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クラシコムではほとんど誰もグラフを描かない?

転職直後、僕の脳みそがクタクタになっていた理由

2019年のはじめにクラシコムに転職して最初の1〜2ヶ月は、仕事が終わると脳みそがクタクタに疲れていました。

前職の化学メーカーと違って、実験の設備がないことは理解していましたが、仕事をしていて、社内のほとんど誰も、グラフを描かないんです。いつも、自分たちの感覚を言語化して議論が行われています。

最初のころは、この違いを「理系の会社から文系の会社に来た」と表現していたのですが、文系・理系という区分けもそんなに好きな表現ではなく、しっくりきていませんでした。これまで僕が身をおいてきた科学の世界とは違う環境にきたことは間違いなくて、では、これまで僕がいた世界と今いる世界はなんなのかを理解したい、と考えはじめます。

そのヒントとして科学哲学に関する本を探す中で、「質的研究の考え方」という本に出てくる「質的研究」という言葉を知り、これだ!とピンときました。

僕は「質的研究」「量的研究」という言葉を知らず、「量的研究」の世界の中だけで育って、量的研究のメガネだけで世界をみていて、境界線の向こう側に意識を向けることは、ほとんどなかったんです。そして、クラシコムの人たちがやっていることを研究に置き換えて考えれば、「質的研究」をしている集団だったのか、ということがわかりました。

質的研究とは何か、量的研究とは何か


では、質的研究、量的研究とはなにか、「質的研究の考え方」からいくつかの文章を引用してみます。

「質的研究の持っているいくつもの要件を羅列しても、質的研究の本質には迫れないように思われる。
(中略)そもそも質的研究は、むしろ量的研究に対して立てられた概念であり方法である。」(p.21)

「量的研究とは、『対象を測定することで数量化されたデータを得、それを処理して結論を得る研究』」(p.21)

「(質的研究が対象としているのは)人々の価値観、信念、希望、意欲、意図、意識、意味、意義、気持ち、感じ方などの主観的subjectiveあるいは間主観的intersubjectiveで、言語的かつ非言語的で、動的で相互作用的なものであり、それは、量的・客観的には測定しにくいと言える。」(p.24)

「個々の質的研究は多様であり、それはそれぞれの「パラダイム」に依拠している。パラダイムとは、その研究者とその研究が依拠する存在論、認識論、価値観などである。」(p.30)

「量的研究者は、パラダイムという概念を持っていないことが多い。かれらにとっては実証主義こそが普遍的に正しいのであって、それ以外の存在論や認識論はありえないし、仮にあったとしても、そのようなものを研究に持ち込むべきではないと考えている。」(p.30)

ーー引用 『質的研究の考え方―研究方法論からSCATによる分析まで―』大谷 尚 著(名古屋大学出版会)

「フィットする暮らし、つくろう」と質的研究の関係


化学メーカーで量的な研究開発をしていたときは、みんな共通のパラダイムに則っていることは暗黙の前提になっていて、収率、反応速度、製造コスト、接触角、摩擦係数など、すでにある評価軸に対して、高いとか低いを議論することがほとんどでした。

一方で、クラシコムで質的な商品開発をしている人たちの様子を間近でみていて、僕が驚いたのは、彼らは商品ごとに、何の軸で評価するのかを考え直すし、多くの場合、自分たちで軸を新しく設定している、ということでした。

秋冬モノのボトムスを開発するのでも、自分たちが何を好きで、何を欲していて、ということを言語化して、今の世の中にあるものでは実現できていないことのために、商品を開発しています。

量的な商品開発の場合は、新しい軸を設定することを「イノベーション」と呼んでいたのだと思いますが、質的な商品開発の場合は、軸が毎回違うのが当たり前のようでした。

結果的には「快適で」「おしゃれな」アパレルに仕上がるのだけど、開発段階では「快適さ」とか「おしゃれさ」みたいな評価軸が明確にあるわけではないので、「この商品のおしゃれさは、オシャレ度80点ですね」みたいな会話があるわけでもないです。

「私たちが感じる快適さとは何か?」「何を素敵と思うのか?」という言語にしづらいところを、かろうじて言葉にしながら共有して、商品の形にして、みんなで触りながら、ああでもない、こうでもないと議論しています。


これは評価の軸がない、という言い方もできるし、商品全体を、分解せずにそのまま評価しているようにも見えます。だから、グラフでの議論は必要とされていない。スタッフが、固有のパラダイムを設定しながら、商品開発をしています。

そして、まさにこのパラダイムの設定という考え方は、クラシコムがミッションに掲げる「フィットする暮らし、つくろう」を支える、「ほかの誰かではなく、自分のモノサシで満足できる暮らし」という考えと一致していて、クラシコムは、成り立ちからして、質的研究を志向している会社だったんだなあ、と気がつきました。

クラシコムに入社して2ヶ月くらいのタイミングで、「ある商品の名前を決めるときに迷ったこと」をスタッフが話しているときにとっていた僕のメモがみつかって、まさに、僕なりに量的、質的な違いを認識して言葉にしようとしていたようでした。

質的な世界のなかで、量的研究者は何をしようとしているのか

さて、そんな質的な世界に飛び込んだ量的な研究者の僕には、一体どんなことができるのでしょうか。

いま、データ分析基盤の立ち上げをやろうとしていますが、これは、質的な商品開発を量的に見てみたい、というモチベーションとは異なります。「その商品を買ったお客さんがどれくらい快適さを感じるのか測定できるか、考えてみましょう」ということがやりたいわけではないです。クラシコムの商品開発は、質的であり続けるべきであると考えています。

僕は、質的に生み出されたものの軌跡を、量的に議論することをやってみたいと考えています。質的な商品開発の結果が、売上の推移だったり、販売数お客さまの数の増減につながっていて、それらを分析したり、つながりをひもとく、という作業に興味をもっているし、質的なクラシコムのスタッフからも、興味を持ってもらえるのでは、と期待しています。

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