どうもこんにちは!
私たちReShareの魅力に迫る会社のストーリーを投稿していく「ReShare Paper」のお時間がやってきました!!
・役員や従業員の想い
・事業や会社の中身の紹介
・会社で行った行事などの紹介
この辺りを中心に構成していきますので、どうかお手柔らかにお願いします!
このストーリーを通して、少しでも多くの人たちにReShareの魅力を知ってもらえると嬉しいです!!
さて、第4回目のテーマは、イベントプロモーション事業部長「堀江 尚一郎」による、「会社のあり方」についてです!!
どの事業にも共通している、私たちの「想い」とは。
それをもっとも体現している彼から、会社のあり方を露わにします。
では、さっそくお願いします!
まずは自己紹介をお願いします!
堀江 尚一郎(ほりえ しょういちろう)と申します。
1996年11月12日生まれの23歳です。
現在は、ReShare株式会社の執行役員として、イベントプロモーション事業の統括やインフルエンサーマーケティング事業のマネージャーとして活動しております。
実は僕、子供の頃から「野球選手」になるのが夢でして...。
小学校3年生から野球をはじめ、高校の時は甲子園でベスト8の成績を残したこともあるくらい、ガチの野球少年だったんです。
とにかくプロになるために、高校3年生まで全力で白球を追いかけていました。
というのも、小学校4年生の時に、おじいちゃんがセ・リーグの20連勝記録を持つ「松田清」であることを知ったんです。
それから、「俺もおじいちゃんみたいなカッコいいプロ野球選手になりたい!」と思うようになり、野球に夢中になりました。
しかし、その年におじいちゃんが他界してしまって...。
もっとおじいちゃんから野球を教えて欲しかったし、何より目標としていたロールモデルがいなくなってしまったあの日の悔恨は、今も鮮明に脳裏に焼きついています。
おじいちゃんはよく「たのしく野球をして欲しい。」と僕に言っていました。
その言葉を反芻して、観劇で熱を帯びていた僕の野球人生が、「おじいちゃんのためにプロ野球選手になる!」という強い想いへと昇華されていきます。
高校も、おじいちゃんが「福知山成美高等学校へ進学して欲しい」と生前から言っていたこともあり、そこへ行き、3年間の寮生活。
野球留学と言わんばかりのスポ根生活は、確実に僕の今の人生を彩ってくれています。
3年間の血の滲む努力の末、なんとか甲子園の土を踏むことができたものの、結果はベスト8と惜敗。
僕の野球熱は、9回ウラで打たれたサヨナラツーベースヒットとともに、遥か彼方へ放物線を描き、消えていきました。
スポーツ推薦で大学へ入学するものの、高校時代のように真剣に野球に打ち込むことはできず、手持ち無沙汰な日々の繰り返し。
そんな時、僕の人生が大きく変わるキッカケと出会います。
それが、イベントとの出会いですかね?
そうですね。あれは、まだ冷えた空気で朝を迎える初夏のことでした。
当時所属していた野球部の先輩がイベント団体を立ち上げていて、「泡パーティをやるからお前も手伝えよ!」と言われたんです。
イベントなんかとはずっと無縁だった僕は、「何かおもしろそうだな。」と思い、ふたつ返事で協力を決意しました。
まずはイベントの集客から手伝うことになり、高校時代の友人や地元の後輩、大学の同期なんかに手当たり次第声をかけます。
思ったよりも多くの人たちが参加した「泡パーティ」当日は、僕が誘った人たちの純真無垢な笑顔でいっぱいになっていました。
「あ、イベントっておもしろい。」
はじめてそう思えた瞬間でした。
それからの僕は、様々なジャンルのイベントに参加したり、集客や企画、運営の手伝いをさせていただいたりしながら、気づいた時には自分の両足をイベントに突っ込んでいました。
昼夜問わずイベントに携わってから1年の月日が経ち、週5日は現場のプロモーションスタッフとして活動するようになりました。
ナイトクラブに足を運び、若者を異世界へと誘うためにコツコツと活動した結果、「Share」というイベント団体へ所属することに。
あ、ちなみに、ReShareの代表である石川との出会いもありました。笑
たくさんの出会いとたくさんの刺激に溢れた「Share」での時間は、僕にとってはかけがえのない宝物で、今になっても色褪せることのない最高の財産です。
2017年に開催した「S.E.F(Share Electronic Festival)」を最後に団体からは卒業し、本格的に裏方として「イベントプロデュース業」を行っていくことになります。
同じペースで現場に入りながら、アーティストのブッキングやイベントの企画など、昔の僕のように「イベントに情熱を注ぎたい人たち」に対して、僕が2年間で得た経験をふんだんに教えていく仕事です。
そんな毎日を繰り返していて、ふと思ったんです。
「自分じゃない誰かが輝いている瞬間って、何ものにも変えることができない最高の瞬間だな。」って。
それからというもの、僕は裏方という役割を全うし、アーティストや来場してくれたお客様を楽しませるために生きていくことを決めました。
それから今に至るまではどんな活動をしてきたんですか?
まずは、目の前にある現場ひとつひとつを大切にこなし続けました。
ナイトクラブのプロモーションに軸足を置きつつ、イベントプロデュースも並行して行っていく日々に2年の歳月をかけました。
そこまで徹底的にイベントで突き抜けた理由は、10年間の野球経験を通して「基礎が整っていなければ、応用などできるハズがない」ということを知っていたからです。
まずは、泥臭く自分の足元を固め、機が熟したら勝負をかける。
そう決めて、裏方という役割を皆に認めてもらえるよう、コツコツと経験と信頼を蓄積させていきました。
年間で500本ものイベントに携わり、節目となる大きなイベントは常に500名以上の動員数を誇ってきました。
そこで、Shareの代表だった石川から、起業の誘いを受けることになります。
イベントプロモーション事業を法人化させ、もっと大きな規模感でイベントができる可能性に胸が高鳴りました。
もちろん、法人としてイベントを行うことは容易ではありません。スポンサーとの協力やイメージ戦略、マーケティングがイベント成功には欠かせない要素になります。
ですから、今以上に現場を強化し、たくさんのつながりを作っていくことが急務になります。
まずは、関西のナイトクラブ業界でナンバーワンのシェアを誇る「Try Hard Japan」とアライアンスを組み、デイイベントを開催することに。
より幅広いジャンルのイベントに携わっていくことで、会社としてできるイベントの規模感を大きなものにすることができました。
また、「N.O.V.A」というDJやデザイナー集団が手がけるコンセプトイベント団体を創設し、破竹の勢いでイベント業界を震撼させてきました。
そして、2020年の今になって、ReShare株式会社が設立されると同時に、ようやく僕が会社としてイベントプロモーション事業を行っていくことができるようになりました。
そしてこれからは、ReShare株式会社として、「まるで異世界へ飛び込んだかのような空間を創造する」をコンセプトに、雨が降ろうとも足を運びたくなるような、愛されるイベントを作っていきます!
堀江さんは、会社としてどういう「あり方」で仕事をしていきたいですか?
「自分じゃない誰かを輝かせる仕事がしたい。」
この一言に尽きます。
常に裏方で活動する僕は、よくイベント中にフロアを上から見ることがあるんです。
その時に見える、アーティストやお客様の楽しそうな姿は、僕にとってはどんな世界遺産よりも美しい景色です。
こんな仕事、やめられません。笑
弊社の事業そのものも、インフルエンサーマーケティングや採用ブランディングといった、自分じゃない誰かを輝かせる仕事です。
それだけで、僕らは仕事してよかったなぁと心から思いますし、その瞬間のためだけに生きてると言っても過言ではないですから。
たくさんの人たちからもらえる「ありがとう!楽しかった!」という言葉の数だけ、僕らは報われます。
そして、次のイベントを作る活力になります。
そうやって、僕個人としても会社としても、かけがえのない日々を創り続けていきたいなって思っています。
今後、どんなイベントに挑戦していくのでしょうか?
次の時代のスタンダードと呼ばれるイベントを、僕らが創ります。
「ReShareのイベントは間違いない。」
そう言われるような、大規模で大満足できるイベントを提供していくことを決めています。
誰しも、心の奥底では「何かおもしろいことが起こらないかなぁ」と思っていることでしょう。
僕たちは、そんな日々を過ごしているみなさまに、風変わりな非日常空間を味わってもらいたい。
そして、誰もが待ち望み、たとえ雨が降ろうとも、足を運びたくなるようなイベントを創り続けることを、ここに宣言します。
いつか、この記事を読んでくれた皆様と、非日常的なイベント空間で出会えることを楽しみにしております。
ReShare株式会社
執行役員 堀江 尚一郎
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