ジャカルタに来て数ヶ月が経ちました。
赴任前、インドネシアについて自分が知っていたことといえば、「東南アジアにある」「人口が多い」「バリ島がある」——その程度でした。
正直なところ、それ以上深く考えずにこの国に降り立ちました。
ただ、実際に住み始めると、表面だけでは到底つかめない複雑さがあることに気づきます。
仕事をする上でも、日常生活を送る上でも、この国の背景を理解しているかどうかで、見えるものがまるで変わってきます。
今回は、自分なりに整理したインドネシアの基礎知識をまとめてみたいと思います。
世界第4位の人口大国
インドネシアの人口は約2億7000万人で、世界第4位にあたります。
国土は東西約5,000kmに広がる群島国家で、島の数は1万7,000以上とも言われています。
公用語はインドネシア語ですが、地域ごとに異なる民族・言語・文化が存在し、民族の数は300以上にのぼります。
「多様性の中の統一、異なれども一つ」を意味する国家標語 Bhinneka Tunggal Ika(ビネカ・トゥンガル・イカ) は、そのままこの国の本質を表していると感じます。
インドネシアマップ
首都はジャカルタですが、実はここ数年「新首都ヌサンタラへの移転」が大きな話題になっていました。
ジャカルタが長年抱えてきた過密・地盤沈下・洪水といった問題を背景に、前政権がボルネオ島(カリマンタン)への機能移転を掲げていたのです。
ただ、現在のプラボウォ大統領が就任して以降、この計画は事実上の白紙に戻っています。資金不足や工事の遅延が重なり、2030年という目標は当初から現実的ではなかったようです。
現地のインドネシア人に話を聞いてみると、中止になったことについても「まあ、そうでしょうね」というくらいの反応でした。
驚きでも落胆でもなく、どこか織り込み済みのような空気感。
この「でしょうね感」が、インドネシアという国の一面をよく表しているような気がしています。
日本人向けの新聞(Lifenesia)の1ページ
植民地支配と独立の歴史
インドネシアは16世紀以降、ポルトガル、そしてオランダによる植民地支配を受けました。オランダによる統治は約350年にも及びます。
その後、第二次世界大戦中には日本が占領し、1945年8月17日、スカルノとハッタによって独立が宣言されました。
この独立記念日(Hari Kemerdekaan)は今もインドネシア最大の祝日で、街中が赤白の国旗で彩られます。
日本との関係は複雑な歴史を持ちつつも、現在は経済・ビジネス面での結びつきが深い国でもあります。そのあたりの肌感覚については、いずれ別の回で書きたいと思っています。
インドネシアのビール「BINTANG(ビンタン)」は、あるビールブランドとロゴがよく似ています。それが、かつてインドネシアを植民地支配していたオランダの有名ブランド、Heineken(ハイネケン)です。
植民地支配が終わる際にハイネケンがそのまま引き継がれ、今のBINTANGになったのだそうです。
HeinekenとBINTANG
パンチャシラという国家哲学
インドネシアを理解する上で欠かせないのが、建国の哲学「パンチャシラ(Pancasila)」です。
サンスクリット語で「5つの原則」を意味し、①唯一神への信仰、②人道主義、③インドネシアの統一、④民主主義、⑤社会正義——という5つの原則から成り立っています。
特定の宗教を国教とせず、しかし無宗教も認めない。この絶妙なバランスが、多宗教・多民族の国をひとつにまとめる軸になっています。
学校教育でも繰り返し教えられており、国民のアイデンティティに深く根づいている考え方です。
パンチャシラについて
人口世界最大のイスラム教国
インドネシアの人口の約87%がイスラム教徒で、信者数でいえば世界最大のイスラム教国家です。
ただ、その信仰のあり方は中東とはかなり異なる印象を受けます。
インドネシアのイスラム教は、もともとこの地にあったヒンドゥー・仏教・アニミズムの文化と融合しながら広まったとされており、比較的穏健で柔軟なスタイルが根づいています。
とはいえ、日常の中でイスラム教の存在を感じる場面はたくさんあります。1日5回のアザーン(礼拝の呼びかけ)がモスクから流れてきて、最初のうちは夜明け前の声で目が覚めることもありました。今はすっかり慣れてしまいましたが。
ラマダン(断食月)の時期には、日中に同僚の前で食事をとることへの配慮が自然と生まれました。「食べていいですよ」と言われても、やはり少し気を遣います。
職場でもプライベートでも、相手の信仰を意識したコミュニケーションは、ここでは基本的な礼儀だと感じています。
シェアオフィスでのイフタール(日中の断食後のごはん)
また、豚肉やアルコールを扱うお店は限られていて、スーパーでもハラール認証の有無が商品選びの基準になることがあります。
日本人だけでご飯に行くときにハラールかどうかは確認しませんが、ビールが置いているかは常に確認するようにしています。
「知ること」から始まる駐在生活
インドネシアに来て気づいたのは、この国を「なんとなく」で過ごすことも、技術的にはできてしまうということです。英語も通じるし、日本食もあります。日本人コミュニティもあります。
ただ、それだけでは何か薄いなと感じます。
歴史を知り、宗教を理解し、国民性の背景を少し押さえるだけで、目の前の人や出来事の解像度がぐっと上がる感覚があります。
次回以降は、交通・インフラ事情や財閥、日本人コミュニティのことなど、もう少し具体的な話を書いていきたいと思っています。