こんにちは!ギークリー新卒採用担当です。
2023年にギークリーへ新卒入社し、現在は新卒採用担当として学生のキャリアに寄り添っている加藤さん。
小学生の頃から教員を夢見て教育学部に進んだものの韓国留学での経験が価値観を大きく変え、「自分が通用しない場所で挑戦したい」と民間企業へ進む決断をします。
その選択に込めた想いと、今のキャリアにつながる道のりを伺いました。
ーまずは自己紹介をお願いします。
新卒採用グループで人事をしている加藤です。新卒でギークリーに入社して、最初はマーケティング部署で集客業務を担当していました。そこでMVPなどの表彰をいただいたあと、2年目から今の人事に異動し、新卒採用とチームマネジメントを担当しています。
もともとは、小学校の頃からずっと「先生になりたい」と思っていて、迷わず教育学部に進学しましたが、大学3年で1年間の韓国留学に行ったことがきっかけで、教職ではなく民間での就職という選択をすることになります。
ーどんな学生時代を過ごしていたんですか?
小3から高校まで、ずっと剣道一筋でした。小学生の頃は、先生も周りの子も全国レベルという地元でも有名な道場に通っていたんですが、私は完全に「勝てないほうの選手」側で、しかも数少ない女の子。
正直「自分は勝てないんだ」とどこかで決めつけていて、途中からは「剣道では勝てない分、勉強を頑張ればここにいられる」と思うようになり、今思えば別のところで存在価値を見出していたのかもしれません。
そんなとき、道場の先生に「女の子でも勝てる」と言ってもらえたことが大きな転機でした。無理だと思っていた相手に向き合って練習を重ねて、実際に勝てた試合があって、その1勝はいまだに鮮明に覚えています。
「勝てない環境の中で、自分なりにどう戦うか」を一緒に考えてくれた先生の存在が、誰かの可能性を信じて寄り添える大人=先生に憧れるきっかけの1つになりました。
一方で、中学・高校では剣道部でキャプテンを任され、結果も出していて、いわば“勝てる環境”でした。周りから評価されることが当たり前になり、「自分はそれなりにできる」という感覚がどこかで染みついていたと思います。
大学受験では、念願叶って第一志望の地元の大学の教育学部にも合格でき、いわば文武両道で“剣道も勉強もちゃんとやってきた自分なら、このまま順調に進めるだろう”と、乗りに乗っていた時期でしたね。(笑)
目的を見失った瞬間、広がった世界と危機感
ー教員を目指さなくなったのは、どのタイミングだったんでしょう?
一番大きな転機は、大学3年の韓国留学でした。
留学先では、他大学から来た日本人や他国の留学生が「韓国で働きたい」「これを学びたい」と、自分の言葉で目的を語っていましたが、私は「日本語教育の実習ができるから」という“なんとなく”の理由で来ていて、正直そこまで深く考えていたわけではなかったんです。
そこにコロナが重なり、学校にも通えず、実習も白紙に。
周囲の友人は同じ状況でも、「今できること」を探して動き続けている。その姿を見て初めて、「日本語教育の実習ができるから」という唯一の理由すらなくなった私は、気づけば“何のためにここにいるのか分からない自分”だけが取り残されているような感覚になりました。その時、「自分は思っていたよりも普通だった」「井の中の蛙だったんだ」と痛感しました。
剣道も受験も、それなりにうまくいって自分に自信があったからこそ、たった一つの出来事で“何をすればいいか分からなくなる自分”に出会ったのは相当ショックでした。
「もっと広い世界には、私より努力している人・強い人がたくさんいる」それを突きつけられたような感覚でしたね。
その一方で、時間だけはたっぷりあったので、自分のキャリアについて向き合う時間ができて、その中で強く感じたのが、「このまま教員になっても、思い描いた“かっこいい先生”にはなれない」という危機感でした。
学生時代に出会った先生たちの中には、私がつまずいたときに導いてくれた剣道の恩師のように“誰かの分岐点に寄り添える大人”がいて、私もそんな存在になりたいと思っていましたが、当時の自分にはまだ、人の痛みや葛藤に本当の意味で寄り添えるだけの経験値や厚みが足りていないと感じて、正直そんな憧れの先生のようにはなれないと感じたんです。
だからこそ、一度広い世界に出て、自分もちゃんと悔しい思いや挫折を経験しないといけない。“勝てない環境”でもがく側に回らないと、人の背中を押せる立場にはなれない。
そう強く感じて、20代では教員以外の道に進む決断をしました。
ーそこからどのように企業選びをしていったんですか?
就職活動を本格的に始めたのは、教育実習が終わったタイミングでしたが、周りはほとんど全員が教員志望で、民間での就職を希望していたのは自分だけ。
“早い”“遅い”の基準も分からないまま、とにかくがむしゃらに進めていました。(笑)
「就活の軸」というと少し堅いですが、自分の中で自然と大事にしていたのは2つです。
1つ目は、人の「分岐点」に関われる仕事かどうか。
これは完全に、剣道の恩師の影響です。勝てなくて自信がなかった時期に「女の子でも勝てる」と言ってくれたひと言で、もう一度頑張ろうと思えた経験が、自分の価値観の根っこにずっとあって。
「自分の言葉や関わり方次第で、誰かの一歩が変わるかもしれない」 その感覚に、先生という存在を通じて強く惹かれていました。
だから民間就職を決めたときも、「自分はどんな形で人の分岐点に関わりたいんだろう」と考え続けた結果、自然と人材・教育・不動産の3つの業界を見るようになりました。
2つ目は、自分が勝てないと思えるような成長環境かどうか。
小中高の剣道を振り返ると、小学生の頃の“勝てない道場”で必死に足掻いていた時期のほうが、キャプテンとして結果を出していた中高よりも、実は一番ワクワクしていたんですよね。
ただ、中高では“勝てる側”の経験が積み重なっていったことで、「自分はそれなりにできる」と思い込んでいた部分もあったのだと思います。
そんな中で韓国留学で挫折を味わったことで、 「このまま教員になったら、ずっと“自分はできる人”のまま終わってしまうかもしれない」という危機感を覚え、「本当の意味でに人に寄り添える大人になりたいなら、まずは自分を成長させなければいけない。」と考えました。
そう感じたからこそ、今まで“勝てる環境”にいた私は“勝てない環境”に飛び込んで揉まれる必要があると思い、就活では“安心できる大手”ではなく、ベンチャーに絞って企業を見ていました。ちょっと震えるくらいの環境に飛び込んで、自分をゼロから鍛え直したかったんです。
ー最終的に、人材業界を選んだ理由は?
人材業界を選んだ理由も、やはり「分岐点」と「難しさ」がキーワードでした。
「一番難しいのは何だろう?」と考えたときに、最終的に残ったのが“人の人生に関わること”でした。
不動産も人生の大きな選択ではありますが、どうしても“物件という商材を通じて支える”イメージが強く、ふとした瞬間に「あのときの担当者のおかげで今がある」と思い返される場面は限られると思うんです。
一方で、先生や人材の仕事は“人そのもの”に向き合うため、誰かのひと言や関わり方が、後からじわっと思い出されることがある。
「あの人のひと言があったから今の自分がいる」と思い出してもらえる存在って、とても難しいけれど、その分やりがいも大きいと思っています。
その難しさに惹かれたし、「挑戦の大切さや諦めない姿勢を伝えられる大人でいたい」という自分の想いとも一番近いと感じ、人材業界を選びました。
“勝てない環境”を選び続けた先に
ー数ある会社の中から、ギークリーに決めた理由は?
ギークリーを選んだ決め手は、社員面談で感じた仕事への“温度感”でした。
他の会社は「活躍できると思うよ」「向いてるよ」と、こちらをポジティブに評価してくれる言葉が多かったのですが、ギークリーの社員はまったく違っていて。
自分のことを褒めるでもなく、「仕事の面白さ」や「お客様への向き合い方」だけを淡々と語って終わるんです。(笑)
「うちにおいでよ」といった言葉もなくて、正直最初は少し悔しいくらいでした。
でも、その姿から“本気で仕事に誇りを持っている人たちなんだな”ということが強く伝わってきましたし、同時に「今の私じゃ通用しないかもしれない」と、就活の中で初めて“勝てない感覚”を覚えた会社でもありました。
その瞬間に、小学生の頃の道場の光景が重なったんです。
「勝てない環境のほうが、自分はワクワクできる」強い人ばかりの中で必死にもがきながら勝てたあの1勝が、一番嬉しかった。
だからこそギークリーの面談で“この人たちの中で戦うのは簡単じゃない”と感じたことが、むしろ大きな魅力になりました。
ー実際に入社してみて、どんな1年目でしたか?
一言でいうと、相当鼻っ柱を折られた1年目でした。(笑)
現在は入社後1か月の研修がありますが、当時は研修がほとんどなく4月からすぐに実務に入る環境。
最初2週間は運よくトップ3に入り、「いけるやん私」と完全に調子に乗っていました。
ところが月末にはまさかの下から3番目。「できる自分でいたい」という気持ちが強すぎて質ばかりを追い、行動量が明らかに不足していることが原因でした。
そこからは“いい結果を狙う”というより、まず「自分の目標だけは絶対に未達にしない」という基準に切り替え、ひたすら“過去の自分を超えること”に集中していました。
その積み重ねの中で、ある月にトップとわずかな差で部署2位を取っていたことに気づき、悔しさが一気に込み上げました。ここをきっかけにスイッチが入り、 結果として12月には初めてMVPを受賞することができました。
1年目で感じたのは「1位を目指している人と、そうでない人では成果へのコミットが全く違う」ということです。今振り返ると、「最初から1位狙っておけよ」と当時の自分に言いたいですね。(笑)
「後悔しない選択」を支えたい
ーそんな中で、どのように人事というキャリアを選ぶことになったんですか?
マーケティング部署で安定して成果が出て、「このままいけばチームマネージャーかな」と思い始めたタイミングで、今の上司から「人事やってみない?」と声をかけていただき、話を聞いた瞬間、迷わず「やります」と答えました。
私自身、職種よりも“置かれた場所でどう咲くか”を大事にしてきました。どの役割であっても、自分にできる価値発揮の形があると思っていますし、何よりも「人事立ち上げフェーズの3人目として入れるのは今しかない」という想いが、マネージャー昇格への未練よりもずっと大きかったんです。
役職にはこの先いつでも挑戦できるかもしれない。でも、“立ち上げのタイミング”に関われる機会はそう多くない。
「今できることは今やる」という価値観は、教員の道を離れると決めたあのときからずっと変わっていません。根底にあるのはいつも、「後悔だけはしたくない」という気持ちです。
ー人事として大切にしていることはありますか?
人事“だから”というより、これまで自分が大事にしてきた価値観が、そのまま仕事にもつながっている感覚があります。
何よりも大切にしているのが「後悔しない選択をしてほしい」ということ。
社会人になってから「もっとちゃんと向き合っておけばよかった」と話す人をたくさん見てきました。だから学生さんには、リスクを全部取りに行けとは言わないけれど、
「あのときちゃんと自分と向き合えたな」と思える就活にしてほしいと考えています。
リスクを取るかどうかが正解を分けるわけではありませんが、最初から諦めて向き合わなかったことで生まれる後悔は、できるだけ減らしたいと思っていますし、そのために一方的に答えを渡すのではなく、対話しながら一緒に考えることを大切にしています。
そしてもう一つ、人生の分岐点に立ったときに、「あのとき自分の基準を広げてよかった」そう思えるような選択を大事にしています。
就活は「どの環境に身を置くのか」を自分で選べる数少ないタイミングで、ファーストキャリアの基準は今後のキャリアにおいても重要だからこそ、周りの意見ではなく、自分の言葉で、自分の未来のために選んだと言える決断をしてほしい。
そのためにも、“自分の意思決定に、今の自分は胸を張れるか?”という問いを、私自身も学生にも投げ続けて真摯に向き合っています。
自分と向き合ったり高い壁を超える時にはしんどさを感じることもありますが、1人では超えられない壁も私とだったら超えられるかもしれない。「しんどいときに“帰りたいな”と思ってもらえる存在」でいるためにも、学生の意思決定には私自身も当事者として向き合うことを大切にしています。
一歩を踏み出そうとしている学生に寄り添えることが、私にとっても大きな喜びですし、その意思決定に向き合うとき、そばで力になれる存在でいたいと思っています。
あなたの“成長したい”想いを、ぜひ当社に届けてください。