みなさんこんにちは、KINTOテクノロジーズ株式会社採用広報です。
今回は経営の根幹を支えてきた取締役副社長の景山さんに、これまでのキャリアやKINTOテクノロジーズの今後について語っていただきました。
長尺な内容となりますので、2 部構成で公開していきたいと思います。
第 1 部:景山さんのキャリアとKINTOテクノロジーズに入るまでのお話
第 2 部:KINTOテクノロジーズの今後について
景山 均
KINTOテクノロジーズ株式会社 取締役副社長。
楽天にて、楽天グループのデータセンター・ネットワーク・サーバーなどのインフラや、ID サービス・スーパーポイントサービス・メールサービス・マーケティング DWH・ネットスーパー・電子マネー・物流システムなどの開発を統括。その後、ニトリの IT、物流システムの責任者を経て、2019年6月にトヨタファイナンシャルサービスに入社。デジタル IT 部隊の立ち上げをゼロから実施。2021年4月より現職。
ーーこれまでのキャリアは偶然の連鎖?
私はこれまで7社を経験しており、キャリアの変遷は全て偶然の連鎖のようなものだったと感じています。一緒に仕事をさせていただいた方々のご縁で、ここまで連れてきてもらえたのです。
まず、新卒では国内の大手IT企業に入社し、マルチメディア開発、ネットワークサービスなどを担当していました。
その後、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)に転職。プレイステーション ・ドットコム の編集責任者などを務め「PlayStation」のオンライン販売における決済システム構築にもかかわりました。
当時、仕事で関係のあったバンダイ子会社の役員の方からの誘いを受け、次はバンダイネットワークス(現:バンダイナムコエンターテインメント)にジョインし、EC 事業の事業責任者兼システム責任者を担当しました。
そしてその後、ヘッドハンターだった知人から声をかけられ、楽天を紹介してもらい、2007年に楽天に入社する運びとなりました。
楽天で最初にアサインされたのは、モバイル向けのコンテンツ事業と物流事業の立ち上げです。「ネットスーパー」や「楽天スーパー DB」等の新規事業立ち上げの開発責任者も任されました。特に苦労したのは、2008年にリリースした「楽天スーパーDB」です。当時の楽天には、ディープなデータ分析の文化がなかったため、周囲からは「うまくいかないと思っていたから、成功して驚いた」と言われるほど、難易度の高いプロジェクトでした。この経験を経て、競争がより激化するEC業界で ”ユーザー志向” を追求したサイトを作っていくには、データを基にした分析やマーケティングが欠かせないと感じましたね。
その後は、電子マネーなどいくつかの会社を買収したタイミングで買収先の開発責任者や開発担当取締役を務めたり、楽天の開発組織課題の解決やデータセンター、サーバー、データベース、ネットワークなどのインフラ部隊、アプリケーション開発部隊のマネジメントから開発の環境整備まで、幅広く担当し、約 700名のメンバーをマネージしていました。
開発責任者となっていた担当プロジェクトの1つでは年間収益を数十億円上積みしたこともあり、社内外問わず評価いただきました。
ただ、このまま楽天の方針に寄り添ったキャリアを積み上げていくのか、それとも自分自身が思い描いていたキャリアを貫いていくのかで悩みましたね。
そんな折、仕事関係で交流のあったデータ活用を専門とする外資系企業のアメリカ人副社長に誘われたのをきっかけに、転職を決めました。さらにその後はニトリにジョインすることになり、IT・物流システムの責任者を担当しました。ニトリで特に学んだのは、ニトリが構築している「ビジネスモデル」の強固さや、「コストダウン」に対する徹底した考え方です。他社とは抜本的に異なる思想があるからこそ、ニトリは順調に売り上げをアップし続けているのだと、とても感銘を受けました。
一方、当時のニトリの課題だったのはレガシーな基幹システムをどうモダナイズしていくか?という点でした。社内はシステムのクラウド化に多少保守的な側面があり、いかにドラスティックなIT化を推進するのかは、苦労した部分です。
ーー理想のIT部隊を作るためにKINTOテクノロジーズへ
KINTOテクノロジーズの社長であり、トヨタファイナンシャルサービスの上級副社長である小寺さんと出会ったのは、2019 年 1 月ごろの話です。
今までのトヨタと違う事業をやりたい。それには優秀なIT部隊が必要だと思っている。」という話を聞き、興味を持ちました。
当時のKINTOテクノロジーズにはIT部門が存在しませんでしたが、それが私にとっては一種のメリットでした。これまで多様な組織で成功も失敗も経験してきたからこそ、私の中には ”理想のIT部隊” 像があり、それを1から自分で作っていけたからです。
ジョイン後はIT部門の内製化に向けて、採用活動を加速。
まずは個人のネットワークを利用してリファラルで採用を進め、私が入社した 2019年6月から約半年( 2019年末)で、エンジニアが10名ほど集まりました。
次の段階ではエージェント等も利用し、会社にとって、今必要なタレントを見定めながら仲間をどんどん増やしてきました。
気づけば、ジョインしてから約3年半という短期間で、300名規模の組織を作ることができました。
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ーー非IT企業で内製化を推進する難しさ
今でこそ、KINTOテクノロジーズの存在を理解していただいていますが、非IT企業のIT部門内製化には、長い道のりがありました。
創業当時、開発機能の内製化に対してまだまだ社内理解は得られていなかったと思います。
開発のためのIT人材は給与水準が高いですし、開発自体にも予算がかかります。
他事業のメンバーや管理部門にIT部門の必要性をわかっていただくために部門全体で「技術のキャッチアップを続ける」ことは当初からずっと意識しています。
最新のテクノロジーを常にキャッチアップし、自社に合うものがあればすぐに導入しています。技術的な新しいサイクルが生まれないとモチベーションが低下しますし、採用面で優秀な人材にアトラクトもできないからです。「最新テクノロジーにチャレンジする」組織であり続ける意識は、常に持ち続けなければなりません。
もう一つ強く意識しているのが、以前働いていた会社で社長から言われた「現場から言われたことをそのまま作らないでくれよ」という言葉です。現場がやりたいこととトップから求められていることは異なる場合がありますから、会社全体を俯瞰的な視点で見て、本質的な開発をするにはどうすればいいのかを考えるようにしています。会社のためにならないのであれば、たとえ事業サイドからの要請であっても、ストップをかけるケースもあります。
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ーーグローバル観点も取り入れた開発
小寺さんと出会った当初、KINTOテクノロジーズにはまだまだグローバル観点が無かったのですが、本部からは「トヨタのグローバルモビリティブランドにしてほしい」という方針が示されていました。
そこで、グローバルビジネスをスタートするための検討をスタート。
しかしちょうどコロナが流行し始め、グローバル化は遅々として進みませんでした。
出張は全てキャンセル、ビジネスを推進できる環境ではない...... 。そんな状況が1年ほど続きました。
そんな中、最初に着手したのは、「グローバルIDプラットフォーム」の開発です。
例えば、UberやAmazonはユーザーが世界中で同じID・同じアプリを使えます。
KINTOも将来的には、日本のユーザーが海外のKINTOモビリティサービスを利用する、そんな世界を目指そうと動き始めました。
まずはメンバーとともに、グローバルIDのアーキテクチャ構築からスタート。しばらく開発を進めている間にコロナは少しずつ落ち着き、オンラインを中心に海外とのビジネスにも着手できるようになったため、現在はタイやイタリアに対してシステム提供を開始しています。
当初から意識していたのは、”日本から、グローバルに展開すべきである” という点です。
そのため、国ごとにライセンス契約が必要な基盤は用いず、海外(フランクフルト、ノースバージニア、シドニー、ブラジル、バーレーンなど)に日本からAWS上に基盤を構築し、デリバリーする形をとりました。
このような戦略のもと、AWSでインフラを設計・構築するプラットフォーム部隊がAWS上に開発基盤をデザインし、さらに効率的な構築方法を追求しました。
その結果、他社では2週間ほどかかる基盤構築を、KINTOテクノジーズでは3日で構築推進できるようになりました。
大規模開発はウォーターフォールですが、仕様変更をギリギリまで許容するので、われわれはセミウォーターフォールと呼んでいます。そして既存機能の小規模な改修は2週間サイクルのアジャイルで進めていくことが多いです。そういう開発環境が少しずつ構築できて、エンジニアが業務とシステムに詳しくなることで、創業当初と比べると開発速度は3分の2程度になってきていると思います。
これは自社のエンジニアが開発を全て担うことでスピードが速くなってきたという証左でもありますから、やはり内製化の効果は高かったと感じます。目標は半分ですが。
KINTOテクノロジーズは、このスピード感を保ったまま課題解決をしていきます。
第2部は、以下をご覧くださいませ。
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