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ジミーをめぐる冒険(9〜12話)

(第9話)
誰かを守るためのテクノロジーは時として誰かの不幸となる。UBERを降車した後にドライバーにコンタクトをとるすべがUBERには備わっていない。
あーだから、セブで彼女はわざわざfacebookを経由してドライバーにコンタクトしたのかと気づく。
そしてそんな時に僕が真っ先に頼るのはいつものように彼女だ。
僕には2年くらい前から日本語堪能なベトナム人の秘書がいる。彼女との出会いはなかなかに劇的なでNHKのとある番組で密着取材を受けた時にフリーのスタッフとして帯同していたのが彼女だ。
約4日間の取材を通して彼女の気遣いに気付いた僕はカメラが回っていることも無視して、フリーで今働いているのなら僕の秘書としてうちで働いて欲しいと酔いに任せて熱弁した。
その後、3回もの面談という名の説得を通じて彼女は僕の秘書になった。
そして自分でも癖のある様々なオーダーを2年もの間こなすような彼女はいわばのび太に取ってのドラえもんのようなものだ。いやドラミちゃんか。

困り果てた僕はいつものように彼女に電話をする。幸いにもすぐに電話は繋がり、全てが入った鞄を無くしたと告げ、UBERのスクショをLINEで彼女に送る。そんな時の彼女はいつもまずは誰よりも強い共感を滲ませた声で分かりましたと答える。
彼女に電話をし、LINEを送った後でUBERを立ち上げてなんとか術は無いかと普段開くことのないUBERのメニューを開き、HelpからLostの文字を見つける。すぐにそれを開くと自分の電話番号を入力しろと指示が出る。電話番号を入力して+1の国際番号からつまりはアメリカから電話がくる。謎の音声ガイドがなり流暢すぎる自動音声がおそらくは1を押せと告げる。1を押す。切れる。
自分を棚上げにしておいてこういうのもなんだが、UBERのカスタマー対応は一言で言えばクソだ。
その直後に秘書からの電話。UBERのアプリから連絡先を出せないですか?UBERに連絡したがオペレーターに繋がらず、Helpから入力してみてくれと告げられる。いや。まさにそのプロセスを今踏んで、UBERからの無力すぎる対応が来たことを告げる。そしてセブのスタッフから教えられたエピソードを元になんとかSNSからドライバーにコンタクトして欲しいとドラミちゃんに頼む。
電話口の彼女はやってみるが、時間はかかるし、出来るかは分からないと僕に告げる。至極当たり前の話だ。

ただ待つ訳にはいかない僕はもはや可能性に賭けるというよりもいてもたってもいられない焦燥から、来た道を国内線に向けて戻る。
間が悪いことに日中に対応した日本からの視察の方にエレベーター近くでバッタリと会う。おー薛さんと声かけしてくれたお二人には心底申し訳ないのだが、引きつった笑顔で素っ気ない対応をするのが精一杯だった。
そのままエレベーターに乗り込み僕は絶望と闘いながら、来た道をただただ戻った。

(第10話)
この道を向かう時によもやその10分後に向かう時の何十倍もの不運を感じながら、逆行することになるとはつゆとも思っていなかった。オーダーミスで想像以上に酔うことも、国内線と告げたにも関わらず、国際線に降ろされることもそれなりに不運ではあった。しかし、不運は時として乗数となって人を襲うことがある。
もしオーダーがキチンと通って、酔っていなかったら。もし、UBERではなくいつものようにタクシーに乗っていたら、いくつものifが後悔と怒りと共に押し寄せる。

そして、その道を一歩また一歩と歩くたびに、パスポートがないと飛行機に乗れないこの国で、大使館も領事館もないこの場所で、無一文で、よしんばこの危機を乗り越えたとしてもパスポートを失い、大金を無為に失い、膨大な手続きを要する在留カードを2国同時に失い、という現実に押しつぶされそうになる。

まず起こり得ないだろう戻る道に燦然と銀色に輝くジミーチュウを妄想しながら絶望を深めるただただ元の場所に戻る無為な歩み。それでもそれは本当の最悪ではないということを僕の新興国での7年余りの時間が教えてくれていた。そこに寄りかかることで何とか顔を上げることが出来ていた。最悪ではないのに最悪のような顔をすることを拒んでいた。それは意地ではなく矜持と言えるものだった。
そして一歩また一歩あゆむたびに、そこに失われたジミーがいるという可能性をすり減らしていった。

僕の可能性を削る旅路も数分を持って始まりの場所にたどり着くことで終わる。それは最初から分かっていたことのような気がする。それでも人は前を向くために辿ることの必要なものもあるのだと思う。
そして想像通り何も起こらずについ十数分前に目にしたVietjet Airのカウンターを目にする。あーさっきよりも人だかりがいるななどと心底どうでもいいことを目にした光景から思っていたその時だった。
それは騒めく空港内でもハッキリと聞こえた。

Mr.Sul Yoosaあなたの荷物をセキュリティカウンターで預かっています。

こういう時に「耳を疑った」という表現をするのだろう。しかし、現実は違う。耳を疑うことはない。はっきりと聞こえたのだ。僕の荷物を預かっていると。
その瞬間の感情をどう例えたらいいか分かるだろうか。歓喜だ。そう溢れんばかりの歓喜が身体中を駆け巡った。そして次に来るのは焦燥だ。ぐずぐずしてはいられない。こうしてる間にもジミーがまたどこかに行ってしまうかも知れない。よしんばジミーに会えたとしてもジミーの中にある何かはなくなってしまうかも知れない。

急げ。急げ。急げ。
しかし、セキュリティカウンターの場所は分からない。またしても僕はVietjet Airのカウンターに聞きに行く。今度はセキュリティーカウンターはどこにあるのかと。怪訝な顔をしたスタッフはあっちだと言う。あっちとは何処なのかと聞く。しかし判然としない。居ても立っても居られない僕は闇雲にさされた場所へと向かう。

目に通り過ぎるもの全てを見ながら歩くが、セキュリティーカウンターらしきものは見つからない。
手近なお土産物屋さんらしきお店のスタッフに聞く。今僕の荷物がセキュリティーカウンターに預けられているとアナウンスがあったんだけど、セキュリティーカウンターはどこにあるのと。
そのスタッフからすると僕の焦る顔を見て、セキュリティカウンターは分からないまでも何かはしてあげたいと思ったのかも知れない。

あそこにいるセキュリティに聞いてみたらと。指をさす方向を見ると一人のセキュリティがいる。
ありがとうとお礼も早々に僕はセキュリティに向かって足早に進んだ。

(第11話)
世の中にはバイアスというものが存在する。そしてそこから自由になろうとあがく僕の中にもそれは確かにある。
だからこの時も一つのバイアスが彼に話しかけることにためらい、急ぐ中でも自然とその選択肢を外していたに違いない。

それは僕にだってセキュリティが空港にいるのは分かっている。ただ僕のなくした鞄をセキュリティセンターが預かっている、それがさっきのアナウンスに流れたのだということを英語で伝えられるとは悲しいかな期待できてはいなかった。
だから、僕は彼に向かうその間にさてなんと説明しようと頭を悩ませていた。

とはいえ、他にさしたる名案も思いつかず単刀直入に英語で事情を話してみる。
なんとなくは伝わっているような素振りを見せる。正直に言えばそこで何かが解決するなどとは期待をしてはおらず、ただただセキュリティセンターまで連れて行ってくれればと思っていた。
しかし、中途半端な伝わり方なのか、鞄をなくしたのか?どこでなくした?名前はなどと立て続けに聞かれる。あげくパスポートを見せろと要求される。
そもそもパスポートが鞄にあるから困ってると伝えながら、この人に伝わっているのは「僕が鞄をなくした」という事実くらいなんだろうなと焦りながらもぼんやりと思った。
ある意味僕のバイアスは半分当たっていて半分外れていたわけだ。

僕がしてほしいのはただただセキュリティセンターに連れて行ってほしい。それだけなのに。
それを懸命に伝えようとひたすらに"Announcement call my name.They said security keep my luggage."という片言の英語をただただ連呼していた。
僕の名は今ここでわかる必要はないし、何かの照合ならセキュリティルームに行ってから、いくらでもしてくれていいから、ただ遺失物を探しセキュリティルームを目指す僕にさながら、王宮に入る資格が僕にはあるのかと問う門番かのように質問を繰り返す彼はいったいなんなのか。次第に焦燥が苛立ちを呼ぶ。

今思えば僕はこの事態に終止符をうつ合理的な手段をを持っていた。秘書に電話をして、状況を説明し、通訳して貰えばおそらく解決する話なのだ。
しかも僕はつい数分前に秘書に、大丈夫そうだと彼女を安心させるためにラインしたばかりなのだ。
つくづく人間は感情的な動物でそれが高まれば高まるほど合理的行動から遠のくものだ。

焦燥が視界を狭め、その選択肢がさらなる焦燥と苛立ちを生み、僕は自分でもそれと気づかないうちに合理的な手段を失っていっていた。

(第12話)
思いとは時として伝えようとすれば伝えようとするほど伝わらないわけで、出来ればそんな表現はどこかの国で素敵な女性との出会いに使いたいのだけれど、目の前にいるのはしかめっ面のセキュリティだった。

何を言ってるか私に怪訝な顔をしながらついにスーツケースの荷物タグをチェックし始める。よく分からないが名前を探しているようだった。そして現代にしては少し大仰なトランシーバーで何かをつぶやく。
何かは当然分からないのだが、最終的に告げられたのは元いたVietjet Airのカウンターの方向を指差し向う側のセキュリティに行けということ。
いやその方向にセキュリティルームは間違いなくないし、ただセキュリティルームに連れて行ってほしいだけなのに。しかもセキュリティルームに来てというのは空港のアナウンスからの指示なんだよと思いながらも思考力を失っている僕は彼の指示に従い、指さされた方向に向かい、そこにいたセキュリティに話しかける。

そしてそのセキュリティにまた事情を話すとどこで失くした?名前は?と聞かれ、つい数分前に発した英語を僕はただただ連呼することになる。
デジャブというにはあまりにも近すぎるただの繰り返しに徒労を感じながらも急がなくてはという焦燥は高まる。
このセキュリティの対応がセキュリティルームにあるだろう僕のジミーの無事を疑わせることでこの不安という感情のループは無限に高まる。
そのやり取りを見かねたのか外にいるセキュリティも集まり、気づけば僕は3名ほどのセキュリティに取り囲まれたさながら不審者のような姿を周囲に晒していた。

3人寄らばもんじゅの知恵、というよりは3人寄らば1人は通じる。といった感じでついに一人が分かったお前はセキュリティルームに行きたいのかと僕に確認する。
そう、そう、そうなんだ。僕はセキュリティルームに行きたいんだと大きくうなずく。
そうすると彼はいいかよく聞けとばかりに国内線の1階に向かえと僕に告げる。
国内線の1階、僕はまた戻るのかと。思いながら、もう迷いたくはない僕は懇願するように、着いてきてくれと頼む。
3人もいるんだから数分僕に1人付き添ってくれてもいいではないかと。
しかし、答えは「ノー」
Ok.Ok分かったよ。僕は1人で向かうさ。

そうして、つい数分前まで絶望とともに歩いた道を希望と焦燥を胸に逆行した。

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