今回の朝礼では、「何のために生きるのか」「何のために働くのか」という、すべての人にとって根本的な問いが語られました。学生さんをはじめとする若いゲストも多く、これから社会人として歩み出す方々にも届くように、との意図が込められていました。
就職活動やキャリア選択を前にすると、人はどうしても「大変でないかどうか」「給料が高いかどうか」「就職活動という競争で称賛される“トロフィー就職先”かどうか」といった、分かりやすい条件で考えがちです。けれど、それだけで選んでしまうと、本当に自分が向かいたい場所を見失ってしまうこともあります。
この日、コウダプロ社長の幸田八州雄さんが語っていたのは、人生や仕事の目的は、楽しむことやお金を得ることではなく、「より高次元の自分に近づくこと」、つまりコウダプロが大切にしている「心の玉を磨く(※)」ことなのだ、というお話でした。
※心の玉(人間性の底にある玉)とは良心のようなもので、「磨く」と「鍛える」で進化していきます。心の玉は磨くにつれて透明度を増し、鍛えるにつれて強くなっていく、と幸田さんは捉えています。
こんにちは、プレスラボ(@presslabo)の池田園子です。月1回「コウダプロ朝礼レポート」を担当させていただいています。
「やべえ会社だけど無視できない」引力
朝礼の前半は、マーケティング領域の話からスタート。最初に幸田さんが紹介したのは、「愛、つまり好きの度合いは情報量に比例する」という考え方です。まったく知らないものには、親しみも愛着も湧きにくい。けれど、少しでも知っていると、見え方が変わる。ブランドづくりにおいて認知が欠かせないのは、そのためです。
一方で、情報量が増えれば何でもよいわけではありません。製品やサービスの品質・安全に直結するネガティブ情報は、ブランド価値を毀損します。けれど、品質や安全性を損なう類いの情報でなければ、「悪名は無名に勝る」という言葉通り、認知の広がりにつながることもあります。
コウダプロがnoteで続けている採用広報も、そうした考え方に基づくものです。中の人の人柄がそのままにじむような発信は、見る人の心に残ります。幸田さんは「『なんかバカっぽい社長だな』と思ってもらえたら、しめたもの」と笑いながら語ります。
きれいに整えるよりも、面白おかしく振り切っているほうがいい。すべての人に届かなくても、その独自性に強く反応する人がいる。コウダプロnoteは、そういう人との出会いを大切にする場でもあります。
この日の朝礼で話題に上がったのが、ある学生さんの感想文でした。そこには、コウダプロに対して「やべえ会社だ(笑)」と感じながらも、どこか引っかかる、無視できない、という趣旨のことが書かれていたそうです。幸田さんは、その表現をとても面白がっていました。
常識的には「少し変わっている」「理解できない」と感じる。けれど、心の反応は抑えられない。幸田さんは、人には顕在意識と潜在意識があり、さらにその奥に、自分でも言語化しきれない領域があると話します。
コウダプロの「心の玉磨き」という言葉も、初めて聞くと少し不思議に感じるかもしれません。けれど、その奥にあるのは、人は何のために生きるのか、仕事を通じて何を磨いていくのか、という根本的な問いです。
人生の目的は「楽しむこと」ではなかった?
いきなりですが、「あなたは何のために生きていますか?」と問われたら、皆さんは何と答えますか? 朝礼の場でメンバーから出てきた答えは、「楽しむため」「いろんな体験をするため」「使命を完遂するため」といったものでした。
幸田さん自身も、若い頃は「人生の目的=楽しむこと」と思っていたと振り返ります。けれど今は、その捉え方を少し修正している。「楽しむ」「幸せになる」というのは中間ゴールであって、究極の目的ではないのではないか、と。
ここで幸田さんは、「もし半年間軟禁されるとしたら、強制収容所とゲームセンター、どちらを選ぶか」と問いかけました。極端な例ですが、だからこそ人の判断基準が見えてきます。これを聞かれると、誰もが「ゲームセンター」と答えます。
でも、それは「ゲーセンが最高だから」ではなく、「より嫌じゃないから」選んでいるだけ。究極的な目的がなければ、人は結局、「より苦痛が少ない方」という相対的な比較でしか判断できなくなってしまうのです。
では、その究極的な目的とは何か。それこそが、コウダプロが大切にしている「心の玉を磨く」というあり方です。
お金は「衛生要因」だった
「心の玉を磨く」が人生のあらゆる目的の最上位にある、というのは精神論ではなく、ロジカルに整理できる話だと幸田さんは説明します。
マズローの欲求5段階説では、人間の欲求は、生理的欲求、安全欲求、所属欲求、承認欲求、自己実現の欲求へと積み上がっていくとされています。
幸田さんは、かつてベンチャー・リンクに在籍していたとき、創業者の小林忠嗣さんから「自己実現欲求の“さらに上”がある」という話を聞いたそうです。それが、「より高度な人間性を手に入れる」「より高度な魂になっていく」という階層でした。これこそが、コウダプロの言う「心の玉磨き」にあたるものです。
興味深いのは、この階層のどこにも「お金」が直接出てこないという指摘です。食事をする、安全な場所に住む、承認欲求を満たす。何をするにもお金は必要です。けれど、お金そのものは目的ではなく、各欲求を満たすための「手段」でしかありません。
ここで持ち出されたのが、「二要因理論」における「衛生要因」と「動機付け要因(満足要因)」という考え方です。
幸田さんが示した例が、レストランのトイレでした。トイレットペーパーがなく、ストックも0個だったら不満を感じます。では、20個積み上げてあったら満足度は上がるでしょうか。おそらく、そこまで上がらないはずです。
清潔さも同じです。汚いと不満だけれど、清潔だからといって特別な感動はない。これが衛生要因。一方、料理の美味しさや接客の温かさは、「美味しい」「心地よい」と感じるほどに満足度が上がっていく「満足要因」です。
お金は典型的な衛生要因。一定のラインまでは満足度を押し上げるけれど、そこを超えると、いくら増えても満足度はほとんど変わらない。世の中に「不幸なお金持ち」が山ほどいる理由はこれで説明がつく、というのが幸田さんの整理でした。
ただし、コウダプロは「お金は大事ではない」と言っているわけではありません。むしろ、本質を押さえた上で、みんなで豊かになろうという会社です。大事なのは順番。人間性が先、豊かさは後。この順序を逆転させないことが、すべての土台になります。
「どちらが高次元の自分に近づくか」が判断軸
人生の目的が「心の玉を磨くこと」だと定まると、迷いがなくなる。幸田さんはそう語ります。その例として印象的だったのが、プロ野球の話です。
練習はきついけれど一流になれる球団と、ゆるゆるだけど万年Bクラスの球団。多くの選手が前者を選ぶのは、その先に「メジャーで勝負したい」という目的があるから。目的があれば、人は厳しい環境を進んで選ぶ。逆に、目的がなければ、多くは楽な方に流れていきます。
コウダプロの判断軸も、これと同じです。仕事でも人生でも、迷ったときに問うのは「どちらが、より高次元の自分に近づくか」。これを共通の基準にすれば、意思決定もブレません。
幸田さん自身、20代の頃と50代の今では、人としてのあり方がまったく違うと振り返ります。若い頃は正義感も強く、感情で人にぶつかってしまうこともあった。けれど、年齢を重ねるなかで、感情に振り回されることなく、人と落ち着いて向き合えるようになった。今の自分のほうが、人間として一段階上に上がれている、と感じているそうです。
「給料が5倍になる代わりに、若い頃の感情的だった自分に戻ります」と言われたら、迷いなく断る。幸田さんはそう言い切ります。
お金ではなく、人間としての階段を上っていくこと。その方向に進む選択を、これからもコウダプロは積み重ねていきます。
(編集後記)
今回の朝礼を聞きながら、コウダプロが大切にしているのは、世の中の自然な摂理に逆らわないことなのだと、改めて感じました。
不自然なことや不誠実なことをすれば、どこかで必ず自分に返ってくる。だからこそ、自分の心を磨き、正直に、人と共に栄える道を選ぶ。その先に、仕事の成果や豊かさもついてくるのだと思います。
人間性が先で、成果は後。その順序を忘れないことの大切さを、改めて考えさせられる朝礼でした。
Text/池田園子