをやっているのか」を自分の言葉で言えるようになるまで対話することを大切にしています。ベクトルが合わないと、チームの最大成果は絶対に出せないので。
── 宮崎ならではの環境やリモート環境でのチームビルディングで工夫していることを教えてください。
適切なコミュニケーション量や伝え方が全てだと思っています。
週1〜2回の定例でタスクや課題を共有する時間を確保しつつ、プライベートな雑談も意識的に増やしています。仕事の話だけでは信頼関係はできないので。
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実業務の他、メンバーマネジメントも担当する村上さん
宮崎は未経験のメンバーも多いですが、素直に吸収してくれる人が多くて、それはやりがいです。向上心があって素直な人と一緒に働くのは、純粋に楽しいと感じます。
自分がなぜここにいるか、言語化できる人と一緒に働きたい
── 成果を出す人と出せない人の違いは何だと思いますか?
根性と、常に「なぜ?」を持ち続けられるかどうかだと思っています。
例えば広告の数値が動いたとき、「すぐ動き」「なぜこうなったのか」を突き詰められるかどうかが、伸びる人と止まる人の差です。
クライアントのビジネスモデルを因数分解して本質を掴む力、定量データを読み込んだうえで定性的に対話できる力も必要です。
それらを支えているのは、結局「諦めない姿勢」だと感じています。成果が出るまでやり切ることは、自分自身がずっと大事にしてきたことでもあります。
── 今後どのようなチームを作っていきたいですか?
全員が経営者視点を持って、与えられたミッションを自分ごととして達成できる、チームです。
当社のビジョンでもある「宮崎でも、東京以上。」の成果を出せることを、実績で証明していきたいので、自分が何のためにここにいるかをちゃんと言語化できる人と一緒に働きたいと思っています。
キャリアの選択全般言えることですが、「自分が何をしたいのか」を自分の言葉で言えることが大事です。
自分自身、目標がブレて流されそうになる瞬間はありましたが、そういうときこそ自分の目標を書き出して見返すようにしてきました。
── 入社を検討されている方にヒトコトお願いします。
向上心があって、素直に吸収できる人なら、宮崎でも東京以上のマーケターになれると確信しています。
一緒に面白いことをやりましょう!
最後に
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