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キリヒラ#11 原口寛大さん~あの先輩に聞く!キャリアを切り拓いた瞬間~「自分だけのタグ付け」できりひらいた!


こんにちは!博展採用担当の田崎です。大人気企画、キリヒラの第11弾をご紹介します。博展社員を知っていただけると嬉しいです!

<インタビュアー紹介>

茂野(しげの):入社5年目。1年目は展示会部署へ配属。そこからTEX→スプラシアと想像もしていなかった部署を転々としています。今はEXPOLINE案件のディレクションを担当しています。最近はサッカーアニメのブルーロックにハマってます。山本(やまもと):展示会の営業から始まり、さまざまな部署を転々としながら配信を軸に仕事をしています。最近のおすすめコンテンツは東京03とCreepynutsの武道館でのコントライブ「FROLIC A HOLIC」。この世にはこんなに面白いものをつくれる人がいるんだと、少し落ち込みました。

茂野)4年目社員(取材時)が、さまざまな先輩にキャリアを切り拓いた瞬間を取材する”キリヒラ”シリーズ。今回は原口寛大さんにインタビューをさせてもらいます。

山本)なぜ今回取材をお願いしたのかと言うと、3年前コロナで営業活動がストップしたときに異動になり、僕らは同じチームでオンラインの配信やマーケみたいなことをしていて、その時の上司が寛大さんだったんですよね。

原口)自分にとっても、初めて課長になった際のメンバーだったから、非常に印象に残っているよ。

山本)それもあって、今回二人の共通の人物を探した時に「寛大さんが楽でしょ!」と。

原口)楽って(笑)!

山本)寛大さんは会社で結構取り上げられていますが、今回は個人キャリアについての掘り下げをできればと思います!

1.入社までの経歴や趣味について

山本)それでは、これまでの経歴について教えてもらえますか?

原口)生まれは長崎なんだけど、1歳ぐらいから東京に引っ越しました。親が転勤族だったので、自分は4人兄弟の一番下なんだけど、実は全員生まれたところが違うという(笑)。

茂野)兄弟4人もいるんですか。

原口)そう。大学では、建築人間工学のゼミに入りました。真面目な話をすると、その時、歩きスマホが社会問題になっていて、その危険性について、品川駅や大学構内で実証実験をして、どういうシーンが一番危険なのかを分析して、発表したみたいなのが卒論です。

山本)何となく危ないと言われているやつを、なぜ危ないのかを分析したんですね。

原口)そうそう。「全部危ないと言うけど、色んなパターンがあるじゃん」みたいなのがあって、それをやった。

茂野)寛大さんっぽ過ぎる。博展に入ったきっかけは何だったんですか?

原口)2015年に新卒で入社したんだけど、就活をする中で、ディスプレイ業界がいいなと思い、実は第一志望が業界最大手の別の会社だったんだよね。その他、住宅メーカーや建材メーカーなども受けたり。
その辺りをバーッと受けた時に、「なんか面白そうな会社」というだけで博展を受けたんだけど、 会社説明会に行ってみたら、「会社の規模に対して、めっちゃ社員がいるな!」と思って。当時、社員が300人もいなかったのに、会場に先輩社員が30~40人位いて。最初は「大丈夫か?!」と思った(笑)。

山本)「オフィスが空っぽなんじゃないか」って(笑)。

原口)自由に話せるフリートークコーナーで、木島さん(現UNIT2のプロデュース部長)と話していたら、「うちの会社は、毎月文化祭をやっているような会社」と言っていて、そこですごくイメージがついて。気づいたら、いつの間にか入社していました(笑)。

山本)あの会社説明会は、ズルいですよね(笑)。楽しそうな感じが。

茂野)ちなみに、趣味は何ですか?

原口)趣味は色々あって…。キャンプ、ゲーム、ボクシングは3年やっていたり。あとは、ダイビングで、コロナ前は毎年海外に行ってました。アシカに会いに、メキシコの無人島に行ったりしたよ。

山本)多趣味ですね!

2.入社後のキャリアについて

茂野)寛大さんは、営業職で入社したんですか?

原口)最初は営業として、3年間、展示会事業部にいました。製薬会社の商談会や自動車部品メーカーのモーターショーなどを担当しました。

茂野)プランナーのイメージが強いから営業のイメージがあまりないです。

山本)何年目でプランナーになったんですか?

原口)4年目のタイミングでなりました。でも、実は当時「やれるだけやって3年で博展を辞めよう」と思っていたんですよ(笑)。

茂野)話は聞いたことあります(笑)。

原口)3年で節目だな、みたいなところがあって。BtoB系の展示会・商談会をずっとやっていたし、3,000~4,000万円規模の案件をメインで担当できていたから、「展示会はもうやり切ったかな」と思えてきて。

山本)なるほど。そこから、辞めるの辞めたのはどうしてですか?

原口)3年目の終わり頃、最後の提案にしようと思っていた大手通信企業の案件で、プランナーの福坂さんと初めて一緒に提案をすることになったんだよね。
それまで、プランナーが入った提案は殆どしたことがなかったけど、その案件はコンセプトやテーマから提案する内容だったので、福坂さんに入ってもらいました。デザインの上位概念みたいな話をしていた時に、「こんな領域の仕事をしている人たちがいるんだ」と感じられたんだよね。そんな時に「来年からプランナーはどうだ?」という話をもらって、残ることになりました。

茂野)寛大さんから希望したんですか?

原口)希望したわけではなく、辞めると伝える直前に話をもらって。ただ、転職先が内定していたから「どうしよう…」となり、社内で面談を重ねて。。。

茂野)転職先、決まってたんですか?!

原口)うん。「3年で辞めないといけない」という強迫観念みたいなものが、当時はあったのかもしれない。結局、その案件を通して、福坂さんとの実力の差がめちゃくちゃあるなと感じて、「この距離感がわかっただけで、博展にいる価値はあるな」と思えて。それで、プランナーだったら福坂さんもいるし、色々教えてもらいながらやっていこうというので、4年目からプランナーになりました。

山本)プランナーはどれぐらいやっていたんですか?

原口)5年目で課長になるまでプランナーだったよ。
コロナ禍で「ヤバいぞ」となり始めた2020年の3月頃に、プランナーのチャットで色々とオンラインイベントの情報共有をする中で、「うちも何かやれるんじゃない?」みたいな話になって。
当時、同じプランナーチームにいた中條さんにチラッと相談したところ、「何かやろうとしている人たちがいるみたいだぞ」という話を聞いて、「じゃあ、混ざるか」と。そこから「配信をやってみよう」とスタートしたのが、最初の配信のTEX(THINK EXPERIENCE)かな。

茂野)で、メンバーが足りないとなって、僕らがアサインされた。

山本)2回目の配信から呼ばれましたよね。

原口)そうそう。2020年5月に1回目をやってみたら、意外と人が集まって上手くいって。あの時は、オンラインでセミナーをやっているというだけで人が集まった時期だったね。

山本)「ウェビナーって何?」って、みんなが言っていましたよね。

原口)そうそう。自分たちも何が出来るかわからない中でやっていて。会社としても「これは面白いぞ」となったのか、「来年からそういう感じのチームができて、そこのリーダーをやってもらうことになったから」と言われて。今までないポジションだったから、何をするか全然掴めず。「メンバーも二人入れるから」と言われて、「メンバーって誰だろうな」と思いながら(笑)。

茂野)元々、リーダーをしたい欲はあったんですか?

原口)いや、リーダーをしたい欲はあまりなかったかな。新しい面白いことをやれればいいタイプだったので、マネジメントをやるのは自信がなかったですね。

山本)最初「マネジメントやりたくない」って言ってましたもんね(笑)。

原口)そうだね(笑)。“縛るようなマネジメント”をしたくない、というのがあったんだよね。
ただ、他の職種みたいにアサインされたり案件ベースの仕事ではないから、放っておいたら何も無く一年が終わってしまうことに気付いて。三人分の稼働分を埋めないといけないのに、何をするか決まってない、となった時に、一番焦った思い出があります。

山本)それ、ありましたね。「何する?」となった時に、何から始めればいいのかって。

原口)「今何が足りないんだ?」みたいな。

茂野)そして、その次はマーケティング部に?

原口)そうだね。事業統括局を経て、今はマーケティング部のコンテンツマーケティング課で課長をやっています。
部のミッションは、ノーコンペで仕事をもらうこと。博展はコンペや飛び込みなど、いわゆる足で稼ぐ営業スタイルを50年近く貫いてきた会社なので、それをそろそろ変えたいよね、という所から始まって。今やっていることは、コーポレートサイトの実績やストーリーの更新、セミナー配信、メルマガ系のダウンロード用の資料作りなどの管理。あとは、マーケ部全体のKPI管理もしています。

3.キャリアを切り拓いたタイミングについて

山本)それでは、キャリアを切り拓いたきっかけなどについて教えてください。

原口)会社を辞める辞めない騒動があって、会社に残るとなってプランナーに異動したんだけど、そのタイミングで、ちょうど「効果測定プロジェクト」というのにアサインされて、社内にそういうことに関する知見が全然無いことに気付いたんだよね。

茂野)「効果測定プロジェクト」というものがあったんですね。

原口)そう。ビジョン実現のためにいくつかプロジェクトがあった中の一つで、イベントの成果をどうやって測るか研究していたんだよね。
大学の時に近いことをやっていたから、何となくやり方がわかるし、「できそうだな」と。同時に、これは自分の強みだと思ったし、会社のパズルの空いている部分が見つかった気がした。

山本)なるほど。大学の頃の研究と繋がっているんですね。

原口)それで「この分野は、まだ会社に得意な人がいないんだ!じゃあ、ここやります!」と。
そしたら、あれよあれよと色んな人から相談を受けるような立場になって。“効果測定”とかのユニークポイントが自分に付き始めて、社内で「原口と言えば#〇〇」みたいなタグ付けをされるようになったんだよね。

山本)「〇〇と言えば」みたいなタグが付いてくると、自分がやる意味みたいなものが見えてきますよね。手一杯だから振られる仕事と、自分じゃなきゃできない仕事では、全然違いますもんね。

原口)そうそう。今は「配信と言えば山陸」だから、相談が来るでしょ?

山本)そうですね。その方がやりがいも感じるし、先輩であっても「配信だったら俺の方が知っている!」と思いながら仕事ができます。

原口)そうだよね。武器を手に入れたら、他の職種の人たちと、違うベクトルで対等に話せるようになる。自分も、福坂さんからも効果測定とかSNSを絡めたプランの相談をもらうようになった時、「これはいけるぞ」と思った。会社のパズルの空いているところを埋めていったら、結構ユニークな人になれるんだよね。

4.今後のやってみたいことや展望について

茂野)じゃあ、最後に、今後やってみたいことや展望について教えてください。

原口)営業やプランナーだった時は、「自分が大きい案件をやらなきゃ」「自分がデカい実績を作らなきゃ」みたいな、“自分が自分が”というのがあったけど、最近は「“自分が”じゃなくてもいいな」と思い始めたんだよね。

茂野)というのは?

原口)博展には、すごく個性の強い人たちが沢山いるじゃない? すごくユニークで、面白い人たちがいて、自分は同じベクトルだと全然勝負ができないと思う。
だけど、「この会社にはこんなに面白い人がいて、一緒に何か面白いことができるよ」と社外に伝える人があまりいない気がして。だったら、自分がそれを伝えて、お客さんが「博展とやりたい」と言ってもらえるような橋渡しをしよう、という想いでやっているんだよね。

博展って、擬人化すると“すごく色々できるのにシャツが出てる”みたいな人なのよ(笑)。スポーツ万能だし、絵も描けるし、頭もいい。けど、チャック開いてるとか、チャリの鍵を失くすみたいな。だから、ちゃんと鍵を管理したり、「シャツ出てるよ」と言うのが自分の役目なのかなって、今は思っている。

山本)何となくわかります(笑)。

原口)会社で仕事をしていると、「この内容って誰に相談したらいいんだろう」「パートナーでも満足いくクオリティではないな」って、社内のパズルの空いている場所が見えることがある。そういうところが実はチャンスなんじゃないかなと思う。

山本)難しい話ですけど、「この造作を円形にするなら、円形にする金額をWEBに回した方が効果的なんじゃないか」みたいな話って、提案の中で絶対にあるじゃないですか。だから、そこの最適解を出せるようになっておいた方がいいんじゃないかなって。その根拠も持てるようにならないといけないけど。

原口)そういった意味でも、マーケティングを自社でやって、その知見を持つメンバーが、自分達の経験を元に話せたりすると、より強くなってくるかなと思っている。

山本)配信も、そうでしたね。

原口)そうだね。Experience Marketingを語る人たちが、マーケティングがわからない、自社でマーケティングをしていないというのは、本末転倒なので。まずは自社のマーケティングを、というのが、博展の大事な所なんですかね。
それにしても、1年目の自分からすると、考えられないことをやってるな。展示会の営業で、飛び込みをしていた頃から考えると。

茂野)僕もWEBディレクターをやるとは思ってなかったですからね。

山本)僕は機材オペやってますからね。

原口)そういう面白さは、うちにあるよね。

山本)そうですね。何でもあり。何でもやっていいし、1回やっちゃえば「やれ、やれ」になるから。

原口)そうそう。何かあったら色んな人に相談出来るのは、それぞれのスペシャリストがちゃんと育っているということ。育つというのは、中條さんみたいに勝手に育つ人もいるし、配属的にたまたま育つ人もいるけど、「意外とうちってキャリアの幅が広いな」みたいなのは思いますね。

山本)若手にもそう思ってほしいですよね。

原口)そうなんだよな。

茂野)これまで、やりたいと思ったことは、周りに言って動かしてきた感じですか?

原口)勝手にやるのが多かったですね。

茂野)コツは勝手にやる?(笑)

原口)まずは勝手にやるんです。新サービス『イベシル』を開発した時も、水面下で進めて、リリース直前に承認を取ったり(笑)。

山本)なるほど。あと、勝手にやってもサポートしてくれる人を見つけておくのも大事ですよね。

原口)そうね、ちょっとずつ周りに言っておく。

山本)僕も寛大さんとか中條さんが後ろに控えていたから、「何をやっても最終的に俺のせいにはならないから、いっぱいやっちゃおう」って、色々やっていましたね(笑)。

原口)おい!!(笑)まあ、楽しかったけどね。

ーーインタビュー、ありがとうございました!

あとがき

茂野)勝手にやってもそれがちゃんと会社に必要であることであったり、形になるまで実現することは本当にすごいなと印象に残りました。インタビューを通して何事も俯瞰して見るのが上手いんだなと思っていました。ありがとうございました!またキャンプのおすすめも教えてください!!(笑)

山本)寛大さんはその時々会社に必要なポイントを抑えていて、そこを実現させる能力が高い人だなと思っています。
それもあっていつ見ても違う仕事、新しいポジションを担ってる人だなとインタビューを通して改めて認識できました。
次に寛大さんが何屋さんになってるのか楽しみです!

(取材、編集:経営戦略局 村松、タイトル画像編集:松本哲弥)

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