「ノーブレスオブリージュの実践」…4月3日公開
再び取り上げるノーブレスオブリージュ。
いろいろな日本語訳があるようだが、
直訳では二通りが可能なように思う。
「高貴な人間の、義務」と「高貴な、人間の義務」。
読点の位置の違いだが、前者が一般的な解釈のようだ。
そうなると私は蚊帳の外となってしまう。
一方、後者の解釈なら私でもできそうだ。
この場合、もう少し意訳を加えて、
「多少なりとも余裕ができたら、
自分より困っている人に手を差し伸べる思いやり」と、
勝手に意味付けをしたい。
これを更に一歩進めるのなら、
「自分が少しでも恵まれていると感じたら、
そういう環境にない人に思いをはせ、
そういう人たちのために自分ができることを少しでもすべき」
という心持ちというところか。
そうなるとこの言葉は、
立場を超えた気持ちの問題、を述べているような気がする。
そう思える人は行動せよ、と。
今不幸な状況にあるかの国や支えている周辺の国々に、
少しでも支援になることを私もしたい。
「何でだろう、もともと人は、ピュアなのに」
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