もうスタートアップ広報は引き受けない。そう決めたはずだった。
スタートアップの過酷さは、身に染みてわかっている。
だからこそ、「もうこれ以上は踏み込まない」と決めた。
ところがちょうどその日に、一通のオファーメールが届いた。
それが、右高稜大さんとの出会いだった。
スタートアップにおいて、販管部門が報われるのは一番最後だ。
ビジネスを成長させるには、まずは開発と営業。
広報や管理系は後回しになって当然—それがこの世界、スタートアップ界隈の常識である。
なのにスタートアップ広報の役割は大きい。
メディア掲載を通じて企業の認知度を高め、資金調達や採用、業務提携など多方面で貢献することが期待されている。
しかし残念ながら、その実績が正当な評価や報酬を受ける保証はない。
だから、スタートアップ広報をやるには、自分の時間はもちろん家族との時間も、体力も、そしてときに“誇り”すらも差し出して、「いつかこの事業が軌道に乗るその日まで」一人で戦い抜く強い覚悟が必要になる。
そんな思いを抱えながら、今年の初め、私は静かに心を決めていた。
—もう自分が果たすべき役割は終えた。
そう考えるに至ったきっかけについては伏せるが、ありがたいことに今の私は企業コンサルと講師の仕事だけで、充分やっていける環境にあった。
もうこれ以上、何かを犠牲にしてまでスタートアップ支援に人生を捧げるのは、やめようと。
その決意を固めたちょうどその日、6月27日。エージェント経由で、右高さんからのオファーメールが届いた。
正直、迷った。代表自らのメッセージだったこと、そして内容が非常に丁寧な文章だったこと。さらに「医療」という自分のルーツに近い分野だったことも、心に引っかかった。
「カジュアル面談だけ受けて、合わないと思ったらやめよう」
そんな軽い気持ちで返信したら、速攻で日程調整メールが届いた。
提示された最短日時は、なんと翌日28日(土曜)の11:30。
「え、明日? 土曜? 」と思う間に会議リンクが来て、初面談となった。
ニール・シーマンという方が書いた『Accelerated Minds(邦題:起業中毒)』という本の中で、起業家は大きく2つのタイプに分けられるという内容がある。
ひとつめは「快楽主義型」。
このタイプは、報酬や権力、競争の勝利—つまり“金儲け”がモチベーションになっているタイプと言えるかもしれない。失敗しても外部要因のせいにし、立ち直りも早いので、割り切ってどんどん次のチャレンジに進める。
いわゆる“シリアルアントレプレナー”と言われるような人たちに多いタイプらしい。
もうひとつが「価値志向型」。
社会の課題を解決したいとか、人の役に立ちたいという思いで走っているタイプ。こちらは責任感が強いあまり、うまくいかなかったときに「自分のせいだ」と抱え込みやすい。真面目で繊細な分、心が折れてしまうリスクもあり、メンタルにも影響が出やすい繊細な気質でもある。
初回面談ですぐわかった。右高さんは、明らかに後者だった。
医療人材不足というとてつもなく大きな社会課題に立ち向かうため、
とにかく、いっぱいいっぱいの業務をひとりで抱え込んでいた。
そして、そのひとつひとつに全力で向き合おうとしていた。
あんなに心に固くもう二度とスタートアップはうけないと決めたのに
……我ながら、バカなんじゃないかと思う(笑)。
けれど、右高さんが必死に頑張るその姿を見ていたら、最初の出会いで
「この人を、今助けなきゃつぶれてしまう」と思ってしまったのだ。
報われないどころか、実は私がこれまでにうけた中で最も低い契約金額だった。
それなのに、7月2日にはもう2回目のミーティング。すでに走り始めていた。
きっと、先に登場した“メドエックスの父”こと菅又さんも、同じような気持ち
だったのではないかと思う。(彼もベテラン経営コンサルだ)
「よくぞ、この業界の広報を引き受けてくださいました。
プロの力で、現場の実情を私たちの代わりに伝えてほしいんです。
本当に、このままだと医療が止まってしまうんです。」
これは先週登場された、右高さんの大恩人の看護部長さんと初めてオンラインで打ち合わせた際に言われたことだ。
パソコンの画面から、言葉で言い尽くせないほどの彼女の悲壮な想いと覚悟が伝わってきた。
きっとこの選択は間違っていない。
もう一度、私はスタートアップ広報として走り出すことを決めた。
ちなみに、私が一緒に働く人を選ぶ際に見ているシンプルな基準がある。
どれも当たり前のことだと思うかもしれないが、実はこの3つが自然にそろっている人は、決して多くない。
- 時間(期限)を守る
- 返信が早い
- 責任感が強い
かつて、私はCRO(医薬品開発業務受託機関)で広報マネージャーを務めていた。当時創立50年をこえたIT企業の子会社だったので、それなりの規模があり、従業員も数百人いたのだが、その社長がまるでオートコンプリートかと思うほど返信が早かった。ある日、思い切って理由を尋ねたことがある。
「どうしてお忙しいのに、あんなに早く返信できるんですか?」
「俺が“忙しいから返信できない”って言い訳したら、
社員全員がその言い訳を使えるようになっちゃうでしょ?」
社長なのに自分を特別扱いしないその姿勢に、私は驚いた。
そう言えるのは、自分を厳しく律している人だけだからだ。
その方は、当時60歳近いロマンスグレーのダンディな方だったのだが
実はその3つの基準を、若くして当たり前に守るのが右高さんだ。
彼はどんなに忙しくても、約束の時間に遅れたことがない。
タスクを落としたことも、私の知る限り一度もない。
菅又さんや三上さん(次週紹介予定)に、後で嫁さんに恨まれるから旅行中は返さなくていいと言われても、新婚旅行先から律儀に返信をする。
一緒に東京ビックサイトの会場で迷い(二人とも方向音痴)、霞が関まで記者さんにレクチャーを受けに行き、取材でメディア訪問し、気づけばもう4か月が経っていた。
三連休の二日目。
ピッチ資料の確認を依頼したところ、右高さんからすぐに連絡が来た。
「すみません! 今日、実家の稲刈りに来ていて、 帰りの新幹線で確認します!」
「……い、稲刈り!?」
「そうなんですよ〜。母親に“参加必須”って言われてまして〜w」
責任感は、仕事だけじゃなく家の行事にも発揮されているらしい。
そういうところが、やっぱり右高さんらしいなと思うのだ。
そして、そんな彼と共に走るメドエックスは、大変ながら実はちょっと楽しい。
これを読んでくださったあなたが、一緒に加わってくれたら
メドエックスはもっと面白くなるはず。
ご応募お待ちしています。
次回からは、再び「メドエックススタッフ紹介編」をお届けします。
走る人のそばには、必ず支える人がいる。
そんなメドエックスのチームの空気を、少し覗いてみてください。