2月9日に行われたコウダプロの朝礼は、衆院選という身近な話題から始まりました。
とはいえ、勝った・負けたという短期的なニュースで終わることはありません。そこから話は一気に時間軸を引き伸ばし、「私たちはいま、どんな時代の波の上に立っているのか」という問いへと移っていきます。
「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」
戦後80年という節目に立ついま、私たちは安定期ではなく転換期にいるのではないか──。出来事を「点」ではなく「波」として読むこと。その視座の重要性が、前半のテーマでした。
後半では、その大きな歴史観を土台に、コウダプロ自身の10年をどう捉えるかという話へ。レイヤージャンプの設計、そして社長のものの見方だけに寄らない自律的なチームの在り方について、具体的な構想が語られました。
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こんにちは、プレスラボ(@presslabo)の池田園子です。月1回「コウダプロ朝礼レポート」を担当させていただいています。
前回(2026年1月)の朝礼noteはこちらから。
歴史は繰り返さないが、韻を踏む──波として時代を読む
衆院選の話題はやがて、「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という視点へと広がりました。出来事を「点」で追うのではなく、「波」として捉える。いま私たちはどの時間軸に立っているのかを考えることが大切だと語られます。
引用されたのは、文明の興亡を論じた歴史家アーノルド・J・トインビーの視点。経済に景気循環があるように、社会にも大小の波がある。短期と長期の周期が重なりながら変化は起きる、という考え方です。
蒸気機関からインターネット、そしてAIへ。技術革新という長期的なうねりの中に、私たちは立っています。さらに「戦後80年」という節目。安定期ではなく、転換期に差しかかっている可能性もある。
ここで強調されたのは、「いま何が起きているか」ではなく、「いまはどのフェーズにいるのか」を考えることでした。出来事を追うのではなく、構造を読む。その視座を持てるかどうかが、経営者的なものの見方を分けるのだと語られました。
「反対」ではなく原因を考える──戦争を構造で見る視座を
もうひとつの論点は、「なぜ戦争は起きるのか」という問いです。戦争反対と言うだけではなく、原因や構造に向き合うことが必要だと語られました。
国家の役割、日米安保体制、ロシア・ウクライナ戦争の力学。善悪の単純な二元論ではなく、構造として捉える視点が示されます。核兵器が使われていない理由も、感情ではなく力学で読み解く。
また、ヨーロッパの移民問題や人口構造の変化も取り上げられました。多様性とは単に広げることではなく、役割の違いを前提に秩序をどう保つかという問いでもある。
戦争の話は恐怖を煽るためではなく、「いまどのフェーズにいるのか」を読む思考法として提示されたものでした。
レイヤージャンプの設計──創業者依存から構造へ
歴史の大きな波の話から、視点はコウダプロという組織の設計へと移ります。創業から10年。20名規模の組織となり、「レイヤージャンプの設計が完成した」という言葉が出ました。
幸田さんがここでいうレイヤージャンプとは、創業者の感性頼みの会社から、仕組みで勝ち続ける会社へと階層を引き上げること。経営は最終的にプロデューサーの感性で走る。しかし同時に、その感性は年齢とともに劣化する可能性もある。その前提に立ち、幸田さんは「65歳前後を意思決定関与の上限とする」と宣言しています。
9年後に社長交代選挙を行い、退任。その後は4年間のみ会長として関わる。これは創業者依存のリスクをあらかじめ分解し、切り分けておく設計です。
創業者依存のリスク、判断力が年齢とともに鈍るリスク、そして権限が一箇所に集中することで組織が停滞するリスク。これらを構造的に切り分け、「自分がいなくても回る会社」をつくることが前提に置かれています。
その具体像として語られたのが、「オモロイこと考えるラボ(仮)」を中核に据えた、連続起業家集団としてのコウダプロです。一人のカリスマ経営者に依存するのではなく、社内に事業を生み出せる人材を育て、複数の挑戦が同時に走る状態をつくる。巨大化する事業もあれば、町内規模のビジネスもある。しかしどのレイヤーも、挑戦と育成の場として機能する。
つまりレイヤージャンプとは、経営を「個人の力」から「再現可能な構造」へと移行させること。その設計が、いま具体化されつつあるのです。ここからは設計した型が機能するかどうかを試すフェーズに入ります。
強い組織とは何か──勝手パスが回り続ける状態に
レイヤージャンプが会社の「構造設計」の話だとすれば、その構造を本当に機能させるのは、日々のチームの動きです。幸田さんはここで、ある種の「組織の危うさ」にも触れました。
もし会社が「社長の動きを追いかける組織」になってしまったらどうなるか。社長がいま取り組んでいるテーマに全員が集まり、社長が視線を外した瞬間、その領域は空白になる。こちらを向けば全員がこちらへ、あちらを向けば全員があちらへ──。一見、統率が取れているように見えて、実は脆い状態です。
強い組織とは、社長の視線とは別のレイヤーで「いま、ここを押さえておくべきだ」と判断し、自律的に動く人がいる状態だと語られました。これは、コウダプロ憲法でいう「勝手パス」(第三十一条)の状態そのものです。
勝手パスを要約すると…
「なぜ・何のために・何をなすべきか」が共有されているとき、指示がなくても自然にパスが回る。誰かが前に出ているとき、別の誰かが空いたポジションを埋める。ただし前提となるのは、メンバーの心が開いていること。心が閉じていれば、勝手パスは機能しません。
今回語られた「創業者依存からの脱却」とは、これから勝手パスを機能させるという話ではありません。すでに一定レベルで機能している勝手パスを、より高い次元で回し続けられる組織へと進化させるということでした。
たとえば、未来開発室でAI活用の調査を担うメンバーは、社長のいまの主戦場とは必ずしも重ならない領域で走っています。しかしそれは「勝手にやっている」のではなく、全体最適を見据えた動きです。誰かが前面に立っている間に、別の誰かが次の地盤を固めている。この「分散」があるからこそ、組織は厚みを持ちます。
設計図は描かれました。あとは、それを動かし続けられるかどうか。
レイヤージャンプとは、個人のカリスマ性に依存する段階を超え、構造として自律が機能する状態へ進むこと。その実装フェーズに、コウダプロは立っています。
(編集後記)
レイヤージャンプの話は、幸田さんの「自分がいなくなっても回る会社をつくる」という覚悟の話でもあったのだと思います。創業者の感性を大事にしながらも、それだけに頼らない形にしていく。簡単なことではないはずです。でも、その難しさを引き受けながら、少しずつ設計を進めている。その姿勢が印象に残りました。
歴史の話から始まり、気づけば会社の未来の話になっていました。構造をどう設計するかという話も、最終的には「誰がどう動くのか」という問いに戻っていく。その行き来が、とても印象に残っています。
歴史を学ぶのは、未来を怖がるためではなく、いまをどう見るかを整えるためなのかもしれません。次の10年は、自然にやってくるものというより、自分たちでつくっていくもの。そんなことを、あらためて考えさせられる時間でした。
Text/池田園子