2026年2月10日にdotD noteに投稿された記事です。
13年前、ある自動車メーカーで「Siriのようなもの」を作っていました。
ユーザーが声で話しかけると、意図を認識して電話をかけたり、メールを送ったり、ナビを設定したりするサービスです。聞こえはいいですよね。でも中身を知ったら驚くかもしれません。
意図認識エンジンの正体は、IF文の嵐でした。
「メール」というワードを検知したらメールカテゴリに絞り、「送る」なのか「読む」なのかでさらに分岐する。判断できなければユーザーに聞き返す。その分岐を、一つひとつ人間が手で書いていました。Nuanceの音声認識エンジンとAnswers Anywhereという意図認識サービスを組み合わせて、なんとか「それっぽく」動くものを仕上げていましたが、本質的にはルールベースの世界です。機能を一つ追加するたびに膨大な工数がかかっていました。
それが今、どうなっているか。
現在dotDでVP of Value Deliveryをやりながら、自分でClaude Codeを使ってマルチエージェントシステムを組んでいます。13年前に何十人もかけて作っていた「対話して意図を理解してアクションする」仕組みが、一人で、数時間で、しかも比較にならない精度で動きます。
この13年で何が変わったのか。CEC(SIer)、NRI(コンサル)、dotD(ベンチャー)。3つの会社で見てきた景色を、順番に書いてみたいと思います。
SIer時代:AIは「組み立てるもの」だった
当時のAIは、いま振り返ると極めて人力的なものでした。
音声認識、意図推定、アクション実行。一つひとつの要素技術は存在していましたが、それらを「つなぐ」のはすべて人間の仕事です。どういう言い回しが来たらどう解釈するか。例外パターンにどう対処するか。すべてを設計し、実装し、テストする。AIと名前はついていましたが、実態はプログラマーの想像力と根気で動いていました。
機械学習自体は存在していましたが、当時の主な用途は音声認識や傾向分析といった「パターン化されたデータの識別」に限られています。自由な対話を理解するような技術はまだなく、「こう来たらこう返す」のルールを人間が書くしかなかったんですね。
振り返って一番感じるのは、当時も「AIにやらせたいこと」自体は明確に見えていたということです。ユーザーの言葉を理解して、適切に行動する。やりたいことは今と変わりません。ただ、それを実現する技術が追いついていなかった。
この「やりたいことは分かっているのにできない」というもどかしさ。DXに取り組んでいる方にも、心当たりがあるのではないでしょうか。
NRI時代:AIは「使いこなす道具」になった
6年前にNRIに移った頃、技術の基盤自体は大きく変わっていませんでした。まだ機械学習ベースが主流です。ただ、使い方が明らかに成熟し始めていました。
例えば、スマートシティの文脈では、カメラに映った人の動きを解析して動態分析を行い、地域ごとの傾向を読み取ってマーケティングに活用する、といった使い方が現実になっていました。「AIで何かできそうだ」から「AIでこういうことができる」に、具体性が一段上がった時代です。
データサイエンティストやデータアナリストという職種が一般化し始めたのもこの頃です。AIが「一部の研究者のもの」から「専門家がいれば使える技術」に変わりつつありました。
個人的に象徴的だったのはDeepL翻訳の登場です。翻訳精度が劇的に上がったことで、海外の技術記事が気軽に読めるようになりました。地味ですが、実務に直結する大きな変化でした。
ただ、この時代のAIにはまだ大きな制約がありました。「特定のタスクに特化した認識・分析」は得意でも、「状況を総合的に判断して、次のアクションを自分で考える」ことはできません。
コンサルとして構想を描く仕事をしていた分、この「絵は描けるが実行は遠い」という感覚は強く残っています。壮大な構想を提案しても、実装フェーズで「ここからここまでは人間」という切り分けが必ず発生する。その切り分けのコストが、結果的にDX推進を鈍らせていました。
dotD時代:AIは「一緒に考える相手」になった
そして現在。ChatGPTやClaudeに代表される生成AIが登場して、あり方が根本から変わりました。
何が一番変わったかというと、AIが「パートナー」になったことだと思います。
SIer時代、AIは「人間が組み立てるもの」でした。NRI時代、AIは「専門家が使いこなす道具」でした。今は違います。対話ができます。壁打ちができます。課題を一緒に分析して、事業計画やサービスデザインを推敲して煮詰められます。リサーチも、情報収集から整理・分析・レポート作成まで一気通貫で完了します。かつて何人もの人間がやっていたデスクワークを、AIと二人でこなせる時代になりました。
実際の業務でいうと、採用の戦略立案から面接設計、Division戦略、収支分析、タスク管理に至るまで、AIはなくてはならない存在になっています。コードを書く場面ではClaude Codeでマルチエージェントを組んでいますし、コードを書かない日常業務ではClaude Coworkのように対話しながらタスクを進めるツールも活用しています。
そして最も大きな変化はプロダクト開発です。AI駆動開発によって開発コストと改善サイクルが劇的に短くなりました。ちょっとしたアイデアでも、非エンジニアがすぐに作って、リリースして、反応を見て、ダメなら撤退かピボット。それが信じられない低コストでできます。
13年前に何十人月もかけていた「対話エージェント」を、今は一人で数時間で作れる。これはもう技術の進歩という話ではなく、ビジネスのあり方が変わったということではないでしょうか。
3つの時代を経て感じていること
3つの時代を並べてみると、一つの変化の軸が見えてきます。
AIの進化は「できることが増えた」のではなく、「できる人が増えた」という変化です。
SIer時代:AIを作るには専門のエンジニアチームが必要でした。 NRI時代:AIを使うにはデータサイエンティストという専門家が必要でした。 現在:AIを活用するのに、特別な専門知識は必要ありません。
これは「DXには高度なIT人材が必要」という前提が崩れ始めているということです。
もちろん、大規模なシステム刷新にはエンジニアが必要です。でも、日々の業務改善、小さな仮説検証、部門間のデータ連携のプロトタイプ。こうした「最初の一歩」は、現場の人間がAIと一緒にやれる時代になっています。
VPという立場で自分でClaude Codeを触っているのも、まさにこの流れの中にあります。経営層が自ら技術に触れることで、「何ができるか」の解像度が上がる。解像度が上がれば、判断の精度が上がる。判断の精度が上がれば、投資の無駄が減る。
DXが進まない理由はたくさんあると思いますが、根っこにあるのは「何をやればいいか分からない」という問題ではないでしょうか。技術の問題ではなく、言語化の問題です。
AIが「一緒に考える相手」になった今、その言語化を助けてくれるパートナーが、すべての人の手元にあります。