トリノ・ガーデンに入った人が最初に取り組むのは、店内カメラの映像を再生し、人の動きを1コマずつ数える作業です。
そう聞くと、地味な下積みのように思われるかもしれません。実際、地味です。ただ、これをひととおりやり切った人は、なぜかみんな同じことを言います。「街の見え方が変わった」と。
私たちがこの作業を最初に渡すのは、通過儀礼だからではありません。ここでしか手に入らないものが、確かにあるからです。
■ 世界の解像度が、上がっていく
何時間も画面を見つめ、手がどこに伸びたか、足がどちらを向いたかを追い続ける。最初は、ただの単純作業に見えます。ところが1週間もすると、目のほうが先に変わってきます。
カフェに入れば、カウンターの中の動線が見える。行列が伸びていく理由が見える。それまで「なんとなく混んでいる」としか思えなかった風景が、無数の小さな判断の積み重ねとして立ち上がってくる。
一度この目を手に入れると、もう元には戻れません。通勤路のコンビニも、休日に入った飲食店も、全部が読み解ける対象になる。仕事のためだけの技術ではなく、街の楽しみ方そのものが増えてしまうのです。これは、なかなか他では手に入らない体験だと思っています。
■ 思い込みを、挟まない
数えていると、自分の見立てが何度も裏切られます。忙しそうに見えた時間帯が、数えてみたら暇だった。誰も見ていないと思っていた棚を、多くの人が見ていた。
大事なのは、数えているあいだ、思い込みを挟まないことです。「たぶんこうだろう」が浮かんだ瞬間に、人はその答えに合う場面ばかりを拾ってしまう。だから、いったん判断を止めて、目の前で起きたことだけを記録する。挟めないのではなく、挟まないと決めて数える。この姿勢が、そのまま仕事の土台になります。
そして、この構えを持った人だけが、やがて現場に対して「事実」を差し出せるようになります。数える力は、そのまま疑う力になる。ここを飛ばした人がどれだけ立派な分析手法を覚えても、最後は自分の印象を数字で飾るだけになってしまいます。
私たちがクライアントに「オペレーションを数字で語れるように、形容詞・副詞を極力なくしましょう」とお伝えするとき、それは自分たちが最初に通った道を、そのまま渡しているにすぎません。
■ 「野鳥の会みたいですね」
以前、私たちの手法を初めて聞いたクライアントに、そう笑われたことがあります。言い得て妙だと思いました。そして、その方はこう続けてくださいました。とても地味なんですけど、カメラ映像を人が目視で判断しながら可視化しているデータだから、信頼できると感じました、と。
地味だ。でも、信頼できる。私たちにとって、これ以上の褒め言葉はありません。1コマずつ数えるというのは、いちばん手間のかかるやり方であると同時に、いちばん嘘のつけないやり方でもあるのです。
■ 延べ150時間の教育カリキュラム
数える作業と並行して、座学があります。「データ分析の考え方」「ロジカルシンキング」。延べ150時間。ゼロから専門知識を積み上げられるように設計したものです。加えて、メンター制度と定期カウンセリング。
前半は、ほとんどが「見方」の話に費やされます。分析の手法そのものより先に、事実と解釈をどう切り分けるか、数字のどこを疑うべきか、何をもって「わかった」と言えるのか。手を動かす技術はあとからでも身につきますが、事実に対する構えは、最初に時間をかけなければ、あとから入りません。
150時間は、決して短くありません。28名の会社にとって、安い投資でもない。それでも削らないのは、育成を福利厚生だと思っていないからです。見えなかったものを見えるようにする——それを社外に対してやりながら、社内では気合いでなんとかする。そんな二枚舌は成り立ちません。
■ 信じているのは、才能より「地図」
4年伴走したステーキ・ハンバーグチェーン、ブロンコビリーで、こんなことがありました。128店舗のうち提供スピードが下位だった店長の動きを数えてみると、ベテランとの差は能力ではなく、何を先にやり何を後回しにするかという「順番」だけでした。その順番を紙に描いて渡したところ、2週間で全店トップクラスに。彼はのちに、エリアマネージャーへ登用されています。
「彼はトリノ・ガーデンさんの分析をきっかけにオペレーションの見方を学び、自信を持って仕事に取り組めるようになってくれた」(ブロンコビリー 営業企画 山口さん)
私たちが自社の育成に150時間を使うのも、まったく同じ理屈です。人が伸びないのは、たいてい能力の問題ではない。まだ誰も、その人に地図を描いて渡していないだけ。そして地図は、描けば渡せます。
■ 数える人から、地図を描く人へ
数える作業は、いつまでも続くわけではありません。事実の扱いに慣れた人は、やがて自分で問いを立てるようになります。この数字は何を意味するのか。現場に何を差し出せば、人は動くのか。
そこまで来ると、大手チェーンの経営会議で数字を語る側に回っていきます。松屋フーズ、ドトールコーヒー、JR東日本。誰もが知る企業と、私たちは28名で真剣勝負をしています。自分が数えた1コマが、数百店舗のオペレーションを変えることもある。そのスケールの落差が、この仕事のいちばん面白いところかもしれません。
私たちのフィロソフィーは「Make It Fun」。誰も見向きもしなかった地味な場所を掘り下げた先にこそ、本当の面白さがある、という信念です。1コマずつ数えるところから始めて、いつか誰かの地図を描く人になる。そして、街の見え方が少しだけ変わる。そういう時間の過ごし方に関心を持たれた方と、話をしてみたいと思っています。
この記事で触れた「地図を描く側」のポジションを募集しています。まずは「話を聞きに行きたい」からお気軽にどうぞ。オンラインでのカジュアル面談から始められます。