【グスク社員インタビュー】多彩なキャリアの先にあった“会社を大きくする仕事”。異業種から転職を決めた野村さんが、グスク入社を決めるまで
グスクで働く社員のみなさんに、仕事のことやこれまでのキャリア、そしてこれから描いている未来についてインタビュー!今回ご紹介するのは、2024年9月に入社し、現在は経営企画室・人事・オペレーションと幅広い領域を担っている野村さんです。前編では、野村昂生さんのこれまでの歩みや仕事観、そしてグスク入社を決めた理由についておはなしを聞きました。
野村昂生さん
2024年9月入社。経営企画室 室長、人事部所属、オペレーション課チーム長を兼任。前職では約10年半、冠婚葬祭業界の企業に在籍し、葬祭、ブライダル、飲食、人事など幅広い業務を経験。1991年1月28日
目次
- 約10年半、1社の中で“企業内転職”のようなキャリアを歩んできた
- あるきっかけに芽生えた「おもてなし産業」への想い
- 葬祭、ブライダル、飲食、人事。幅広い経験が今につながっている
- 会社の未来を考えたとき、次の一歩を踏み出したくなった
- 大学時代から続く“恩師”との縁
- 大城さんとの再会と、グスク入社の決め手
- グスクでは現在、未来の幹部候補を募集中です!
約10年半、1社の中で“企業内転職”のようなキャリアを歩んできた
――まずは自己紹介からお願いします!
野村 2024年9月に入社しました。最初の1か月はアルバイトという形で関わって、10月から社員として正式に入社しています。
ーー前職ではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?
野村 新卒で入社した冠婚葬祭に関わる会社で、グスクに入社する1か月前の2025年8月まで、約10年半働いていました。最初は葬祭と営業の合同部署で、ご葬儀に関わる仕事を1年ほど担当しました。葬儀場を地域の方に知っていただくためのイベントを企画したり、積み立ての説明やご入会のご案内をしたり、お見積りを作成したり。葬儀の窓口と営業を兼ねたような仕事でしたね。
そのあと、結婚式のプランナーを約5年、新規事業の飲食店経営を約3年、人事として新卒・中途採用を約3年担当しました。
――1社にいながら、本当に幅広い業務を経験されているんですね。
野村 社内では“企業内転職”みたいだなと思っていました(笑) あまり誰も経験していないような部署も担当しながら、約10年半勤めました。いろいろなご縁があったなかで、有給消化中に「グスクいいんじゃない?」と大城さんに声をかけてもらったことが、入社のきっかけです。
プランナー時代の野村さん
ーー大城さんとはもともと接点があったんですか?
野村 最初に知り合ったのはお互い学生の頃で、20歳くらいだったと思います。とはいえ、頻繁に会っていたわけではなくて、年に1、2回、誰かを交えた食事の場で一緒になるくらいでした。グスクを経営していることは知っていましたが、どんな事業内容で、どんな規模感なのかまでは知らなくて。しっかり話をしたのは、前職を退職する頃のタイミングでしたね。
あるきっかけに芽生えた「おもてなし産業」への想い
ーーそもそも、なぜ最初に冠婚葬祭の会社を選ばれたのでしょうか?
野村 理由は2つあります。1つ目は、就職活動の軸として「おもてなし産業に携わりたい」という思いがあったことです。いい接客をする、目配り・気配り・心配りができる。そんな会社に自分がいられたらいいなと思っていて、ブライダル系の企業やホテルなどを中心にエントリーしていました。
もう1つは、大学4年生の春に父が突然亡くなったことです。病気はしていたのですが、その深刻さを知ったのは亡くなる前日でした。父は現役の銀行員で、1年間通院しながら闘病していたんですが、余命のことを知っていたのは本人だけでした。亡くなる1か月前に母へ、2週間前に兄へ伝えていて、私や弟、祖父母は前日まで何も知りませんでした。呼ばれて父に会いに行き、実は……という話を聞いて、その翌日に亡くなってしまったんです。
ーーとても突然のことだったんですね。
野村 父は何でも自分で段取りをして、親戚の集まりから仕事まで、全部把握していたような人でした。そんな父が急にいなくなって、家族は本当に大慌てで。身内にとって初めての葬儀が父の葬儀で、しかも父は現役で働いていたので、2日間で750名もの方が来てくださって。家族では200名くらいの規模を想定していたんですが、全く追いつかなくて。父が亡くなった悲しみのなかで、その対応にも追われる状況でした。
そんなときに、担当してくださった方が本当に素晴らしくて。弱っている自分たち家族にとって救世主のような存在でした。葬儀という仕事そのものというより、「こんな人になりたい」と強く思ったんです。それがきっかけで、自分の中の“おもてなし産業”の中に、葬儀という仕事が加わりました。
ーーそうした原体験が、仕事選びに強くつながっていたんですね。
野村 そうですね。あとは、大学時代に取り組んでいた活動の中で出会った企業の社長に、将来何がしたいのかと聞かれたことがあって。父の話や冠婚葬祭への関心を伝えたところ、「うちに来たらいいじゃないか」と声をかけてくださったんです。それがきっかけで、最初の会社に入社することになりました。
葬祭、ブライダル、飲食、人事。幅広い経験が今につながっている
ーーそこから約10年半新卒でご入社された会社に在籍されていますが、こんなに長く勤めると思っていましたか?
野村 当時は就職氷河期の最後の方で、1社で長く働く空気感がありました。100社エントリーして、100社履歴書を書いて、50社受けて、1社内定がもらえたらいいというような時代でした。今みたいに複数の会社から内定をもらって選ぶという感じではなかったですね。いずれ転職することもあるかもしれないとは思っていましたが、ここまで長く働くとは思っていませんでした。
ーーその中でも、かなりいろいろな職種を経験されていますよね。
野村 通算すると、やはり一番長いのはプランナーですね。ただ、その前に営業をしていて、そのあと急に佐賀に行って婚礼部門でプランナーをして、さらに「来月からたこ焼き屋をやれ!」と言われて(笑)
ーープランナーからいきなり、たこ焼き屋さんですか?
野村 そうなんです、不思議でしょう?(笑) 入社当時は、どこでも働く、何でもやる、というのが当たり前の雰囲気だったので、異動自体はあり得ると思っていたんですが、飲食事業は想定外でしたね。学生団体の活動から生まれたビジネスプランが会社に採用されて、その立ち上げを任されることになったんです。天神・大名で、たこ焼き屋の店長をしていました。
ーー飲食事業ではどんなことを担当されていたんですか?
野村 調理も接客もしましたし、仕入れや発注、アルバイトの面接や給与管理、店舗の売上管理まで、ほとんど全部ですね。30席ほどの規模感のお店だったので、店長としてかなり幅広く関わっていました。この経験はすごく大きくて、今にもかなり活きていると思います。
実はもともと接客があまり得意ではなくて、プランナー時代も“接客が硬い”と言われていました。でも飲食の現場では、もうやるしかない。そこでかなり鍛えられましたね。今の話し方も、飲食を経験して柔らかくなった部分があると思います。
ーー飲食のあと、人事も経験されたんですよね?
野村 そうですね。飲食を3年ほど経験したあとに人事へ異動しました。その後また現場に戻って、ブライダルのプランナーや支配人職をして、最後は再び採用に戻りました。店舗やエリアが変わるか、部署が変わるか、だいたい1年半くらいのスパンで動いていた感じです。
会社の未来を考えたとき、次の一歩を踏み出したくなった
ーー社内でもいろいろな経験をされていたわけですが、なぜ違う道を選ぼうと思われたのでしょうか?
野村 ありがたいことに最後は本社所属だったんですが、10年くらい働くと、なんとなく自分のこの先のキャリアの終着点や、ステップアップのルートが見えてくる事があって、そこに進むべきかどうか考えることが増えてきました。
会社の規模も大きかったので、どうしても縦割りな部分もあって。自分がその中で主体性をもって活躍するイメージよりも、今から大きくなる会社を作っていく方が面白いんじゃないかと思うようになったんです。上に伺いを立てる働き方より、小さい会社で部署に関係なくあれこれやって、自分で考えてアクションして、会社にとってプラスになるような働き方をしたい。その思いが転職のきっかけでした。
ーー転職を考え始めてから、実際に退職するまではどれくらいかかったんのでしょうか?
野村 最初に辞めたいと伝えてから、退職までは2年半くらいかかったと思います。ちょうど上のポジションに空きが出て、「ここを任せられるのはお前しかいない」と言われて異動したり、その後また本社人事に戻るよう言われたり。ありがたい話ではあるんですが、結果的に退職まで時間がかかりました。仕事を辞めるのって本当に難しいですよね。
ーーその間、転職活動もされていたんですか?
野村 していました。ただ、どこに行くかはあまり明確ではなかったですね。転職エージェントにも登録して、人事職や企画、マーケティング系などいくつか受けたんですが、正直あまりうまくいかなくて。自分が面接する側だったのが、面接される側になってみて、志望動機や思いを全然作り込めていないことに気づいたんです。本当にそこに行きたい理由まで結びついていないなと気付かされました。
大学時代から続く“恩師”との縁
ーー大城さんとつながる背景には、共通の恩師の存在もあったそうですね。
野村 そうですね。大学時代からお世話になっている恩師のような方がいて、永野さんという方なんですが、グスクのアドバイザーもされています。
学生時代からいろいろなことを相談してきた方で、私にとっては先生というより、第二の父のような存在です。
永野さんとの旅のワンシーン
ーーグスクに入社するにあたって、大事なキーマンですね。
野村 永野さんはとても人を見る力がある方で、これまでいろいろな場面でアドバイスをもらってきました。大城さんとも昔からつながりがあって、どうやらお互いの近況を伝えてくれていたみたいなんです。
実はグスクに入社する前に、永野さんとヨーロッパ旅行に行く予定が決まっていて。その旅行があったので、入社のタイミングも少し調整してもらいました。
ーーとてもいいご関係性なんですね
野村 今思うと不思議な流れなんですが、その旅行のタイミングも含めて、人生の区切りのような時間だったなと思います。退職して、これからどうしようかと考えている時期でもありましたし、そのあとに大城さんとしっかり話す機会があって、グスクに入社することになりました。振り返ると、本当にいろいろな縁がつながって今があるんだなと思います。
大城さんとの再会と、グスク入社の決め手
ーーそんなタイミングで、大城さんから声がかかったんですね。
野村 はい。有給消化中に改めて何社か受けようかなと思っていたタイミングで、大城さんから連絡をもらいました。その頃ちょうどグスクが本社を移転した時期で、「ちょっと遊びにこない?」と誘ってもらって。そこから何度かお会いしました。
今より若かりし頃の2人
最初は共通で関わっている学生団体の話が中心だったんですが、だんだんグスクのこれからのはなしを聞くようになって、「こうせいが入ったらもっと良くなると思うんだけどな」と冗談っぽく言われて(笑) でも何回かはなしをするうちに、自分の中でも引っかかるものが出てきたんです。
ーー実際に大城さんのおはなしを聞いて、グスクのどのようなところに惹かれたのでしょうか?
野村 「グスクをこうしていきたい」という話を聞いたときに、採用面は自分にもわかるし、組織づくりの大変さも前職で経験してきた。会社を大きくしていく、その土台を作ることに、自分が関われるかもしれないと思ったんです。
しかも、自由度も裁量もある。知っている人もいる。そして何より、一緒に働きたいと思える社長がいる。そう考えたときに、「こういう会社で、一緒に会社を大きくしていくのってすごくいいかもしれない」と思いました。少し時間をもらって考えた上で、「よろしくお願いします」と返事をしました。
ーー最終的に、グスクが一番しっくりきたんですね。
野村 そうですね。転職活動をしていた当時、一番自分の中でピンときた会社でした。実はそのとき、まだ2社ほど選考途中の会社もあったんですが、グスクにしようと思って辞退しました。
これまでの転職活動では、経験の幅が広いことが強みでもあり、逆に“一つひとつが浅い”と見られることもありました。採用経験があると言っても、相手が期待するほど深くないと感じさせてしまう場面もあって、手応えのなさにつながっていたんだと思います。
でもグスクでは、そういう経験の幅そのものが活きる感覚がありました。自分がやってきたことが、点ではなく線としてつながるイメージが持てたんです。この会社なら、自分が当事者として動ける。そう思えたのが大きかったですね。
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前編だけでも、野村さんがいろいろな現場を経験しながら、人に向き合い続けてきたことがよく伝わってきました。後編では、そんな野村さんがグスクで実際にどんな役割を担い、どんな組織づくりに取り組んでいるのかをさらに深掘りしていきます!
グスクでは現在、未来の幹部候補を募集中です!
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