前回(Vol.1)は、SigmaBrainの共同代表である吉永響と西森大祐が、生成AIとの出会いから約1年間の事業仮説の検証を経て、製造業・卸売業の基幹システムという領域に辿り着くまでを聞きました。
第2回のテーマは、SigmaBrainの事業そのものです。
戦略コンサルティングファーム出身の二人が、なぜコンサルティングではなく、システムの実装まで踏み込むことを選んだのか。
数あるシステム領域の中でも、なぜ販売、受発注、在庫、生産、原価といった企業活動の中核を担う「基幹システム」なのか。
そして、これまで大手SIerを中心に担われてきた領域に、なぜ今、スタートアップが挑むのか。
その背景には、顧客企業の経営課題と、生成AIによって変わり始めたシステム開発のコスト構造という、二つの大きな変化があります。
吉永響(代表取締役/元McKinsey & Company)と西森大祐(代表取締役/元Bain & Company)に聞きました。
——お二人は戦略コンサルティングファーム出身です。なぜコンサルティングではなく、システムの領域へ進んだのでしょうか。
西森: 創業当初は、コンサルティングという形でお客様に価値を提供することも考えていました。実際に、私たちの経験を活かせる領域は多くあったと思います。
ただ、お客様と向き合っていく中で、最終的には基幹システムまで踏み込む必要があると考えるようになりました。
吉永: 言語化すると、「その会社の業績を大きく変えるレバーがどこにあるのか」という話だと思っています。
前提として、私はMcKinsey & Companyでの仕事が非常に好きでしたし、現在の仕事の土台になっているものも、そこで学んだことが非常に多いです。
経営者と同じ視点で、会社がどの方向へ進むべきかを考える。どの市場に投資するのか、どの事業を伸ばすのか、事業ポートフォリオをどう組み替えるのか。そうした意思決定が企業価値を大きく左右する会社では、戦略そのものが非常に大きなレバーになります。
一方で、私たちが現在向き合っている、売上数十億円から数百億円規模の製造業では、企業価値を左右するレバーの位置が少し異なります。
もちろん経営戦略は重要です。ただ、すでに確立された製品や顧客基盤を持つ企業では、「何を作り、誰に売るか」だけではなく、「それをいかに効率的かつ正確に届けるか」が経営に与える影響も非常に大きい。
例えば、受注してから出荷するまでの情報がどう流れているのか。
どの程度の在庫を持つのか。
どの設備で、どの順番に生産するのか。
製品ごとの原価をどこまで正確に把握できているのか。
こうした日々のオペレーションの積み重ねが、利益率やキャッシュフロー、納期、顧客満足度を直接左右しています。
場合によっては、高度な戦略を議論すること以上に、出荷情報を紙から転記している業務をなくす方が、短期的には大きな経営効果につながることもあります。
西森: 在庫が正確に把握できていない、生産計画が特定の担当者に依存している、原価がタイムリーに見えていない。
そうした問題は一見すると現場のオペレーションの話ですが、実際には経営判断や収益性に直結しています。
吉永: だから、これは戦略とシステムのどちらが優れているかという話ではありません。
企業の規模や業種によって、最も大きなレバーの位置が異なるということです。
私たちが向き合っている製造業・卸売業では、システム、設備、オペレーションの中に非常に大きな改善余地がある。
それならば、構想を提示するだけではなく、その領域まで自分たちで入り、実際に変えるところまで担うべきだと考えました。
——その中でも、なぜ「基幹システム」なのでしょうか。
西森: 企業の業務を根本から変えようとすると、最終的に基幹システムに行き着くケースが非常に多かったからです。
受注、発注、在庫、生産、出荷、原価、請求。
製造業の日々の事業活動は、これらの情報がつながることで成立しています。
ところが、その情報を支えるシステムが業務に合っていなければ、その不足を人が補うことになる。
Excelへ転記する。
紙に記録する。
担当者の頭の中で調整する。
複数のシステムを人がつなぐ。
こうした状態では、部分的な業務改善を行っても、根本的な問題は残り続けます。
吉永: 私たちは基幹システムを「企業のOS」と表現しています。
OSというのは、企業の日々の業務やデータ、意思決定を動かす土台という意味です。
受注情報が正しく入る。
在庫が正しく更新される。
その情報をもとに生産計画が立つ。
実績が蓄積され、原価や経営数値につながる。
会社のさまざまな活動が、その土台の上で動いています。
だから、このOSが業務に合っていなかったり、情報が分断されていたりすると、その上でどれだけ新しい施策を行っても、十分な効果が出にくい。
逆に言えば、ここを変えることができれば、会社全体に与えられるインパクトは非常に大きいと考えています。
——そこに、AIの進化が重なったということでしょうか。
西森: ここは非常に重要だと考えています。
今後5年、10年という時間軸で考えれば、AIを事業活動に組み込めている企業と、そうでない企業の間には、大きな生産性の差が生まれていくと思っています。
その認識を持っている経営者も増えています。
ただ、「AIを導入しましょう」と提案するだけで、日本の中堅製造業がAIを活用できる状態になるかというと、そう単純ではありません。
これは、現場で働く方々の能力の問題ではありません。
製造業の業務構造そのものに理由があります。
オフィスワークであれば、文章を書く、情報を調べる、資料を作るといった業務がPC上で完結しています。そのため、既存の業務に生成AIを比較的直接組み込むことができます。
一方で、製造業では、人だけでなく、モノと設備が動いています。
材料が入荷する。
在庫として保管する。
設備に投入する。
加工する。
検査する。
出荷する。
実世界で起きている出来事が先にあり、その結果が伝票やシステム上のデータとして記録されます。
つまり、AIを本格的に活用するためには、その前提となる業務プロセスとデータの流れそのものを整える必要があります。
吉永: AI活用以前に、土台をつくらなければならないということです。
西森: そうです。
経営層がAI活用の方針を示しても、現場のオペレーションやデータが整っていなければ実装できません。
現場でどの情報を取得するのか。
それをどのシステムに蓄積するのか。
どのデータを正とするのか。
業務のどこを人が担い、どこをシステム化するのか。
そこから設計する必要があります。
しかし、この部分こそ、中堅企業では人材やノウハウが不足しやすい領域です。
その結果、AIへの関心はあっても、その前提となる仕組みづくりまで手が回らない。
だから私たちは、AI活用の一つ手前にある「企業のOS」を整えることが重要だと考えています。
吉永: アプリケーションを載せる前にOSが必要なのと同じです。
基幹システムを整えること自体が最終目的ではありません。
その企業が今後、新しい技術を継続的に取り込める状態をつくる。そのための基盤として、企業のOSをアップデートするという考え方です。
——では、なぜ「今」なのでしょうか。
西森: 大きく三つの変化が重なっていると考えています。
一つ目は、顧客企業側の変化です。
これまで製造設備への投資を中心に行ってきた企業でも、システムやデータに対する投資意欲が明確に高まっています。
特に生成AIの登場によって、「将来的にAIを活用するためにも、まず自社のデータやシステムを整えなければならない」という認識を持つ経営者が増えてきました。
従来のDXという言葉だけでは動かなかった投資が、生成AIによって経営アジェンダとして改めて認識され始めている。
これは大きな変化です。
二つ目は、システムをつくる側のコスト構造の変化です。
生成AIによって、ソフトウェア開発の生産性は大きく上がり始めています。
単にコードを書く速度が上がるだけではありません。
要件の整理、設計、テスト、ドキュメント作成、プロジェクトマネジメントなど、システム開発を構成するさまざまな工程にAIを組み込むことができます。
従来、一社ごとに深く業務を理解し、個別にシステムを作ることは、非常に労働集約的でした。
顧客に深く合わせるほど、多くの人員と時間が必要になる。
その結果、質の高い個別開発はどうしても高額になっていました。
生成AIは、この前提を変える可能性があります。
三つ目が、私たちのようなスタートアップだからこそできることです。
既存の開発組織を持つ企業がAIを導入する場合、これまでの組織構造や役割分担、評価制度、開発プロセスを前提に変革する必要があります。
一方で、私たちには守るべき既存の開発体制がありません。
最初からAIを前提として、プロジェクトマネジメントの方法、開発体制、役割分担、システムの作り方そのものを設計できます。
吉永: ここは非常に大きな違いだと思っています。
生成AIを既存の開発工程の一部に追加することと、生成AIが存在することを前提に開発組織そのものを設計することは、まったく違います。
私たちは後者から始めることができる。
だからこそ、従来は大手SIerでなければ取り組むことが難しかった基幹システムという領域に、スタートアップが参入できる条件が初めて整いつつあると考えています。
西森: 顧客側の投資環境が変わり、供給側のコスト構造も変わり、それを前提に新しい組織をゼロからつくれるプレイヤーがいる。
この三つが同時に起きている。
だから、私たちは今この領域に取り組む意味があると考えています。
——一方で、基幹システムは大手SIerが長年取り組んできた領域です。スタートアップが勝てるのでしょうか。
吉永: 簡単な市場ではないと思っています。
長年の実績を持つ企業もありますし、基幹システムには高い品質や安定性も求められます。
だから、単に「AIを使えば速く開発できる」というだけでは、当然勝てません。
重要なのは、AIによって生まれた生産性を、顧客への提供価値にどう変換するかです。
例えば、従来10人必要だった仕事を5人で行えるのであれば、単に人件費を削減するだけではなく、その分、一人ひとりが顧客の業務をより深く理解することに時間を使える。
あるいは、より短いサイクルで実際に動くシステムをお客様に見ていただき、フィードバックを受けながら改善できる。
AIによって浮いた時間を、品質や顧客理解に再投資できる。
私たちは、そこまで含めて初めてAIの意味があると考えています。
西森: もう一つは、既存企業と同じ戦い方をしないことです。
大人数をアサインして、長期間かけて一から開発するモデルでは、私たちが参入する意味がありません。
一社ごとに深く業務へ適合させながら、その過程で得た知識や仕組みを次の案件へ蓄積していく。
個社最適と再利用性をどう両立させるか。
そこが、私たちが解こうとしている事業上の重要なテーマです。
——戦略コンサルティングの仕事から離れたことに、物足りなさはありませんか。
吉永: 私自身は、あまり感じていません。
戦略を考えること自体は今でも非常に好きです。
ただ、現在はSigmaBrainという会社をどう成長させるのかを、自分たち自身で常に考えています。
どの市場に注力するのか。
どの顧客セグメントを狙うのか。
どのような競争優位を構築するのか。
事業モデルをどう進化させるのか。
会社経営そのものが、非常に大きな戦略テーマです。
その一方で、お客様への価値提供では、現場まで入り、業務を変え、システムを実際に動かすところまで関われる。
私にとっては、戦略を考えることと、実際に仕組みをつくることの両方を経験できることに大きな面白さがあります。
西森: 私は、少し違う感覚かもしれません。
もともと一つの領域だけを考え続けるというより、さまざまなテーマを横断しながら事業全体を考えることが好きなタイプだと思っています。
お客様の業務を理解することもあれば、プロダクトについて考えることもある。営業戦略や採用、組織について考えることもある。
そういう意味では、現在の環境は自分に合っていると感じます。
——SigmaBrainは、将来的にどのような会社を目指しているのでしょうか。
西森: 最終的には、製造業・卸売業という業界そのものを支えるOSになりたいと考えています。
現在行っているのは、一社一社に最適な「企業のOS」をつくることです。
ただ、それを単純に一社ずつゼロから作り続けるだけでは、事業としてどこかで限界が来ます。
一方で、お客様ごとに業務は違っていても、すべてが完全に異なるわけではありません。
受注がある。
在庫を持つ。
生産する。
出荷する。
原価を把握する。
こうした業務には、企業固有の部分と、業界や生産方式をまたいで共通する構造の両方があります。
個社ごとの競争力につながる部分には深く合わせながら、共通化できるものは積み上げていく。
それを繰り返した先に、製造業・卸売業全体を支える基盤をつくれると考えています。
吉永: これは将来構想だけではなく、すでに始めています。
私たちは、広い意味での「パッケージ化」を社内で進めています。
ただし、一般的なパッケージソフトをつくり、すべてのお客様に同じものを導入するという意味ではありません。
一社ごとの業務に深く合わせるための仕組み自体を、再利用可能にしていくという考え方です。
——具体的には、どのようなものを蓄積しているのでしょうか。
吉永: 大きく三つの層があります。
一つ目は、システム開発のコンポーネントです。
受発注、在庫、原価といった機能を再利用可能な単位で持ち、案件ごとに必要なものを組み合わせられるようにしています。
すべてをゼロから開発するのではなく、共通部分は既存の資産を使い、その会社固有の部分に開発リソースを集中させる考え方です。
二つ目は、業種や業務ごとの標準モデルです。
例えば、個別受注型の製造業と、繰返生産型の製造業では、必要になる業務フローやシステムの構造が異なります。
そうしたパターンごとに、業務フローや画面の初期モデルを用意しています。
これによって、要件定義の早い段階から実際に動くモックをお客様に見ていただくことができます。
何もない状態で「必要な機能をすべて教えてください」と聞くのではなく、具体的な画面を見ながら、「自社ではここが違う」「この機能は必要ない」「ここには別の情報が必要だ」と議論できる。
その方が、お客様にとっても要件を具体化しやすく、認識のずれも減らせます。
三つ目が、要件定義そのものの型です。
どの順番で業務を理解するのか。
誰に何を聞くのか。
どの段階で何を決めるのか。
どのような成果物まで作れば、開発へ移行できるのか。
こうしたプロジェクトの進め方そのものを標準化しています。
西森: 実際には、この三つ目が非常に重要です。
システム開発では、要件定義の段階で認識がずれると、その後の設計や開発、テストまで影響します。
逆に、最初の段階で顧客の業務と本当に必要な仕組みを正確に捉えられれば、その後の開発はかなり速く進められる。
だから私たちは、コードを書く部分だけではなく、業務理解や要件定義も含めて、生産性を高める必要があると考えています。
吉永: 私たちが販売しているもの自体は、完成されたパッケージ製品ではありません。
だから外からは見えにくいのですが、案件を重ねるたびに、コンポーネント、業務モデル、要件定義の方法論が蓄積されていく。
その結果、次のお客様には、より速く、より合理的なコストで、より品質の高いシステムを提供できるようになる。
一社ごとに最適なものをつくりながら、事業としてはスケールする。
その両立を目指しています。
西森: それが実現できれば、売上数十億円から数百億円規模の企業が、「自社の業務に合うシステムを作りたいが、現実的な選択肢がない」という理由で諦める必要はなくなります。
日本の企業が、それぞれ長い時間をかけて築いてきた業務や強みを残しながら、その土台となるシステムだけを次の世代に更新できる。
そこまで実現することが、私たちの目指している状態です。
SigmaBrainが基幹システムという領域を選んだ理由は、単に市場規模が大きいからでも、生成AIとの相性が良いからでもありません。
製造業・卸売業の経営を深く見ていくと、受発注、在庫、生産、原価といった日々のオペレーションそのものが、企業の競争力を大きく左右している。
その一方で、パッケージでは各社固有の業務に十分対応できず、個別開発では多額のコストと時間が必要になる。
この構造的な空白に対して、生成AIによる開発生産性の向上と、AIを前提にゼロから設計した組織で挑む。
そして、一社一社への深い個社最適を積み上げながら、それを次の企業へ再利用できる資産へ変えていく。
SigmaBrainが目指しているのは、単に新しい基幹システムを提供することではありません。
これまで「個社最適は高く、時間がかかるものだった」というシステム開発の前提そのものを変え、日本企業がそれぞれの強みを残したまま、企業のOSを継続的に進化させられる状態をつくることです。
次回(Vol.3)は、この事業をどのような人たちとつくっていきたいのか。
SigmaBrainが仕事において大切にしていること、現在のメンバーに共通している特徴、そして「AIはすべてHowである」という考え方について聞きます。
SigmaBrainでは、セールス・事業開発、AIコンサルタント/FDE、エンジニアを募集しています。
私たちが挑んでいるのは、既存のシステムを少し効率的につくることではありません。
一社ごとの深い個社最適と、事業としてのスケーラビリティを両立させ、AI時代の新しい企業変革・システム開発のスタンダードをつくることです。
まだ答えのないこのテーマを、一緒に考え、形にしていきたい方とお話ししたいと考えています。