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“対話”を生み出してこそ、メディアは真価を発揮する。inquireのライター・編集者、向晴香がオランダに見た希望

「晴れやかに香る」

彼女にぴったりの名前だと思った。

柔らかな目元、高く上がった口角に、弾むような声——

彼女が笑っていると、どこかホッとする。理由はうまく説明できないが、彼女の笑顔には人を安心させる“何か”があるように思うのだ。きっと根から前向きな人だったに違いない——じっくりと彼女に話を聞くまで、私は勝手にそう思い込んでいた。

インタビューが始まってすぐ、彼女は意外な言葉を口にした。

「昔から、ネガティブな人間でした」

トーンの低い、少し弱気な声。inquireのライター・編集者を務める向晴香の笑顔の裏に、私の知らない彼女を見た気がした。私がこれまで見ていたのは、一面でしかなかったのかもしれない。

編集やライティングという仕事を通じて、人の複雑さ、多様性に向き合おうとする彼女は、どう自分を構成してきたのだろう。笑顔の奥にある、本当の彼女を見つめるべく、インタビューを行った。

<PROFILE>
向 晴香(むかい はるか)
1993年石川県生まれ、同志社大学文学部文化史学科卒業。在学中にソフトウェアの翻訳アルバイトを経て、複数のウェブメディアにライターとして携わる。卒業後は教育系ベンチャーでオウンドメディア施策を担当した後独立。関心領域はメディア全般と海外コメディー、ビジネス、テクノロジー。趣味はラジオとハロプロ。
Twitter:https://twitter.com/m___hal
Facebook:https://www.facebook.com/haruka.mukai.56

「英語」に出会ったことが、自分の世界を広げるきっかけに

——向さんと二人で話すのは初めてですよね。インタビューできるのを楽しみにしていました!よろしくお願いします。

:私もあすかちゃん(筆者)と話すの楽しみにしていました。よろしくお願いします!

——向さんは、inquireでどのような業務を担当しているのでしょうか?

:inquireのオウンドメディアである『UNLEASH』を始め、クライアント案件のコンテンツ作りをしています。具体的には、nana music社の採用ブランディングを目的としたnoteの運用、工学院大学の卒業生インタビューや、テクノロジー領域の経営者と人材をつなぐビジネスコミュニティ『FastGrow』での執筆などです。

——ライター・編集者の道を選んだということは、小さい頃から文章に触れるのが好きだったのでしょうか?

:正直、そこまででしたね……。小学生のときは、さくらももこさんのエッセイが好きで、その文調を真似して作文を書いたこともありましたが、中学生からは自然と文章を書くことから離れて行きました。

そもそも「書く」ことに自信があったわけでもなく、友達とのメール以外で自分から文章を書く機会もなかったので。

——意外です……! 向さんは、日々「書く」ことに真摯に向き合っているイメージがあるので、昔から文章に興味があったに違いないと思い込んでいました。

:どちらかと言えば、学生時代は「書く」ことよりも「英語」に興味がありましたね。小論文は3行しか書けなかったけど、英語は話すのも書くのも好きで。高校生のときは、率先して英語のニュース記事を読んでいました。

——私も高校生のときは「英語」が好きでした。母国語以外の言語に触れることで、自分の世界が一気に広がった感じがして……。

:まさにその通りです。この頃から、好きな英語をもっと学ぶために、大学では留学をしようと決めていました。ポッドキャストで英語のシャドーイング、オンライン英会話の受講、留学生との合同授業を履修……。大学に入学してからは、留学のために毎日英語の勉強に励みました。遊ぶことよりも何よりも、英語が優先でしたね。

——その甲斐あって、留学には行けたのでしょうか?

:大学2年生のときに、アメリカのオレゴン州に1年ほど留学することができました。現地の大学に通いながら、学校の太鼓クラブにも所属し、軽犯罪を犯した人たちが収容される刑務所で演奏をしたこともありましたね。演奏後には彼らと話すこともできました。

——日本ではなかなか経験できないですよね。ただ、軽いとはいえ、犯罪を犯した人たちと話すのは怖くなかったですか……?

:最初は緊張しましたが、実際に話してみるとすごく楽しくて。とある男性が「僕も今、日本語を学んでいるんだよね」と楽しそうに話してくれて、「ああ、この人も自分と同じように言語を学ぶ喜びを共有しているんだな」って思ったんです。今、思い返しても貴重な体験でしたね。

——言語を超えて、共感できる気持ちがそこにあったんですね。

:人と接するときは、勝手にレッテルを貼らず、相手のことをちゃんと見つめようと思いましたね。それが例え、「お金持ち」とか「美人」とか、世間的には良しとされるレッテルだとしても、相手を単純化していることには変わりないと思うので。
相手のことを深く知るためには、自分も相手に対してオープンでいる必要がある。「これいいね!」とか「面白いね」とか、自分の感情をダイレクトに伝えるようになりました。周りに影響されて、身振り手振りも大きくなった気がします(笑)帰国後は周りに「明るくなったね」とよく言われるようにもなりましたね。

自分に何ができるのか?手探りでたどり着いた「編集」の道

——帰国後も、やはり英語の勉強を?

:英語の勉強は続けましたね。ただ留学の経験を経て、英語だけできても意味がないと気づいたんです。大切なのは、英語を使って何ができるか。その答えを探すために、手当たり次第に英語が使えそうなインターンに応募したんです。「とにかく自分にできることを見つけなければ」と焦っていましたね。

——英語の学習を“目的”から“手段”に変えていく必要があると。応募したのなかで「自分にできること」は、見つけられましたか?

:血眼になって大学の求人サイトをチェックしていたときに、小さなIT企業が翻訳アルバイトを募集しているのが目にとまりました。海外ソフトウェアのマニュアルを日本語に訳す仕事です。当時、勉強の一環としてIT系のニュース記事も英語で読んでいたので、直感的に「私にもできるかも」と思って応募したら、受かりました。

——ITの翻訳となると、かなり難しいイメージがあります。

:正直、最初の頃はどう訳せばいいのか全く分かりませんでした。ただ、社員のかたから「時間をかけてもいいから」と言われていたので、とにかく丁寧に翻訳することを心がけていましたね。英単語の概念から調べたり、基礎的なITの本を読んだり、日本人のエンジニアのTwitterアカウントを見て、ITの専門用語をどんな風に使っているのかを参考にしたり——丁寧にやればやるほど周りから褒めてもらえたので、途中からはすごく楽しかったです。

——言葉を丁寧に扱う、というライター・編集者の基礎がかたち作られたんですね。翻訳アルバイトはどれくらい続けたのでしょうか?

:1年くらいですね。翻訳するマニュアルもある程度パターンが決まっていたので、一通りできるようになると、あとは同じことの繰り返しになっちゃって。このままこの仕事を続けても、きっと自分には意味がない。そう思って、新天地を探すことにしました。

——自分を成長させるためにも、新しいことに挑戦しようと。翻訳アルバイトの次は何を?

:とある求人サイトで、テクノロジーメディア『GIZMODO(ギズモード)』で翻訳ライターを募集しているのを見つけました。ウェブメディアに興味はなかったけど、翻訳ならできると思って応募したんです。運良く受かって、海外メディアの記事を翻訳するところからスタートしました。最初はメディアづくりにも興味はなかったのですが、たくさんのコンテンツに触れるうちに次第に興味が湧いてきて……。

——翻訳だけではなく、もっと深いかたちで関わりたいと思うように?

:そうですね。大学を休学していたこともあって、翻訳のアルバイトではなく、編集のインターンができないか直談判したんです。これも運良くOKをもらって、ネタ探しから取材音源の文字起こし、記事の執筆や取材にも同行させてもらうようになりました。

いろいろ貴重な経験をさせてもらったけど、なかでもSIGGRAPHのカンファレンスで『インサイド・ヘッド』の共同監督にインタビューをさせてもらったことは印象的な思い出ですね。

——有名なディズニー映画じゃないですか!

:今考えても、本当に貴重でした。常に新しい発見があって、その興奮を目の前の記事作りにぶつけて、世の中に届けられる。短い期間ではあったけれど、毎日が充実していたんです。

大企業への就職、英会話メディアの編集を経てinquireの門戸を叩く

——大学卒業後は、学生時代の経験を活かしてライター・編集者の道へ進まれたのですか?

:いや、卒業後は大手IT企業へ就職したんです。ITに興味があったし、安定的な大きい会社に入るのが一番かなと思っていたので。結局、大企業特有の空気に馴染めず、半年も経たないうちに辞めました。その後、オンライン英会話サービスを運営する会社に転職し、そこでオウンドメディアの編集を担当するようになったんです。

——学生時代の経験を思い出して、その道へ戻ったんですね。そこではどんな仕事を?

:記事を書くだけでなく、新規の顧客を獲得するためのマーケティング施策を行っていましたね。定められたKPIを達成するために、どんな記事をどれくらいの本数で出していくべきか。簡単に言うとコンテンツの管理ですね。直属の先輩が優秀なかたで、仕事ができない私にいろんなことを教えてくれました。タスクの管理や目的の設定、それを達成するための姿勢や、PDCAの回し方まで全部。

——社会人としての基礎を積み上げることができたんですね。その仕事を経て、inquireに入ったのでしょうか?

:そうです。1年ほどそのメディアで働いているうちに、もっと編集やライティングの力を身に付けたいなと思うようになって、当時編集者を募集していたinquireに話を聞きに行ったんです。以前からいろんな記事を読んでいたので、ジュンヤさん(inquire代表)のことは知っていました。明らかに質の高いコンテンツを作っているし、ここでなら自分の力をもっと伸ばせるかもしれない。そう思って、応募を決意したんです。

——実際に入ってからすぐに、冒頭で話してもらったような仕事を任されるように?

:最初のほうは前職でも仕事を続けていたので、主に単発のライティング案件を受けていましたね。inquireでも活発に働くようになったのは、フリーランスになった2017年の9月からです。「編集の仕事もしたいです」と申し出て、そこから徐々に仕事の幅が増えていきましたね。

——任される仕事が増えたということは、それだけ向さん自身の力量が上がったからだと思います。inquireに入ってから、具体的にどのようにスキルアップしていったのでしょうか?

:チームメンバー推薦の本を読み込んだり、編集の方からもらったアドバイスをシートにまとめたり、自分の担当している領域のウェブ記事や書籍をたくさん読んで、良いと思った構成や表現をメモしたりしています。ビジネス本だけでなく小説も読んで、表現や言葉を参考にすることもありますし、日常の情報収集も欠かさないようにしています。

——いろんなジャンルの情報をインプットするのは大切ですよね。その知識が取材に役立つこともありますし。

:その通りだと思います。インタビューで上がったトピックに対して、芋づる式に出せる情報を増やすためにも、得た情報を頭のなかで整理しておく習慣づくりは本当に大切だなと思います。

——いいコンテンツを作るためにも、日々の努力を欠かさない。個人的に、その姿勢がinquireの強みでもあるように思います。

:それは同感ですね。inquireはとにかく妥協しないチームだと思っています。生半可な仕事をしないために、惰性でできる仕事を取らないこと。自分たちの持つビジョンに向かって、一緒に仕事をしたいと思う人たちと手を取り合うこと。それらが徹底されているので、このチームでは中途半端な原稿は出せないです。

——チームとしての意識が、クオリティの高いコンテンツを生み出すことに直結しているんでしょうね。

:クオリティへの徹底したこだわりはあるけれど、無意味に怒る人はいない。“柔らかさ”と“硬さ”の絶妙なバランスが取れている組織だなと思います。どう接すれば相手がベストな作品をだせるのか。それを愚直に考えているところがinquireの強さだと思います。

オランダへ移住し、メディアのあり方を追求していきたい

——仕事に対して一切の妥協を許さないチームで働くなかで、向さん自身が成長した部分はありますか?

:ジュンヤさんと月1で面談をするたびに「向ちゃんは、何をしたいの?」と聞いてくれるので、それを考える癖がつきましたね。それまで自分がやりたいことについて深く考えたことがなかったので……。

——分かります! ジュンヤさんと話すと、「あ、自分はこんなことを思ってたんだ」という気づきを得られますよね。結局、向さんのやりたいことは見つかりましたか?

:すぐには出てこなかったのですが、inquireのメンバーに揉まれているうちに、自分が「メディア」について興味があることに気がつきました。

——メディア、ですか。

:学生の頃、私は“多様性を重んじる”アメリカに惹かれていました。しかし、同国では今や分断が叫ばれ、大統領は多様性を排除しようとしている。その背景の一つに「メディアの課題」があると思ったんです。

——移民や人種の問題など、以前にも増して深刻になっている気がしますね……。「メディアの課題」について詳しく聞かせてください。

:SNSでは良くも悪くも人の感情を刺激するものがシェアされやすく、過度に人の不安や怒りを増幅させるコンテンツが広がっていったように思います。アルゴリズムによってユーザーが見たい情報のみ選別され、それ以外の情報から気づかぬうちに遮断されてしまう、フィルターバブル現象も深刻化してしまっている。不安や怒りで結びついた人たちの間では強い帰属意識が生まれ、ますます分断が進むという悪循環を生み出しているんです。

——Webでもメディアが乱立する今、きっと誰もが陥る危機ですよね。アメリカだけではなく、日本でも同じことが言えそうです。

:メディアが原因で人々の間に議論を生まなくなるのは良くないと思うんです。たしかに多様な人と共に生きるのは大変だし、面倒なこともたくさんある。けれど、同時にとても豊かなことなのだと留学を通して感じました。自分と意見が違う人たちの意見を聞くのは、本来面白いはずなんですよ。だからこそ、歩み寄るための面倒臭さから逃げずにいたい。

——多様な人と生きるのは、豊かなこと。私も学生時代に留学をして、いろんな国の人と接した経験があるので深く共感します。メディアと言えば、向さんは『UNLEASH』で、オランダのメディアの取り組みについて取材をしていましたよね。

:メディアについて調べているうちに、オランダの取り組みが面白いことに気づいたんです。日本ではあまり発信されていないので、自分の足でオランダに赴き、独自に取材することを決めました。全部で5件取材をしたのですが、特に印象的だったのはオランダのジャーナリストグループ『BureauBoven』のインタビューですね。

——記事読みました。冷戦下のヨーロッパにおいて、自由を求めて抗議運動に参加した個人の物語を紹介するポップアップミュージアムを開催していたとか。

:そもそも2次元じゃなくて、3次元的にメディアを展開するところが面白いですよね。テキストだけではなく、現地で使われていた物や音も展示されていました。きっと他人同士でも、あの空間にいることで生まれる会話ってあると思うんです。

——メディアがきっかけで、新しいコミュニティが生まれる。

:意見が違う人たちでも、家族のことを大切にしたい思いや兄弟を慕う気持ち、仕事の大変さなど、何かしら共有できる感情があると思うんです。その気持ちに国や人種の垣根は存在しない。そうした感情によって、思想や価値観の対立を煽ることもできるし、その壁を超えた対話を促すこともできる。今メディアがやるべきなのは間違いなく後者だし、そこにメディアの価値があるのではと思うんです。

——『BureauBovenブルーボーベン』のような取り組みを日本のメディアも挑戦していけるといいですよね。

:本当にそう思います。オランダの取り組みをもっと深く知り発信していくためにも、来年からはオランダに移住しようと考えているんです。向こうに住みながらメディアの仕事もする。もちろん、inquireの仕事も続けていくつもりです。今回の取材は、その下見も兼ねていました。渡航費と当面の生活費、開業資金が貯まったら出発する予定です。

——向さんが発信するヨーロッパ諸国のメディアのあり方、楽しみにしています!最後に、向さんがinquireで一緒に働いていきたい人について教えてください。

:inquireを形容するのにぴったりな「動的オーセンティシティ」という言葉があります。未来はこうあるべきだということに忠実で、そこにいたるまでに自分たちのあり方をどんどん変えていくという意味です。好奇心と、より良い未来への希望を持ちながら、現状に対してクリティカルでいられる。そんな人と一緒に働きたいですね。

ネガティブの裏返しは、向上心かもしれない。

彼女の話を聞くなかで、そんなことを思った。現状に悲観することはあっても、その焦りをバネに、さらなる高みを目指そうと挑戦し続ける。彼女の笑顔にどこか安心するのは、そこにたしかな“強さ”があるから。

今なら、そう断言できる気がした。

(文:なかがわ あすか)
(写真:金洋秀)

inquireでは、大変ありがたいことに案件のご相談やお問い合わせが増えてきており、さらなる事業の成長や編集の可能性の追求のために、共に働く仲間を募集しています。
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