こんにちは!
SNSマーケティング支援とクリエイタープロダクション事業を展開するSI株式会社です。
今回は、SIを卒業した先輩メンバーの歩みを紹介する「SI OB/OGインタビュー」。記念すべき初回は、SIの立ち上げメンバーとして組織の礎を築き、現在は外資系コンサル企業に勤める、荒木ひかるさんです。
今でこそ100名を超える規模へと成長したSIだが、その出発点には、学生とは思えない裁量で組織の土台を築いた荒木さんの存在があった。学生時代、代表の片岡に誘われてSIへジョイン。0から設立されたマーケティング事業部で累計20社のSNSアカウントを運用し、社内初の年間表彰制度で1位を獲得。
その後は組織幹部の人事採用担当として、9ヶ月で25人から100人を超える組織へと拡大を牽引。今のSIの礎を作った、立役者のひとりだ。卒業後は外資系コンサル企業へと進み、インターン時代に培った主体性と思考力を、今もキャリアの核として磨き続けている。
「SIで培った姿勢が、社会人になった今もなお、自分を支えている」と語る彼女の、これまでの歩みと、社会で活きている学びの数々を聞いてみました。
誰よりも早く、アドバンテージが欲しかった
__ まずは、長期インターンを始めたきっかけを教えてください。
理由は、大きく三つありました。
一つは、就活への漠然とした不安です。私は中学から大学までエスカレーター式の学校に通っていたので、これまで将来のことを真剣に考える機会がありませんでした。「働く」という感覚を、自分の中にまだ持てていなかったんです。
二つ目は、母への憧れでした。私の母は、育児で一度仕事を離れたあと「やはり仕事が好きだ」という想いから、再び社会へと復帰した人でした。母の仕事に向き合う姿勢の強さを、ずっと身近で見てきたんです。
私もいつか、母のような生き方がしたい。家庭を築いた先でも、自分の仕事を持ち続ける女性でありたい。そう願ったとき、「母を越えるくらいの自分になりたい」という気持ちが芽生えたんです。
そして、もう一つ。人より早くインターンを始めることで、アドバンテージを得たいという想いがありました。誰よりも早く一歩を踏み出せば、それだけ未来の選択肢も広がるはず。そう信じて、大学1年生の冬に、長期インターンの世界へと飛び込みました。
「年功序列の逆をいく」のが、楽しかった
__ SIで働く以前は、どんな学生時代を過ごしていたんですか?
幼い頃から、ずっとバスケットボールに打ち込んできました。小学校から高校までの10年間、ほぼ毎日。中学・高校では、どちらでもキャプテンを務めさせていただきました。
バスケ経験者だった私は、中学1年生の頃からスタメンとして試合に出ていました。年次が低くても、実力さえあれば評価される__。そんな実力主義の環境が、当時の私には心地よかったんだと思います。年功序列の逆をいけることが、純粋に楽しかったんです。
根っこには、「人よりもアドバンテージを築きたい」という気質があるのかもしれません。小学校3年生から塾に通い始めたことも、中学受験でエスカレーター式の学校を選んだことも。すべては自分なりに人生を設計したいという想いの、ひとつの表れだったのだと思います。
「君ならできるよ」の、一言から始まった
__ 数ある会社の中で、SIへの入社を決めた理由は?
決め手は、SI代表の憲哉さんとの出会いでした。
実はSIが創設される前、別のインターンの面接を受けたことがあって。そのとき、面接を担当してくださった人事の方が、当時まだ学生だった憲哉さんだったんです。
学生にはとても見えないオーラをすぐに感じ取りました。その瞬間から、憲哉さんは私にとってのロールモデルになったんです。
その後、憲哉さんがSIを立ち上げるタイミングで、声をかけてくださって。面接では、私の人生に真正面から向き合ってくれました。レベルの差を痛感しながらも、最後にいただいた言葉が、今でも忘れられません。
「君ならできるよ」。その一言が、私のエンジンになったんです。立ち上げのときも、その後マネージャーへと昇格したときも、表彰をいただいたときも。節目ごとに、憲哉さんは声をかけてくださいました。信じてくれたこと、機会をくれたこと。あの体験があったからこそ、私はここまで走り続けてこられたのだと思います。
立ち上げメンバーとして、駆け抜けた日々
__ SIではどんなお仕事を担当されていたんですか?
会社設立後、最初の1年半はマーケティング事業部で企業のSNSアカウント運用を担当していました。担当した企業は、累計でおよそ20社。一時期は、同時に8つのアカウントを動かしていたことも。当時は楽しくて、夢中になっていました(笑)
立ち上げのフェーズだったので、業務は運用だけにとどまりません。マーケティング事業部の統括や、週に一度、全社会議で社内メンバーに対してマーケティングノウハウの発信。社長やクライアントへ、どんなアウトプットをお届けするか。その仕組みづくりから、コンテンツの設計まで、すべてを考えるところから関わらせていただきました。
社内のオペレーション設計にも、深く関わりました。何人で、いつ、どんなスケジュールで動けば、最も価値あるコンテンツを生み出せるのか。ナレッジを組織全体で共有していくには、どんな仕組みが必要なのか。仕組みを一から構築し、磨き続ける。あの日々が、今の私の土台になっていると感じています。
そして迎えた、社内初の年間表彰制度。再生回数の獲得とクライアント満足度の向上に、それまで以上に本気で向き合いました。結果として、社内で1位をいただくことができたんです。
25人から、100人を超える組織へ
__ その後、人事部に異動されたんですよね。
はい。年間表彰で1位をいただいたあと、会社が立ち上げフェーズから、本格的な組織拡大のフェーズへと移行するタイミングで、人事採用担当を任せていただきました。
そこからの1年間は、組織の再構築から始まりました。新規事業を始める時期であったため、組織そのものを作り直し、採用も一から見つめ直す必要があったんです。
私が担当していた期間で、組織人数は25人から100人を超える規模へと拡大しました。およそ4倍です。学生の採用面接から入社後の実務サポートまで、私が憲哉さんに面接していただいた時の「自分の人生に向き合ってもらえた」という体験を、今度は私の側からお渡ししたいと思っていました。
「夢中になれるものを見つけたい」と願って訪れる学生に、最初の一歩を踏み出せる機会を手渡したい。その想いだけを胸に、走り抜けた1年でした。
SIを卒業して、外資系コンサルの道へ
__ SIを卒業されて、今はどんなお仕事をされていますか?
2025年3月にSIを卒業し、現在は外資系コンサル企業で働いています。
具体的なプロジェクトについてはお話しできないのですが、大学で情報工学を専攻していたことと、SIで培ったメディアの経験を、両方活かせる仕事に携わっています。
学生時代の学びと、インターンで重ねた経験。その二つが交わって、今の私のキャリアになっている。そう実感できることが、毎日の喜びになっています。
打席に立つ回数が、すべてを決める
__ SIで培った経験は、今のお仕事にどう活きていますか?
社会人になってから、私が何度も支えられているのは、SIで身につけた「主体性」です。
私の勤める会社には、同期だけで数百人がいます。相対評価ではなく、絶対評価の世界。その中で、自分を差別化できる方法は__。突き詰めれば、主体性しかありませんでした。
チャンスを掴みにいくのも、自分の役割を増やしていくのも、すべては自分次第。「バッターボックスに立った回数の多い人ほど、仕事をもらえる」と、私は信じています。
例えば、講義の場では必ず質問する。会議でも、自分から進んで発言する。そうやって動き続けていると、自然と名前を覚えていただけるんです。そこから接点が生まれ、新しい仕事や頼まれごとへと繋がっていく。
手を挙げなければ、何も始まらない世界。だからこそ、自分から声を上げ続けることを、何より大切にしています。主体性の有無で、得られる機会は劇的に変わる。それを実感する毎日です。
「思考し続ける人」しか、生き残れない
__ 今振り返って、SIで身につけたと感じるスキルがあれば教えてください。
「思考し続けること」。そして「オーナーシップを持つこと」です。
今、世の中では「9割の仕事はAIに代替される」と言われています。だからこそ、私たちはAI以上のビジネスパーソンであり続けなければなりません。
SIで働いていた頃、私が大切にしていた言葉があります。
「昨日の自分を超える」。憲哉さんが、よく口にされていた言葉です。
成果主義の環境では、毎月、毎週、毎日、試行錯誤が求められます。昨日と同じことをしていたら、それは昨日より一歩下がっているのと同じこと。だからこそ、思考し続けること、そしてその思考に自分が責任を持つこと。オーナーシップを持つことが、欠かせないんです。
そしてもうひとつ、SIで深く学んだことがあります。それは、「お客様の目線で、どれだけ物事を考えられるか」ということ。
SNSの運用業務でも、クリエイターさんのマネジメント業務でも、土台にあるのは「お客様との信頼関係」です。その視点を、私はSIで叩き込まれました。今のコンサル業務でも、結局はその姿勢こそが、すべての成果を支えていると感じています。
一万回のアウトプットが、私を強くした
__ 就活のときに、SIでの経験はどう活きましたか?
正直にお話しすると、就活の面接で一度も緊張しなかったんです。
理由は明確でした。マーケティング事業部にいた頃、毎日のようにクライアントに成果報告をしていました。社会人の方と「SNSマーケティングのプロ」として対等に話す機会が、すでに山ほどあったんです。
学生のうちにビジネスの場で、何度もさまざまなポジションの方と対等にお話ししてきた経験。それが、就活の場でも揺るぎない安心感を与えてくれました。面接というよりも、雑談に近い感覚で、自然に言葉を交わせたんです。
そして、もうひとつ。
SIで磨かれたのは、圧倒的なアウトプットの量でした。
小さな発信も含めれば、インターン時代に1万回以上はアウトプットを重ねてきたと思います。その積み重ねが、言語化の力にも、咄嗟の質問に答えるアドリブ力にも、確かに繋がっていました。
「自分には、こういうことができます。だから、任せてください」。そう堂々と語れる自分が、SIにいた頃に育っていたんです。
本気で走った先に、生涯の仲間が出来た
__ SIで働いてから最も印象に残っている経験は?
一つは、立ち上げ当初の、目まぐるしく変化のある日々です。
週に一度の全社会議では、毎週のように新しい事業部やプロジェクトが生まれていました。組織の体制も、社長が新しい構想を持ち込むたびに、刺激的に変わり続けていく。その変化に、柔軟についていく力。あの経験は、社会人になった今も、私の引き出しとして強く残っています。
そして、もう一つ。
SIで得た一番の宝物は、一生モノの仲間ができたことかもしれません。
感覚としては、部活の仲間に近いんです。ただ遊んで仲良くなった関係ではなく、一緒に本気で何かを成し遂げた先に、結ばれた絆。卒業した今も、月に2回ほど集まっています。社会人になっても、お互いの頑張りを聞き合えることが、何よりの喜びです。
夢中になれる仕事を、一緒に夢中になって走った仲間がいたこと。それが、私にとって何よりの財産です。
挑戦も失敗も、すべてが財産に
__ あなたの感じる「SIの好きなところ」について教えてください。
一つは、裁量の大きさです。一般的な企業で言えば、部長クラスと同じくらいの裁量を、学生のうちから任せていただける。これは、SIでしか得られない経験だと思っています。
そしてもう一つ。失敗が許される環境であることです。
特に、立ち上げのフェーズだったからこそ、手を挙げれば何でも挑戦させてもらえました。1インターン生だった私が、ここまで視座を高く保てたのは、この環境のおかげです。挑戦しても、失敗しても、それを次への糧にできる場所。学生のうちに、こんな環境に身を置けたことは、本当に幸運だったと感じています。
それから、これは余談ですが。仕事を頑張ったら、報酬旅行に連れていっていただけるんです。私自身も、実際に色んな所へ行かせていただきました。成果を出すと、こんなご褒美が待っている。その体験も、SIならではの素敵な思い出のひとつです。
AIを使い倒して、10人前の人間に
__ 今もしSIに戻るなら、どんな自分でありたいですか?
「AIに仕事を奪われることを不安になるよりも、AIを使い倒して“10人前”の人間になりなさい」。これは、今の会社でよく言われている言葉です。
「一人前」「半人前」という言葉がありますが、これからの時代に目指すべきは、AIを使いこなして「10人前」の仕事ができる人間なのだと思います。
もし、今SIに戻るのなら、AIをフル活用しながら誰よりも早く、誰よりも深く、価値を生み出していきたい。学生のうちにその姿勢を当たり前にできること。それが、今の世代メンバー達の大きな武器になっていくはずです。
環境選びこそが、すべてを決める
__ 最後に、これから挑戦しようとしている学生にメッセージをお願いします。
私が一番お伝えしたいのは、「挑戦そのものよりも、環境選びが何より大切」だということです。
挑戦すること自体の価値は、言うまでもありません。けれどそれ以上に、どんな環境に身を置いて挑戦するか__。その選択こそが、その先のキャリアを、人生を、大きく左右していきます。
だからこそ、自分が叶えたい一番の理想を、「人生」という長い時間軸と「学生」という限られた時間軸、両軸で描いてみてほしいんです。その理想を実現できる場所はどこか。それを見極めた上で、環境を選択してみてください。
そして、もう一つ。こうして悩んでいる今この瞬間にも、すでに行動を起こしている学生は、世の中に数えきれないほどいます。
学生という時間は、社会人になる前の最後のステージ。
失敗が「糧」として許される、かけがえのない時期でもあるんです。
なりたい自分の姿を描き、その姿に近づける場所へ。あなたなりの一歩を、ぜひ踏み出してみてください。