ユーグレナの可能性を実証する
2008年の新卒として入社した嵐田は、入社間もなくしていまだかつて行われたことがない研究、“火力発電所の排ガスで微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)を培養すること”に挑もうとしていた。
ある日、社外でユーグレナの可能性についてプレゼンテーションしていた研究開発担当の取締役・鈴木と嵐田は、参加者より投げかけられた質問に対する答えに窮した。
「実際に火力発電所の排ガスでユーグレナを培養することができますか?」
ユーグレナ研究の第一人者である中野長久教授の論文によると、ユーグレナは優れた光合成能力を持ち、15~20%の高濃度のCO2でも吸収することができる(中野教授ら, 1995)*。つまり、15%前後のCO2が含まれている一般的な火力発電所の排ガスを使ってユーグレナを培養すれば、環境へのCO2排出量の削減につながることが示唆されていたのである。
しかし、火力発電所の排ガスに含まれる成分はCO2だけではない。窒素酸化物、硫黄酸化物等も含まれているため、CO2以外の成分の影響でユーグレナを培養できない可能性があるのではないかとの懸念が頭をよぎり、自信を持って「培養できる」とは言い切れなかったのだ。研究室に戻った鈴木が口を開いた。
「環境の改善にユーグレナが役立つと胸を張って答えられるようにするには、実証するしかないですね・・・」
その時だ。
「僕にやらせてください」
嵐田は、新卒1年目にして“火力発電所の排ガスでユーグレナを培養する”プロジェクトに志願したのだ。鈴木は、入社して間もない嵐田の背中を押した。
「嵐田さん・・・やってみてください!」
鈴木や社内の仲間たちからの期待を背に、嵐田はこのプロジェクトを担当することになった。そして実証実験は、沖縄電力株式会社の協力のもと、金武火力発電所にて行うことになった。
与えられた時間は実質1か月
2009年の年明けを迎えた嵐田は焦っていた。
現地での関係各社のスケジュールの都合上、火力発電所の排ガスでユーグレナを培養する実証実験にかけられる時間が実質1ヶ月しかなく、事前の予備実験の結果も芳しくなかったためだ。しかも、実証実験の準備を進める過程でも、追い打ちをかけるように次々と想定していなかった問題が発生した。
沖縄とはいえ1月の気温は低く、水温がユーグレナの培養には適さないほど低くなってしまい、急きょ培養液を加温できる設備の導入に奔走することになった。また、排ガスを培養槽に通気する装置では、寒さで排ガスが急激に冷やされてしまうことにより発生した結露が配管に詰まり、排ガスを通気するファンが止まってしまうトラブルが発生した。
焦りとプレッシャーに何度も押しつぶされそうになったが、研究と仲間のことを考えるとあきらめるわけにはいかなかった。
改めて心に誓い、トラブルの対策に奔走した。
「絶対に、このプロジェクトを成功させる」
そして、ようやく火力発電所の排ガスを使った実証試験の初日になった。事前に検討を重ねてきた培養液や培養条件を調整し、3週間培養したユーグレナが含まれる10リットルの培養液を培養槽に投入した。
「できることは全部やったはずだ」
そう自分に言い聞かせても、その日の夜は眠れなかった。
実証実験2日目、祈るような気持ちで発電所に向かった。
「昨日より緑色が濃くなっている・・・!」
培養液を持ち帰り、濃度の測定、顕微鏡による細胞数の測定でもユーグレナが増えていることを確認した嵐田は、この実験が始まって初めて安堵のため息をついた。
その後ユーグレナは順調に増えていき、この実験で火力発電所の排ガスを通気してもユーグレナは増殖可能であることが実証できた。すなわち、窒素酸化物、硫黄酸化物等の成分によってユーグレナを死滅させずに培養することは可能であったのだ。
なお、空気のみを通気して培養した4週目の実験では、ユーグレナを捕食するワムシと呼ばれる原生動物が発生しの数は減少してしまい、この結果より排ガスの通気は原生動物の増殖を抑えてミドリムシのみが増殖できる環境を作り出すという効果も確認することができた。
新卒1年目で誰も成し遂げたことがない実験に挑戦したプレッシャーは大きかったが、嵐田はそんな自分を挑戦させてくれた鈴木や仲間たちに心から感謝した。そしてすべての実験を終え、「ミドリムシを環境技術に活用する」という新しい用途と未来に、一層情熱を抱くのだった。
*中野長久(1995)「Euglena gracilisの高CO2環境への適応とその機構」CELSS学会誌 7(2), p15-18