気づけば、デザイナーとして10年、15年。現場にも慣れ、任される仕事も増えた。一方で、若手をどう育てればいいのか、自分自身はこのまま成長していけるのか……そんな迷いを抱え始める人も多いのではないでしょうか。
かつて自分が通ってきた下積みの道は、いまの時代にはそのまま当てはめられない。効率や働きやすさが重視される一方で、求められる成果の水準は上がり続けている。その間に立たされているのが、いまの中間層のデザイナーです。
本記事では、デザイン会社バイネーム代表の井上に「現代のデザイナー育成論」を聞きました。若手育成を“諦めた”と語るその言葉の裏には、現場と経営の両方を見てきたからこそたどり着いた、ひとつの現実的な考え方があります。
求められることがあまりに多い、現代のデザイナー
──20年前のグラフィック・広告全盛期から、Webやデジタル媒体へと移り変わるなかで、評価されるデザイナー像は変わりましたか?
正直、大きく変わったと思います。僕がこの業界に入った18年ほど前は、WebでいえばHTMLが組めるだけでも十分に評価される時代でした。今よりずっと採用のハードルも低く、仕事もたくさんありました。ある意味、技術を持っているだけで「できるデザイナー」になれる環境だったと思います。一昔前は、レタッチ力やグラフィックの引き出しが豊富なだけで、それだけでもすごいデザイナーとして評価されていたし、作家性や個性を前面に出すことも多かった。
しかし今は、それができていることが大前提になっています。WebもUIも当たり前に高度で複雑なものが求められるようになった。そのなかで、若手であっても「どこまで深く考えられているか」「どんな成果を出しているか」を問われる。これはかなり大きな変化です。
──デザイナーに求められる「成果」も変わってきましたか?
これも間違いなく変わっています。以前は、言われたものをきちんと作る。それだけで十分に評価されていました。
今は、それだけでは足りません。そのデザインがクライアントのビジネスにどう関わっているのか、納品後にどう使われ、どう活かされるのか。そこまで考えられる人のほうが、明らかに評価は高い。成果をはかる指標も増えていて、数値やKPIなど、評価軸自体が複雑化しています。良くも悪くも、「作ったら終わり」ではいられなくなったんですよね。
──まず、ツールや制作環境そのものは、どのように変わりましたか?
昔はデザインツールといえばAdobeで、選択肢も限られていました。できることも少なかったし、加工ひとつ取っても手作業が中心でした。デザイン見習いが切り抜きなどの作業を繰り返す。その作業を大量に経験することで、自然と力がついていく環境だったと思います。
Webも、人が手を動かして運用する側面が強かったですね。CMSはいろいろありましたが、今のように最適化されたツールは少なかったです。ECでいえば、オンプレミス形のサービスからクラウドサービス(Shopifyなど)にと移り変わってきたように、いまは高度に整ったツールが当たり前になっています。
デザインツールも、XD、Sketch、Figmaと進化して、開発と連携しながらプロジェクト全体で共有するものが主流になりました。
今、各ツールが便利になったため、理解が浅いまま使っているケースも少なくありません。その結果、下積みの機会は確実に減っています。そして最初から複雑なことを求められる。初学者にとってはハードルが高いですし、教える側も数か月で経験値を伝えきるのは正直かなり難しいです。
──働き方の変化は、育成にどんな影響を与えていますか?
昔はかなりブラックな環境で、「できるまでやる」「残業して当たり前」という前提がありましたが、今は業務時間内で効率よく成果を出すことが求められています。
ただ、新人がその中でやりきれるかというと、簡単ではない。一方で、求められる成果の水準は下がっていません。
以前は、いろいろな下積みを経て、自分の得意分野を見つけ、特化して価値を発揮する流れがありました。今は、下積みを充分に経験する前に、即時的なアウトプットを求められる。この構造そのものが、いま育成が難しくなっている理由だと思います。
「育てることは諦めた」絶対的な会社への負担
──井上さん自身は、「人を育てる」ということをどう捉えていますか?
正直に言うと、「教えること」はもう諦めていますし、「育てること」はできないと思っています。これは感情の話ではなく、経営判断に近いです。新人育成を成立させるのは、今の時代ではかなり難しい。
理由はシンプルで、この環境でも育つ人は勝手に育つからです。優秀な人はいくらでもいるし、そういう人は業務時間外でも自然とデザインに触れて、手を動かしています。一方で、普通に雇われていると、どうしても業務時間内だけでなんとかしようとする。その差は、どうしても埋まらない。
──会社として、人の成長に対してできることはないのでしょうか?
できることがあるとすれば、「機会」と「環境」を用意することまでだと思っています。経験をさせる場をつくることはできる。しかし、そこからなにを学び取るか、どう成長するかまでは保証できないし、マネージャーが育て切ることもできません。
もしこれを本気でやろうとしたら、1年くらい合宿をやるような感覚じゃないと無理だと思います。それくらい、密度の高い時間が必要なんですよね。
──ご自身が育ってきた環境と、今の違いはどこにあると感じますか?
昔は、かなりブラックな環境でした。どう考えても終わらないボリュームの仕事を前に、「どうすれば終わらせられるか」を考えて、頭も手もフルに使っていました。過酷はありましたが、場数を踏んで身についたものは多いです。
たとえば、言われたことを高い解像度で受け取る力。相手の意図と自分の制作物がズレていないかを読み取る力。どうすれば自分の案で納得してもらえるか、どう説明するか。それを、とにかく数をこなせる環境がありました。
同じ量の経験を積もうとしたら、業務時間外を使うしかない。しかし現代はそれができない前提になっているのが、難しさだと思います。
──若手や新人を受け入れる際に、負担が大きくなるのはどのポジションでしょうか?
一番苦しいのは中間層だと思います。自分たちはそうやって育ってきたけれど、その環境をそのまま再現したくない人も多い。優しさだけでは人は成長しないとわかっているけど、同じ苦しみを与えたくもない。そのジレンマの中にいます。
しかも、前提条件も変わっています。未経験であっても、ある程度の給与水準に見合ったスキルが求められる時代です。今までは給与が低ければ、アシスタント的に入って、手が回っていないところを担いながら学ぶ、という選択もできた。でも今の新人は学んできたことをすぐにバリューとして出せる場所に行きたいと思っている。
一方で、ベテラン側は「すぐに成果は出ないものだ」と思っている。この感覚のズレが、いろいろなアンマッチやアンバランスを生んでいると思います。
デザイナーはデザイナーを育成できない?
──そうした中で、バイネームが選んだスタンスはなんですか?
「育てる」よりも、「学べる環境をつくる」ことに振り切りました。成長に必要そうな業務をアサインできるかどうか。それが、上司としてできることのひとつであり、限界だと思っています。
先輩たちが、新人が見ているその先まで少しずつ見せる。プロジェクトに慣れてもらいながら、任せられる領域を少しずつ広げていく。その積み重ねしかないと思っています。
──ただ、育った人ほど転職していく現実もありますよね。
そこは企業側として、かなりシビアな問題です。成長したら転職してしまう。そこまでコストをかけて教育するのは難しい。会社としても投資しきれないです。
僕が20歳くらいの頃は、「まず3年は経験する」のが前提で、デザイナーの転職は今より少なかったと思います。でも今は、優秀な人ほど転職回数が多い。その姿に憧れる人もいる。
経験を積むために入社する人もいれば、「思っていたのと違う」とすぐ辞めてしまう人もいる。どれだけがんばっても、いなくなる人はいるし、残ってくれる人もいる。それをコントロールするのは、本当に難しいですね。
──若手を育成することは、会社の成長にもつながるのでしょうか?
これは経営方針によると思っています。たとえば、デザイナーが10〜30人くらいいる会社であれば、後任を育てることはすごく大事です。会社は常に新陳代謝しているし、人が入れ替わっても同じ品質を出し続ける必要がある。そのための育成は欠かせません。
ただ、その役割を強いられる中堅層は本当に大変です。自分の給与に直接反映されるわけでもないのに、人を育てなければならない。案件なら全部自分の責任ですが、人に教えることは自分ひとりではどうにもならない部分も多い。
──育成が評価につながりにくいということでしょうか?
そうですね。優秀な人が育てば評価されるが、そうでなかった場合は評価されない。これは完全に悪循環だと思っています。
そもそも、デザイナーという仕事は「先生」ではありません。先生になるために教わってきたわけでもないし、どう教えるかを体系的に学んできた人はほとんどいない。仕事ができる人ほど目線が高くて厳しくなりがちですし、逆にデザイナーとしてはそこまで突出していなくても、教育に向いている人もいる。でも、その場合はアウトプットのレベル感が下がってしまう。
仕事の進め方と、デザインの作り方を同時に教えるだけでも相当大変で、「それなら自分がやったほうが早い」と思ってしまう瞬間は正直あります。
──バイネームはどんな組織設計をしているのでしょうか?
バイネームでは、役職を置かず、基本的にフラットな組織にしています。未経験者は採用していませんし、1から教える前提の人は入ってこない形にしています。採用基準を「制作会社での実務経験者」に絞っているのは、仕事の流れを理解した状態で入ってもらいたいからです。そこは割り切って、育成を諦めた部分でもあります。
その代わり、ランク付けをしています。リードデザイナーが入っているプロジェクトに、アソシエイトデザイナーが入り、小さな業務から慣れてもらう。バイネーム流の進め方を、実務の中で覚えていく形です。
ある程度の土台がある前提だからこそ、必要なタスクを経験できる。一から教えるとなると、正直かなりしんどいですし、新人からお金をもらわないと成り立たないレベルになってしまう。会社としては、ただコストがかかるだけになってしまいます。
デザインの前後の工程を知ることが必須になる時代
──今後デザイナーという職業はどうなっていくと思いますか?
これからは、個の力に依存した形になっていくと思います。チームはあっても、能力を持った個人がプロジェクトに関わっていくイメージです。そうなると、「誰にお願いするのか」がより重要になる。
その場合、ただ作るだけでは足りなくて、
・なぜそれをやるのかというビジネスの視点
・実装できるのかという開発の視点
・売上が立つのか、その条件で成立するのか
そういった知識が、デザイナーにも求められるようになります。
──ビジネスや開発など、デザイン業務の前後の知見が必要になるわけですね。
そうですね。デザイナーでありながら、ビジネス要件や開発要件も身につけていく必要がある時代だと思います。AIやツールが進化して、得られる知識は増えています。だからこそ、それをフル活用して、知らない領域を減らしていく姿勢が求められる。
それは「教えてもらう」スタンスではなく、自分自身の欲求として知っていくことしかできません。自分が作るものの前後を理解できるようになると、価値は確実に上がります。領域を広げて話せないと、求められていること自体を達成できなくなる。
──デザイナー個人として、意識すべき変化はなんでしょうか?
「自分が作りたいもの」という視点は、手放さなければいけないと思っています。クライアントワークは、依頼があって作るものです。依頼主やユーザーの視点を自分のフィルターを通して表現する、それは言われたことをそのまま作るのではなく、自分を通すことでデザインに昇華していくようなイメージです。
もし本当に作りたいものがあるなら、自分でやればいい。クライアントワークで求められることとは、別の話です。
時代の変化はこれからも加速していきます。先のことに囚われすぎるよりも、「今、自分がベストだと思う選択」を積み重ねていくことが大事だと思っています。
特徴的なものを作れるなら、それはそれでいい。でもAIが簡単に生み出せるものが増えていく中で、本当に価値があるのは、求められていることを正しく理解し、ユーザーにとって良いものを届けること。そのための総合的な力です。
結果的に、デザイナーはコンサルティングに近づいていく。そして「デザイナー個」の時代になっていくんだと思います。
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