舞台や芸術に携わる仕事がしてみたい、という気持ちから堺市文化振興財団の事業課に入職し、4年の勤務を経て、現在は岐阜県の可児市文化創造センターala(アーラ)で活躍されている今野はるかさん。そんな今野さんに、事業課での経験や現在のalaでのお仕事を伺うことで、この業界で働くイメージを共有できればと考えます。(本記事は2024年1月時点のものです。)
◎インタビュー:狩野哲也
業界未経験で応募した
ーーー堺市文化振興財団で働くきっかけは何だったんでしょうか。
舞台や芸術に携わる仕事がしてみたい、という気持ちがありました。ただ、コンサートホールの指定管理業務だと、ホールの中だけで完結してしまう仕事が多いイメージがあり、それよりも事業課のような、学校や地域に出かけるアウトリーチができるという募集の文言に惹かれました。
また元々、大学で教育分野を専攻していたので、学校や教育、子どもに携わる仕事ができたらと考えていたのですが、私の希望が全部一緒に叶えられるような仕事だと感じて応募しました。
ーーー堺市文化振興財団ではどんなお仕事をされていたんですか?
1年目は能楽講座、落語、ホール公演、学校へのアウトリーチなどに加えて、音楽コンクール、公募美術展なども手伝っていました。
最初の仕事は将棋大会の運営でした。4月に入職し、5月半ばが本番ということで、ほぼ何もわからないまま必死に食らいついていました。全国から700名前後の将棋ファンが参加する大きな大会で、 備品や運営業者と直接やりとりしたのは人生で初めてでした。
中学校の体育館を借りて大々的に開催するのですが、さまざまな地元組織が関係する事業だったので、調整先が多くて苦労したのを覚えています。
ーーーお仕事の中で楽しいと感じていたことは、どんなところですか。
業界未経験ながら仕事を覚えていくうちに、学校や子ども食堂に出掛けていくようなアウトリーチ事業も担当するようになりました。事業課のアウトリーチ事業では、アーティストが子どもたちとフラットな関係で演奏したり、作品を作ったりするので、私たち職員もまた同じ目線でアーティストの取組を現場で観ることができます。それは当時、とても貴重な機会だなと感じていました。
ホールや文化施設で開催する落語とかバレエなどの公演は、みんなちょっとおめかしして来てくれたりするのはすごいうれしいのですが、どうしても「お客様」と「スタッフ」という関係性から抜け出せません。そこでは私たちは、お客様から一歩引いた存在です。
その点、学校や子ども食堂などにアウトリーチで出かけていくと、子どもや大人たちが、普段できないような体験をしているのを間近で見られることが、とても興味深いです。
もともと私自身は文化芸術を専門的に学んできたわけではないので、詳しいことは分からないと、入職した最初の頃は感じていました。でもそんな私でも、単純にそういう現場がとても楽しかったです。
「もっとできるんじゃないか?」という視点の獲得
ーーー「最初は、」ということは何か心境の変化がありそうですね。
入職して2年目の終わり頃、その次の年から、堺市の文化推進計画が2期目に移行するという話が来ました。 その計画では、「文化芸術を通じた社会的課題の解決」が謡われると知り、最初は「どういうこと?」と感じていました。
ただ、事業課メンバーと一緒になって、学校や子ども食堂で実施する企画を、その場所毎に作り込んでいくようになると、自分の中でのイメージも深まっていきました。日頃、学校の先生だけでは、食堂の実践者だけではできないようなことが、アーティストと一緒にワークショップや公演をすることで実現できているのではないか、という感じることが増えてきて、この仕事の面白さが分かってきたような気がします。
反対に気をつけないといけないこともあるなと思い始めました。
学校でもどこでも、特に深く考えずにアーティストがレパートリーを消費するだけでも、やればすごく喜ばれてしまいます。もちろん内容が良かったからというのはあるでしょうが、気をつけないと、無批判に「自分はいいことをやっている」と勘違いしてしまうのではないかと思いました。ただコンサートやワークショップを回すのではなく、なぜやるのか、ということを意識するようになったのは、3年目に入ってからのことでした。
これは失敗談から学んだことですが、粘土造形の授業で、自分の作品を運ぼうとして、バランスを崩して完成間際に壊してしまった児童がいました。机でひとり声も上げずに泣いて、気づいた児童が先生を呼び、どんどん人だかりができていきました。
その時先生は、他の児童たちの前で「泣いていてもわからない。どうしたいの?みんな待っているよ」と声をかけました。それが余りにかわいそうで、思わず「やめてあげて!」と声をあげそうになりました。
ーーーそれでどうされたんですか?
先生も焦っていたのだと思います。「昼休みや放課後につくり直しても良いですよ」と言おうとしましたが、 講師がその場で「崩れたところは後で直しておくよ」と話して、半ば無理やり児童に提出させてしまいました。それを見たその児童は、もうショックやら悔しいやらで、そのあとも険しい表情のままでした。
どうしても時間割がある学校という現場では、つくり直しができず、なんて窮屈なんだろう、と思いました。その授業の目指すところが「作品の完成による達成感」だけだと、あの子のように、ただ辛いだけの時間だったという児童も出てきてしまいます。でも本当は、粘土の感触が楽しいとか、先生と児童が普段と違う会話ができたとか、いろいろあるはずなんです。
この経験から、アウトリーチ事業では、その芸術体験自体どんな風に楽しかったかだけではなく、子どもも大人も、その芸術体験を通じて、ともにどんな時間を共有したかを大切にできるような、そういう現場をこれからもつくっていきたいと思うようになりました。
堺市文化振興財団で働かなければ、今の選択肢はなかった
ーーーではどういうタイミングで可児市文化創造センターalaに転職されたんですか?
2022年にalaの職員募集情報を見つけたのがきっかけです。alaは、「芸術と社会包摂」「芸術と社会課題解決」を語る際には必ず真っ先に名前が出てくるような文化施設で、私も入職したころからずっと気になっていました。いつか行ってみたいなと思っていたら、たまたま募集が出ていたのを知ったのです。
うじうじ悩んでいたんですけれども、上司である常盤さんに「1回受かってから考えましょうよ」と言ってもらえたので、記念受験する気持ちで受けてみました。
当時、堺市文化振興財団では任期があと1年以上残っていたのですが、多分もうこのタイミングしかないなと思って、転職を決断しました。
ーーーalaではどんなお仕事をされているんですか?
現在alaで私がメインで担当しているのは、落語の公演です。その他はサブ担当として、年間で約60事業があるうちの8割ぐらいの事業に関わっています。
学校アウトリーチ事業として演劇のワークショップがあるのですが、それにもサブ担当として関わり、子どもたちと演劇を楽しんでいます。元々alaでは小学校4年生を対象とした演劇ワークショップが継続的に実施されてきたのですが、それに加える形で始まった、非認知能力向上を目的とした低学年向けのワークショップ事業に関わっています。
堺市の時代は、学校でのワークショップ実施の後には必ず先生を交えて振り返りの時間を取っていたのですが、alaの方では、私が入職した時点ではほとんど実施したことがありませんでした。
そこで、堺市で経験したやり方を取り入れる形で、2023年からは振り返りが実施されるようになり、気づけばいつの間にか、私が振り返りの場を回す役になることもありました。学校向けアウトリーチ事業に関して言えば、現時点では堺市の方がものすごく充実していると思います。
今後のテーマは「不登校や親子」
ーーー今野さんご自身の今後の課題とか、今後やっていきたいことは何かありますか?
自分の中でいろいろとキーワードはあるのですが、「不登校や親子」に関わる分野に取り組んでいきたいです。
ほかには、アウトリーチに取り組むアーティストの幅を広げたいと思っています。これまでalaでは、長らく同じアーティストに仕事をお願いするような状態が続いていました。依頼内容が高度なので、出来るアーティストが限られているというのもあるのですが、もっと、演劇やダンスだけじゃない芸術ジャンルにもアーティストのネットワークが必要だと感じています。
あわせて、参加型ワークショップを企画しても、まだまだ「やりたいと思える人しか来ない」という現状があります。それは本当にもったいないので、やりたいと思わなかった人々にもアプローチできるような企画の開き方を考えていきたいと思っています。
事業課は面白がりたい人たちの集まり
ーーーどんな人なら堺市文化振興財団で活躍できそうですか?
おしゃべりで、 人の話を聞くこと、人の集まる場が好きな人、とにかく何かしたいと思っている人なら、本当に誰でも経験に関係なく活躍できるんじゃないかなと思います。
在職中に言われたことでもあるのですが、経験や知識は後からいくらでも手にすることができます。なので、 まずは走りながら考える。この仕事をしていて、「うわ、これ楽しい!」という気持ちが持てるなら、絶対に適性はあると思います。
ーーー今野さん自身はどんな人と一緒に働きたいですか?
何か1つ好きなものがある人がいいなと思います。それが文化芸術じゃなくても全然構いません。「自分はこれが好きで、こういうところがいいと思ってるんです」ということが語れる人であれば、たぶんその力が原動力になって、いろんな仕事をする推進力に変換されていくと思います。
実際、事業課のみんなはしゃべりだすとみんな寄ってたかって面白がるような人たちです。そして、実際に何か面白いアイデアが生まれたら、それがうまいこと前に進むようにしていこうとする人たちばかりです。
それと、これは太字で書いておいてほしいのですが、立場が上の人も横の人も、なんでも話がしやすいし、何かあればすぐ相談できる職場です。そういう空気があるのは、たぶん常盤さんたちが、そのあたりに気をつけて職場環境を整えてくださっていたからだと思うのは、alaに来てから改めて実感しました。きっと一緒に仕事をすれば、みんなあなたのことを面白がってくれると思いますよ。
編集・執筆:狩野哲也